第35話 何とかなったようです

 ――千客万来!!!!


 官兵衛の能力を使って呼んだのは、石崎さんの仕事を手伝ってくれる人。

 

 かくして、偶然にひょんなことから(実際は官兵衛に招かれた)青年が一人。

 フラフラと会社を解雇されて行くアテがなく困っていたところに石崎さんの店にたどり着き、雇ってもらえることになったのだ。

 あまりのご都合展開に、石崎さん達は目が点になっていた。

 そりゃそうよね。

 私も官兵衛の能力知らなかったら、こんなに都合よく欲しい人材が現れるなんて、何かの詐欺じゃないかと疑ったもの。


 これは、ちょっと便利な使い方じゃない?

 ちょっとの官兵衛の招きの力。トラブルを一緒に招いちゃうこともあるけれど、今回はかなり上手く活用できたでしょう!!

 アイデアを出した私もなかなかのものだ。ふふん!


「また、我に良からぬことを考えているな!」


 魚市場からの帰り。

 修平君の運転する車の助手席で、私は招き猫姿の官兵衛を膝に乗せている。


「だって、官兵衛に招いてもらってストレートに解決したことがないもの」


 木製の官兵衛の頭を撫でながら私は言い返す。

 

「な! なんて無礼な!!」

「無礼で結構!! 言論の自由って大事だわ」

「ニャー!! 猫の姿に戻れっておれば、一撃引っ掻いてやるところであった!!」

「おっと、その前に爪切ってあげるわよ」

「な、爪を? 招き猫の爪を切るなんて、そんな恐ろしい!!」

「え、駄目なの?」

「この可愛らしいお手々は、爪があって完成する。爪がなければ、引き寄せるのも難しい」

「自分で可愛らしいってどうよ」

「可愛いから仕方なかろう?」


 爪、切っちゃ駄目なんだ。

 なるほど。官兵衛の千客万来の能力は、この肉球のついた手で招くものなんだ。


「あ、じゃあ、これは?」


 木製の招き猫姿。身をよじることも出来ない官兵衛だ。

 ふっふっふっ!


「な、何をする?」


 嫌な予感がして官兵衛が焦る。

 私は、官兵衛の頭をワシワシとシャンプーをする時のような手の動きで掻いてやる。


「う、うわ! 何、何だ……き、気持ちよいぞ?」

「そうとも官兵衛! 数多の猫をモフモフしてきた私だ。この気持ちよさに屈するが良い」


 招き猫姿であっても、どうやら、猫と同じところが気持ち良いらしい。

 耳の後ろ、顎、背中のライン、尻尾の付け根、

 ワシワシと優しく掻いてやれば、官兵衛の口から「ふわぁぁ」と気の抜けた音が漏れる。


「この、けだものめ。我をこのような快楽に……ゴロゴロゴロ」


 官兵衛の喉が鳴っている。

 招き猫なのに。


「堕ちてしまうが良い」


 何だかとっても悪い人になった気分だ。

 修平君は私達のやり取りを運転しながらニコニコして聞いている。


「それにしても、良かったです。石崎さんがお店再開できそうで」


 修平君、冷静だ。

 こんなに私と官兵衛がふざけて遊んでいるというのに。


「ええ。息子さんも、手伝いの方が来てくれるならばと納得してくれもの」


 あの息子さんだって、本心ではお店が嫌いなわけではなかったのだから、石崎さんの負担が減るならばと納得してくれたのだ。

 老人ホームに支払うはずだった費用を、雇った青年に賃金支払う費用にするそうだ。

 息子さんも石崎さんも、私達も、それにあの青年だって、みんなが喜ぶ結末にたどり着けて良かった。


 明るい気分で家路につく私達。

 しかし、そのせっかくの明るい気持ちを壊す出来事があった。

 お店の前に一人のスーツ姿の男が立っていたのだ。


「誰だろう……」


 車を停めて、修平君が目を凝らす。

 にこやかに笑ってぺこりと頭を下げるその男に私は見覚えがある。


 やたらと上等な生地の上品なスーツ。

 にこやかな表情のその男。

 そう。

 私の婚約者の秘書と名乗っていた男だ。

 あの高級洋菓子の手土産をくれた男だ。

 

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