第33話 事情
自分達が揉めたことで殴られてしまった修平君に言われて、今まで頑なに自分の心を打ち明けようとしなかった石崎息子(そろそろ名前を知りたいところだが、分からないのでそのまま)が、ポツポツと事情を説明し始める。
「店が……母にとって大切なのは、よく分かっている。生きがいだってことも。でも、駄目なんです」
うなだれた石崎息子の言葉を、皆で静かに聞く。
「母は、この間の健診で癌が見つかりましてね」
「な、あの石崎のババアに?」
常連さんが驚きの声をあげる。
私達も知らなかった。だって、石崎さんは、あんなに元気そうだった。
「一度入院して、しっかり治してくれればいいのに、『店と心中する』だの『気合でなんとかなる』だの。本当に馬鹿なことばかり母が言うもので。じゃあ、この店がなければ、なければもっと、自分の健康と向き合ってくれるんじゃないかと」
切なそうに店のシャッターを撫でる石崎息子の姿は、先ほどシャッターを撫でていた常連さんの姿と重なる。
「本当は、あなたも店が存続して欲しいんですよね?」
「でも、人生ってやつは、全部を上手くなんて無理なんです。何かを手に入れたければ、何かを犠牲にしなければならないことだらけ。母が少しでも長く健康でいるためには、店は諦めないと駄目なんです!!」
この言葉を聞いて、店を存続させたいという石崎さんの邪魔をするな……とは、誰も言えなかった。
だって、店のために、石崎さんの病気が悪化したら、それこそ元も子もない。
「官兵衛……どうしよう」
私は、どうしたら良いか分からなくなって、官兵衛に助けを求める。
「仕方なかろう? 世の中、どうしようもないことだらけじゃ」
「官兵衛の力で、病気はあっちへ行けって出来ないの?」
「できるか! 出来たならば、歴代の店主たちは、皆、妖怪並みに長生きしているはずじゃ!!」
そうよね……。長い長い年月を生きていた官兵衛。
きっと、切ない別れもたくさん経験している。
ここにいる者の中で、死んでほしくない人の死を、誰よりも経験しているのは、官兵衛かもしれない。
「いっそ、老人ホームに入って、店から母を切り離して、きちんと規則正しい生活をしてもらいたいんです」
石崎息子の言葉。
とっても重い。家族ならではこそ、一分でも一秒でも長く生きて欲しい。
そう思うのは、当然の心情ではないだろうか。
これは、店の存続は仕方ないのかな。なんて、そこにいた全員が思い始めていた時だった。
「勝手につべこべ言うんじゃあないよ!!」
え、このタイミングで? いや、もっと早くに来るか、もっと後で話がまとまって来てほしかった。
どのくらい話を聞いていたのだろう。
後ろを見れば、仁王立ちした例の名前を言っても別に良いあの方がいる。
「い、石崎さん……」
「勝手に人の店の明日を決めるんじゃないよ!!」
あ、いや。そうだけれども。
でもさ、仁王立ちしているけれども、石崎さん病気でしょ?
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