第34話 石崎さん現る
いっそこの状況では、来なくて良いよ。
そう思ってすらいたんだけれども、そりゃあ、来るよね。
私が官兵衛に頼んで招いてもらったのは、『この店を愛している人』だもの。
肝心のこの人が、来ない訳がない。
もっと早くに来てくれたら良かったのに! タイミング悪すぎる。
「おや、若夫婦!」
私達を見て、石崎さんが一言。
酔っている。酔っているな。これは。
修平君は、真っ赤な顔して俯いてしまっている。
「若夫婦じゃないわよ。こんな早朝から、何酔っぱらっているんですか!」
私は言い返す。
これだけ石崎さんのことで皆が揉めているというのに、こんなにご機嫌な酔いっぷり。てか、だから、病気で大変だったんじゃないの?
え、デマ?
「デマなもんか。本当に病気じゃ!」
私の心を読んで、官兵衛が反論する。
人の心を自在に読める官兵衛ならば、嘘が見分けられるってわけね。
「じゃあ、なんでこんな酔っぱらってフラフラしているのよ」
「病気だからこそ、酔いたい時もあるもんじゃ。子どもめ」
いや、分かんないし。
だって、せっかく息子(名前分からない人)が、ゆっくり出来る時間を作ってくれたのに。ほら、私だって調べたけれども、老人ホームって、高いんだよ? 入居費用工面するのだって、大変そうだし。
なのに、あんなに酔っぱらってフラフラしているのは、息子の苦労は水の泡になってはいないだろうか。
「どこに行っていたんだよ!!」
「うるさい! どこに行こうが、私の勝手だ!!」
プハーッと大きな息を吐くが、その酒臭いこと。
せっかくしんみりしかけていた雰囲気も、当の本人がこんなにデタラメな状態で出て来ては、皆の気も削がれてしまう。
「なんだよ。元気そうじゃねぇか。心配して損した」
「大げさな。元気じゃねぇか」
「本当に病気なのか?」
常連のおじさん達の口からは、そんな言葉が次々と出てくる。
「うっさいねぇ。私が元気で何が悪い!!」
「悪かねぇよ! ねぇけど、ちょっとは加減を覚えないと。ババアなんだし」
「そうそう、本当にヤバイ病気になっちまうぞ!」
ドッと笑い声も上がる。
石崎息子が、眉をひそめて黙り込んでいる。
そうよね。この感じ。せっかく、皆が石崎さんの病気が原因の閉店なら仕方ないって思い始めていたのに。
このままだと、息子が大げさに騒いでいただけで、石崎さんがピンピンしているんだって皆思っちゃう。
元気そうな石崎さんの顔を見て安心したのか、常連のおじさん達はわらわらと解散し始める。誰もそれを止めはしない。
「なんだかめちゃくちゃ……」
せっかく何とかしようと思って、官兵衛に残業代払って招いてもらったのに……。
これじゃあ、何にもならない。
どうしようもない状況に私が
「さあ、どきな! 店開ける準備があるんだ!!」
「え、石崎さん? 待って、体は?」
強引にシャッターを開けようとする石崎さんに、私は目を丸くする。
「いいんだよ。決心した!」
「やめろよ! 無理すんな!! 俺が養うって言っているんだろ!!」
「そうですよ。お店開けて無理して、体を悪くしたらどうするんですか」
当然、石崎息子も修平君も石崎さんを止めに入る。
「馬鹿野郎! それがお節介なんだよ。店を開ける。お客と話す。喧嘩する。それが無くって、どうなるって言うんだ」
いや、喧嘩は余計でしょ? 喧嘩はやめとこうよ。
でも、石崎さんの気持ちも少しは、分からなくもない。
この店は、石崎さんにとって生きがいだし、人生の一部だ。それを失くしてしまったら、抜け殻になったみたいに感じたのだろう。
「だからって、こんな!!」
「あ……じゃあ、さ。石崎さんの息子さん……が、手伝えば? そうすれば、無理しないんじゃない?」
「無理だ。俺には俺の仕事がある」
「……そうよ……ね」
石崎さんの息子さんにだって、そりゃ、人生があるのだ。
それを捨てて引き継げっていうのも乱暴な話だ。
でも、私だって修平君のお店の手伝いがあるし、修平君だって自分のお店でいっぱいいっぱいだ。
あとは……。
「我が手伝えるわけがなかろう! 愚かな!!」
「なによ。ちょっと思っただけじゃない。猫のお魚屋さんって、そんなの……あ、ちょっと可愛いかも」
「出来ん!」
そんな無下に否定しなくたって……て、あ……。
そうよ。官兵衛よ。官兵衛の能力を使えば良いのよ!!
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