第24話 官兵衛の事情
老人ホームかぁ。
別に嫌な場所じゃあ無さそうだけれどもね。
修平君に言って、会計管理用に用意してもらったパソコン。
それで、店を閉めた後に、老人ホームを調べてみた。
一人で暮らすのは何かと不自由のあるお年寄りが、介護士のケアの元で集団で暮らす場所。
ご飯も用意してもらえて、掃除なんかもしてもらえる。
まぁ、でも、もう少しプライベートなんて物が欲しい感じはあるけれど。管理する職員の都合を考えれば仕方ないのか?
わ、高い。入居時の費用や月々の費用。
びっくりするくらいのお値段が提示されている。もし、官兵衛が人間で、この定食屋で儲けたお金で老人ホームに入れるとしたら、赤字になっちゃうだろう。
「我を老人ホームに入れる算段とな?」
「違うわよ。例えば、例えばの話よ。勝手に人の考え読み取らないで!」
「売り上げの計算サボってネットサーフィンしているからだろう?」
「だって……石崎さんの話、気になるし」
美久は政さんの家に野菜の育て方や収穫方法を教えてもらいに行っている。
夕食の時間まで帰ってこない。
すうっと、木彫りの招き猫だった官兵衛が、黒猫の姿になる。
何度見ても不思議な光景だ。
「それぞれの家庭にそれぞれの事情があるものだ。放っておけ」
前足をテチテチと舐めながら官兵衛は言う。
「ねぇ……。どうして美久や政さん達に正体明かさないの? 皆、良い人達じゃない」
官兵衛が猫の姿になって人間の言葉を話すと分かっても、美久も政さんも、驚きはしても危害は加えないだろうに。
官兵衛は、チラリと私を見る。
「昔な……騒動になった。修平の三代前の主が村の皆に我の事を話した」
「それで?」
「我の奪い合い。騙し合い。とうとう立派な社が建てられ皆の共有財産とかほざき出した」
「立派な社。良いじゃない。お供えもたっぷりでしょう?」
「はっ! 下らぬ! 連日、人があれこれと勝手な願い事を述べてウンザリじゃ。良い嫁を招け、店を繁盛させろ、失せ物を探せ。やれ、気に食わぬ嫁を招いた、こんな客入りでは足らぬ、見つかったがボロボロだ。知るか! そもそも、自分を磨かねば良き嫁は来ぬし、繁盛したくば良い品を売れ! そんな大切なら失くすな!」
自分で努力して叶えるべき願い事、過度に頼られてウンザリしたということか。
招き猫も案外大変だ。
「それで、どうしたの?」
「社をほっぽり出して、身を隠した」
「そりゃ大騒ぎだったでしょう!」
「村のお伽話に残った程度。人間の命は短い。ほとぼり冷めたら、誰も我を覚えておらんかった」
「そう。それで、地域の人を警戒しているのね」
そしてコッソリと店に戻った官兵衛は、そのまま店の者にのみ正体を見せて協力しているのだそうだ。
「ねぇ、石崎さんの話、協力できないかな?」
「お前……我の話を聞いておったか? 我は、店以外の仕事は」
「でも、石崎さんのお魚が仕入れられなかったら、困るじゃない。この定食屋さん」
私の言葉に、官兵衛がジロリとにらむ。
「良いじゃない。石崎さんのお店に、ちょっとだけ多いめにお客様を招いたら良いだけでしょう?」
利益がないから店を閉めなければならならなら、客が増えれば良いはずだ。
「愚か者め。あのババアが一見の客なぞ追い返すわ!」
「ええ、じゃあどうすれば良いのよ!」
お客を追い返すだなんて、そんなの、儲かる訳がないじゃない。
「知らん!」
官兵衛は、そう言うと夜の散歩に出て行ってしまった。
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