第25話 飽きることもあるのよ
修平君が美久を連れて帰って来たので、夕食を皆で用意する。
美久が来てから官兵衛は一緒に食事しなくなってしまったけれども、こっそりと台所でご飯は食べているのだと修平君に教えてもらった。
ちゃんと食べているのなら良かった。
さて、本日のメインは店の残り物。
本日も煮魚。
「ヘルシーで良いけど、たまには洋食的なものを食べたいな」
ポソリとこぼれた私の本音に、「すみません」と修平君が謝る。
「ううん、ごめんなさい。気にしないで。こうやってご飯食べられているだけで有難いのに」
「そうよ。幽子ったら! 修平さんに失礼よ!」
「ねぇ!」と美久が修平君に微笑みかける。
いや、不用意なことを言った私が悪いけれども。でも、なんか悔しい。
「でも、ここに今、カレーライスがあったら?」
「う……」
想像したのだろう。美久が言葉に詰まる。
ゴクリと音がするほど美久が唾を飲む。
追い討ちをかけてやる!
「ここにハンバーグがあったら」
「言わないでぇ……」
美久がフルフルと首を横に振る。
「ほらほら、ジュワッて音を立てて、鉄板の上に肉汁たっぷりこぼすハンバーグ。その上に濃厚デミグラスソースなんてどうかしら?」
きゃあ! と、小さな悲鳴をあげる美久。
フフッ! たまらないだろう。まだ小学生の美久。そういうメニューが食べたい年頃だろう? 素直になるが良い!
すっかり悪役気分の私。
ふと、視線を修平君に移すと、修平君が何やら考え込んでしまている。
「あ! ごめんなさい。違うのよ。煮魚が決して不味いわけじゃなくって。ただ、時々変化が欲しくなるっていうか、なんというか……」
「いえ、幽子さんの意見、正しいです」
どうしよう。傷つけちゃっただろうか。
あんなに私と一緒になって騒いでいた美久もシュンとなって黙ってしまう。
「あ、いや……。常連さんでも、間隔を空ける人が時々居まして。やっぱり飽きてしまうこともあるのかと、幽子さんの意見から考えまして」
修平君が言葉を足す。
「お客さん?」
「そうです。時々、カップ麺や冷凍食品の方が僕の料理より食べたくなるのは、なぜだろうと思っていまして」
修平君の料理は美味しい。
丁寧に下ごしらえした、確かな素材。味付けも苦労してたどり着いたもの。
金額も利益がギリギリ出る程度のお店に厳しくお客さんに優しい設定になっている。
でも、それでも私達がカレーやハンバーグが恋しくなるように、お客さんだってカップ麺や冷凍食品を食べたくなる。
「じゃあ、何か目線の変わるメニューでも考えてみる?」
「新メニューですか。そうですね、今のメニューは、僕のお爺さんの代から引き継いだ物がほとんどですから。時代に合わせたものを考えるのも良いかもですね」
「美久、カレーが良い! あ、でもハンバーグも……。うう、エビフライとか、後は……」
美久がここぞとばかりに、食べたくッて我慢していたものをあげつらう。
「美久、そんなにいっぱいは無理でしょ」
「分かっているわよ!」
むくれる美久が可愛くて、つい笑ってしまった。
「甘い物もあったらなぁ……」
美久が修平君に甘える。
「甘い物ですか……」
修平君がなんだか渋い顔をする。
あれ、珍しい。こういう時、優しい修平君は、受け入れてくれることの方が多いのに。
「僕、甘い物はちょっと……」
「え、苦手なの?」
「ええ、クッキーも焼いたことないです」
私は、ちょっと驚く。お魚料理が得意な修平君だ。甘い物も、パパッと簡単に作れるのかと思っていた。
だって、鯛を三枚に下ろせる人が、クッキーを焼いたことないなんて。
「はい……甘い物って、なんというか、甘い物が好きな人に美味しく見えるようにするセンスって必要でしょう? それが自信なくって」
「え、何で? 型を使ってポンポンと抜くだけだよ」
美久が首を傾げる。
私もクッキーに関しては同感。可愛い型で形を作れば、それなりに美味しそうだと思うのだけど。やはりプロだとそうもいかないのかな?
「型の売り場には行きましたよ。でも、どれが美味しいのか、なぜ猫の型にしているのか、均一に火を通すならば丸い方が良いのにとか。色々考えて諦めました」
「なるほど……」
「それに、魚料理の後にクッキーは、合わないですし」
「それもそうよね」
ブリ大根の後にクッキー出て来ても微妙だものね。
「じゃあ、甘いもの……ダメ?」
美久が露骨にガッカリする。
でも、仕方ないよね……。お料理に合わないんだもの。
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