第12話 官兵衛の能力
魚屋さんで仕入れた魚で、今日も店を開ける。
急いで朝食を取って、下ごしらえをしていたら、あっという間に開店の時間。
知らなかった!! お店ってこんなに大変なんだ。
バタバタと接客していたら、官兵衛から「キリキリ働け!」とせっつかれる。
官兵衛は、お日様の出ている今の時間は、招き猫の姿。ちょこんと棚の上に鎮座している。
「座っているだけのくせに!」
「何を言うか! 我はここで客足をコントロールしておるのじゃ! 来るべき者を呼び、来るべきではない者は阻止しておる」
「へぇー? そう? 座っているだけにしか見えないけれど?」
私は、官兵衛に冷たい視線を向ける。
知っているのだ。官兵衛が時々、目を開けたまま寝ているのを。そんなサボってばかりの招き猫に、偉そうに指図されるいわれはない。
まぁ、私だって時々休憩はするけれども、なにもしないで座っているだけで、時々居眠りしている官兵衛よりかは働いているはずだ。
「ほう! そう言うなら見ていろ!」
官兵衛がそう言い終わると共に、なにやら店の空気が変わる。
なんと言えば良いのだろう。冬の朝、ぬくぬくのお布団を一気に剥ぎ取られたような寒さ……不安感? これが、官兵衛の力だというのだろうか?
「いらっしゃいま……」
「わ! 会社から呼び出し!」
私が、『いらっしゃいませ』を言い終わる前に、店に入ろうとしたおじさんが慌てて帰っていく。あのおじさんは知っている。昨日、大盛りで頼んでさっさと食べ終えて帰る、店にとってはとても有難いお客様だった。
「あ、こんな所に古い店あるし〜!」
「こういう店が案外美味いんだぜ!」
「嘘ばっか! 汚いだけじゃない!」
ゲラゲラと笑いながら数名の客が店に入って来る。
汚いとか古いとか、そんな風にディスるなら店に入らなければ良いのに! 失礼すぎ! と思ってはいても、私は笑顔で「いらっしゃいませ~」と、挨拶する。
「ねぇ! コーヒーとかないの?」
「ありません。メニューに書いてある通りの物だけです」
どこにコーヒーなんて出すと書いてある? なんだコイツら!
あまりに態度の大きい、偉そうな客に私の眉間には、深っかい溝が刻まれる。この溝、後でとれなくなったら、お前ら許さないからな!
「ええ〜。コーヒーとかサンドイッチとかが良いのに!」
「では、当店ではご用意できませんので、他店に行ってください!」
知るか! なぜ自分達のために特別に何かしてもらえると思っている?
私は、毅然とした態度で対応する。
招かれざる客達は、不満そうにブツブツ言っている。
「じゃあ……このうどんセット、うどん大盛りで魚抜きで」
「……それ、単品のうどんで良くないですか?」
「はぁ? うどんセットには小鉢がサービスで付いてくるんだろう? この肉団子美味そうだし!」
セットメニューの大盛りは無料で対応している。煮魚単品の値段は、メニューに載せている。だから、セットメニューでうどんを大盛りにして、煮魚単品の値段を抜けば、そりゃあうどん単品で頼むより安くなるし、さらに小鉢まで付いてくる。
だけれども、それはあくまでセットメニューを頼んだお客様へのサービス。
ただでさえお値段控えめのこの店で、うどんを安く食べ、小鉢をせしめようと悪知恵を働かせる奴へのサービスではない。
ドヤ顔の青年を前にして、私はイラつく。「どうじや! 我の力無くば、すぐこの有り様じゃ!」おっと、ドヤ顔はもう一人いた。
木で作られた招き猫姿の官兵衛。見た目は全く変わらないが、ドヤ顔しているに違いないことは、すぐに声色で分かる。
「べ、別に! この程度、普通だし!」
官兵衛に頭を下げるのは癪だから、私は強がる。
この程度の迷惑客、客商売しているならば、きっと日常茶飯事でやってくるのだ。つまりは、この程度の客は、どの店でもあっさり撃退している。な、なにも恐れる必要はないのよ。
ちゃんと毅然とした態度を崩さず、相手をすればいいのよ。
「ちょっと、注文くらい早く通せよ!」
「そんな我儘な注文は、通せません! ちゃんとうどん単品で注文して小鉢が食べたいなら、それに追加で注文して下さい!」
「なんだよ! それじゃうどんの値段よりも高くなるだろ? せこい店だな。たかが数百円だろ?」
その数百円をケチって我儘を言っているのは、どっちだ!
何を偉そうに、人をケチ呼ばわりしてるんだ。
なめるんじゃない。私は、貧乏生活が長いのだ。その辺の金銭感覚は、ちゃんと引き締まっている。あなた達には、負けないの。
……と、言いたいのだけれど、思っているだけで、言えず。
だって、怖いのだ。言ったら殴られそうで。
「と、とにかく、無理ですから……」
なにもかもを集約して、私は精一杯それだけ答える。
「最低だな。この店。料理もしょぼそうなくせに偉そうに」
「はぁ???? 何言ってんの?? このケチ男! 嫌なら帰れ!」
私は、修平君の料理を馬鹿にされて、つい大きめの声で、言い返してしまった。
私の言葉に、連れの女は「きゃははは」と笑えば、恥をかかされたと思った男の顔が、怒りで真っ赤に染まる。
「SNSで店の評判書き殴ってやる」
カスハラ全開のこの客という名の厄病神どもは、スマホでバシャバシャと写真を撮り始める。
異様な雰囲気の店内。
当然のように、常連さん達は、静かにその場を立ち去ってしまう。このままじゃ、商売にならない。
「官兵衛! 謝るから! なんとかして!!」
私は、叫ぶ。
「官兵衛? なんだ? 誰呼んだんだ? 店長か?」
迷惑客は、『官兵衛』と聞いて、頑固おやじ店主でも出てくると思ったのか、身構える。
「ようやく身に染みたか!」
私の頭の中に、官兵衛の勝ち誇った声が響く。
店の空気が、また変わる。
ふわっと温かい空気。
「千客万来!!」
官兵衛の声だ。私は、確かに聞いた。
でも、客達には、何も聞こえていないようだ。
だが、何かを感じ取ったのか、キョロキョロと周囲を見合わせている。
「何? なんか変じゃない?」
「幽霊でもいるのか?」
迷惑客が怯えている。
「やっと見つけた! 智治! 金払え!!」
え、誰? これ。
とっても高いヒールを履いたお姉さんが、店の入り口で仁王立ちしている。
「な! こんなところまで!」
「え? 何? 誰よその女! 浮気?」
「ちげえよ。キャバクラの嬢だよ」
「良いから、金払えよ! この間のカケ飲みの金、まだ支払ってねぇんだよ! 散々高い酒、飲んだくせによ!」
ヒールのお姉さん、大きな体のお兄さん二人連れている。
これは、本気の取り立てだ。
智治と呼ばれた男は、慌てて逃げるように店を出て行った。
智治が出て行けば、その仲間達も後から来た女も、智治を追ってそのまま退店した。
塩まこうか! 二度と来るな!
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