第13話 政さんの畑

 びびった。焦った。


「ほれ、我に言うことは?」

「ご、ごめんなさい。まさかこんな事になるとは……」


 官兵衛は、ふふん! と鼻を鳴らす。

 騒ぎに気づいたのだろう。厨房から出てきた修平君が、キョトンとしている。


「何か……あったんですか?」

「あ、もう大丈夫。官兵衛が仕事サボってただけだから」

「なんだと? それは幽子が!」

「私にちょっと言われたからって仕事しないのは、怠慢ですぅ!」

「くっ!」


 あんなに大変だったんだもの。

 少しくらい言い返してもバチは当たらないだろう。たぶん。

 もちろん、私だって自覚している。

 私が余計なことを言うから、官兵衛がその能力を見せてくれたんだって。

 反省してます。


 官兵衛が、店を守る存在なんだということは理解した。

 こんな小さな招き猫が、そんな仕事をしているなんてね。見かけにはよらない。


「おや、なんだか空いているね」


 顔を出したのは政さん。私が顔と名前が一致する数少ない常連さん。農家のお爺さん。


「変なお客がいて大変だったんです」

「ふうん。客商売も大変だなぁ」


 政さん、元気がない。

 普段なら、「そんなこともあるさ」の一言で、笑い飛ばすタイプだとおもうんだけど。

 

「まだ野菜泥棒見つからないんですか?」

「うーん」

「防犯カメラは?」

「まだ……やっぱり付けるべきなのかなぁ」


 政さん、警察にも付けるように勧められたそうだ。だが、優しい政さんは、犯人を特定することに消極的だ。もし、犯人が知り合いだったら……見なくても良い嫌なモノを見てしまうのでは、相手を傷つけてしまうのでは、と心配しているのだ。


「できれば、看板で忠告する程度で済めば良いんだが……」


 政さんは、『大切に育てた野菜です。勝手に取らないで下さい』と書いた看板を設置したのだそうだ。だが、結果は効果なし。


「悪人かもしれないじゃないですか!」


 私の頭の中では、さっきの客のようなふざけた連中が、遊び半分で作物を荒らしている。もしそうならば、絶対許したくない。


「でも、何か事情があるかもしれないだろう?」


 深い深いため息を政さんがつく。

 もそもそとうどんをすすって、「また来るよ」と言い残して政さんは帰っていった。


 私は、ずっと考えていた。

 政さんの優しさを無下にせずになんとか解決する方法はないのかと。


 閉店させて、会計して。

 お弁当を配る修平君を見送って。

 

 日が暮れて黒猫の姿になった官兵衛を眺めていて、ふと思いつく。

 あ、じゃあさ。官兵衛の能力を使えば、そういうのを回避できない?


「ねぇ、官兵衛。政さんの畑でさぁ、あの客を追い出したみたいに……」

「できるが無理じゃ」

「????」

「店から離れれば、店に嫌な客が来る。畑と店と両方同時に守るのは無理じゃ」


 なんだ。官兵衛は、その場を離れれば能力が使えないのか。


「でも、夜は閉店しているじゃない? その間に畑に官兵衛が行って……」

「我に休みなく二十四時間働けと?? 労働基準法違反じゃ!」


 招き猫は労働基準法適用外だろう? そう思わなくもないのだが。

 でも、できないのか……。

 あと一歩工夫すれば、なんとかなるような気もするのだが。


「ただいま〜」


 修平君が帰って来た。

 

「お帰りなさ……誰?」


 人の気配に、官兵衛がサッと隠れる。

 修平君の後ろには、五歳くらいの小さな女の子。女の子が、キッと私を睨んでいた。


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