第14話 笑うな官兵衛!
姿を消してしまった官兵衛。
どうやら近所の人に、猫の姿を見せる気は無さそうだ。
「その子は?」
ずっと黙って私を睨み続ける女の子。
修平君の持っている大きなリュックは、女の子の物だろうか?
「お弁当の宅配先のお子さんで、美久ちゃんっていいます」
黙ったままの美久ちゃんの代わりに修平君が説明する。
母子家庭の美久ちゃん。
仕事の忙しいお母さんは、よく夕食用にと宅配弁当を利用してくれる常連さん。
この店は、先代の店主の頃から利用してくれているのだそうだ。
そのお母さんが、急に入院することになってしまったから、美久ちゃんを預かって帰ってきたのだそうだ。
「なんか……宅配に行ったら、美久ちゃんとお母さんが揉めてましてね」
いつものようにお弁当の配達に行った修平君。ちょうど、美久ちゃんとお母さんが揉めている最中だったそうだ。
「だって! お医者さんは、入院しなさいって言ってたもの!」
「そうは言うけれども……無理でしょ? お母さんがいない間美久はどうするの? 大丈夫! 美久がもっと大きくなって、一人でお留守番できるようになってから……ね?」
「いや! そんなの、お母さんが倒れちゃう!」
修平君がお弁当を届ければ、そんな風にアパートで言い争う美久ちゃんとお母さんがいたんだそうだ。
大声で泣く美久ちゃんと、困り果てているお母さん。
それを見て、「どうしたんですか? 僕で良かったら力になりますよ?」と、見ず知らずの私を拾ってくれるような優しい修平君が、言わないわけがない。
修平君が事情を聞けば、今日、お母さんが病院の診察に美久ちゃんを連れて行ったのだということだ。
預かる人のいない母子家庭。よくあること。いつも、お母さんが診察を受けている間、美久ちゃんは、隣で大人しく絵本を読んでいたのだそうだ。
ただ、この日、お医者さんの口から漏れた「本当は、今すぐにでも入院して手術した方が良いんですけれどもね……」という言葉。美久ちゃんは、聞き逃さなかった。
「持病で……筋腫があって……」
泣き続ける美久ちゃんに困り果てた様子のお母さん。筋腫がどの程度のものなのかは、修平君は知らないが、お医者さんが取れと言うのなら、そうした方が良いに決まっている。
それで、美久ちゃんを預かることを申し出たのだそうだ。
もちろん、お母さんにすぐに手術を受けてほしい美久ちゃんも、すぐに了承したし、美久ちゃんのお母さんも、良く人柄を知っている修平君ならばと、美久ちゃんを預けたのだ。
「そうなんだ。よろしくね。美久ちゃん。私は、幽子。修平君の親戚で……」
私が握手をしようと差し出した手を、美久ちゃんが、パァンッと、はじく。
え、なに?
私、何か美久ちゃんの気に触ることしたかな?
「私、修平君の未来のお嫁さんだから!」
美久ちゃんが私を睨んでくる。
は? 何?
「だから、修平君の家に居候している幽子とは仲良くする気がないから!」
そう言い放つと、美久ちゃんは、修平君の後ろに隠れてしまった。
何なんだ! 何なんだ一体!
居候ですよ? 確かに! まだ、仕事をキチンと覚えていないから、そんなに役にも立ってませんし! でも、同じく居候になろうとしている美久に言われたくなないんだけれど。
……まて、落ち着け私。こんな小さな子に腹を立てるのは、大人げないって。もう、高校も卒業した大人でしょ? 私。
「えっと……美久ちゃん? すみませんが、幽子さんと仲良くしていただかないと、僕が困るのですが」
怒りを精一杯に抑えて、眉をピクピクさせながら、引きつった笑いを浮かべる私に変わって、修平君が美久を諫めてくれる。
「……修平君がそう言うなら……」
不満そうに美久が私を見る。
こ、こいつ……このガキ!
「プフッ」
官兵衛の笑い声が、頭の中に聞こえてきた。
官兵衛め! どうやら、私達の様子をどこかで見ていて楽しんでいるな!
笑わないでいただきたいんだけれど。
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