第32話 仲直りさせるのだ!

 よぉぉし! 分かった!

 私のせいだっていうなら、私が仲裁してやろうではないか!


 腕まくりして気合いを入れて、私は揉めているおじさん達の間に割って入ろうとする。


「だ、だ、駄目ですよ! そんな危ないです!」


 割って入ろうとする私を修平君がとめる。


「大丈夫よ。まさか女の子を殴らないって!」

「だって頭に血が登っている人達ですよ? ご本人達も訳が分からなくなっているか……」


 バキッ

 

 常連客の一人が、店のシャッターを拳で殴った。シャッターが無惨にも歪んでいる。


「テメェ! 何言ってやがる!!」

「他人は放っておいて下さい! これは家族間の問題です!」

「なんだとう?」


 事態はヒートアップしているようだ。

 どうしよう。

 私が話して聞いてもらえるのかなぁ。


「官兵衛……」

「知らん! 自分が蒔いた種だ」

「だって、肝心のあの人がまだ招かれていないのよ?」


 そう、私の考えでは、絶対に招かれるはずだったあの人がまだ来ていないのだ。


 常連客が来る→あの人が来る→お前達っ!そんなに店を愛してくれていたのか!→あの人が感動→じゃあ頑張って店再開だ!


 そういう筋書きになると思ったのだ。

 なのに、あの人が来ない。

 さらに、呼んだつもりのない石崎息子が来て、事態は思わぬ方向へと爆進してしまったのだ。


「浅はかな。曖昧な条件で範囲を広げて招けば、トラブルが起きる可能性は当然高くなるのだ。我の招きを甘くみるでない!」


 官兵衛が説教する。

 そんなの今言われても困るのだ。

 大混乱のこの状況、まず回避しないと始まらないのだ。


「み、みなさん!! 聞いて下さい!」


 はい、聞いてくれない。

 はい、知ってた。


 もう誰かがいつ手を出して殴り合いが始まってもおかしくない状況。

 店と関わりの薄い私ごときが声をかけたって聞いてもらえるわけがないのだ。


「良いか? どんなにこの店に通っていた客だったとしても、この件に関しては、部外者なんだ」


 石崎息子よ。

 なぜ煽る。なぜ人の逆鱗に回し蹴りするようなことを言うの?

 こんなに大勢の人を敵に回しても発言しなければならなかった言葉か?

 さては、空気読めない系だな? いや、私も自慢ではないが空気なんて読めた試しがないが、さすがに、この場面でその発言はまずいと分かるぞ。


「テメェ!!」

「お、落ち着いてください!!!」


 私が、咄嗟に石崎息子の前に割り込む。

 常連客のおじさんの拳は、私の方へ向かってくる。

 こういう時、本当にスローモーションで見えるのね。見えたとしても、それに身体が反応して動くなんて芸当、私には出来ないのだが。


 目をつぶるのが精一杯だった。


「お、おい……」


 うろたえたおじさんの声。

 でも、どこも痛くない。恐々目を開けた私が見たのは、頬をおさえながら床に転がる修平君の姿。


「修平君!!」


 私は慌てて修平君に駆け寄る。


「大丈夫ですか? 理恵……ええっと、幽子さん」


 修平君がニコリと笑ってくれる。

 でも、口の中を切ったみたいで、血が出ている。


「そこでハンカチの一つでも渡さんか」

「分かっているってば!」


 官兵衛に言われるまでもなく、そうするつもりだった。

 私は、ポケットの中からハンカチを取り出して、修平君に渡す。


「汚れてしまいますよ?」

「良いから!! ハンカチもここで汚れても本望でしょ!!」


 咄嗟に石崎息子の前に飛び出した私を、修平君が庇ってくれたのだ。

 ハンカチの一枚をここで惜しむ私ではない。


「すまねえ」


 修平君を殴っておじさんが、謝る。

 思わぬ相手を殴ってしまったことで、どうやら冷静になったようだ。

 先ほどみたいな一触即発の雰囲気ではない。

 

「大人なんですから落ち着いて話しましょうよ。皆、それこそ石崎さんの息子さんだって、本当はこの店が大好きなはずなんですから」


 修平君の言葉に、皆、気まずそうに顔を合わせる。


「何か事情がおありなんでしょう?」


 修平君が、石崎息子に優しく声を掛けた。

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