第23話 酔っ払いの襲撃
朝、開店前の時間。
もうすぐ開店っていう時間だった。
私からもらった残業手当を食べて、朝日にテラテラに口周りが輝く招き猫の鎮座する定食屋。
もうすっかり準備も終わって、あとは暖簾を掛けてお客様を待つだけ。
そんな時間に、予想外の訪問者がいた。
「邪魔するよ」
そう言って入って来たのは、あの市場の魚屋のお婆さん。石崎さん。
ドカッとカウンターの椅子に座って、「ブリ大根」と一言だけ。それだけ言って、黙ってしまった。
珍しい。
修平君の夕方のお弁当配達リストに、石崎さんのお名前は入っていたけれど、この時間に来るなんて。
お店、大丈夫なんだろうか?
今朝はちゃんと営業していたし、その時は普段と変わらなかったのに、それから何かあったのだろうか。
「どうしたんですか?」
ブリ大根を持って行きながら尋ねれば、石崎さんが盛大にため息をつく。
「ブリ大根、うまい!」
え、今必要なセリフそれ?
確かに美味しいけれど。
ブリから出た出汁が染み染みで、柔らかい大根。箸でスッとキレてさ。辛子つけて白ご飯にのせるとか、最高なのよ!
……ではない!!
なぜ、普段は来ないお昼時にここへ来たのかってこと。
だって、石崎さんは、この時間はまだお魚屋さんで仕事しているはずだ。
「息子になぁ! 老人ホームに行けと言われて」
吐き捨てるように石崎さんは言う。
「老人ホーム……? 老人ホームって、もっと穏やかで大人しいお爺さんやお婆さんが住むところかと思っていたわ」
老人ホームって、シェアハウスお年寄り限定ってイメージだったんだけれど。
石崎さんは、なんていうか……そういう集団生活に向いていないタイプだと思う。
「はあ? 幽子、喧嘩売っているんか?」
「てか、石崎さんはお店あるでしょう? 老人ホームに引越ししたら、お店続けられないじゃない」
老人ホーム……。
お仕事から引退した方々が余生をのんびり過ごす場所。
そういうイメージしかない。
時々、家のポストに広告が入っていたけれど……特に興味もないから、見ずに捨てていた。
そういえば、どんな場所なのだろう。
「息子がな、利益の出ない店は畳めと言いやがるんだ」
「お店、利益出てないんですか?」
「うるせえな。客選んで売っているんだ! 良い客に良い物を良い値段で売る! 気に入らない奴には、小鯵一尾も売る気はないね!」
息が酒臭い。
これは、相当酔っている。
真昼間にこれは……てか、官兵衛め。ちゃんと仕事しているの? お魚の仕入れでお世話になっている石崎さんと言えども、こんなにグダグダの酔っ払いをお店に招くなんて!
チラリと官兵衛に目を向ければ、何だか静かだ。
あ、これは目を開けたまま寝ているんじゃない?
いつもよりお腹いっぱいの官兵衛、気持ちよくなって開店前に一眠りしてたんだ。
木に描かれた目は、開いたままだけれど、よく耳を澄ませば、グゥグゥと寝息も聞こえてくる。
官兵衛め……。
「幽子! 子どもを産んだら、ちゃあんと育てな、こうなるぞ!」
「こ、子ども??」
石崎さんのそういうところ、本当に嫌!
何その清々しいほどのセクハラ。
田舎のお年寄りの時代錯誤発言として、SNSで十秒に一回はアップされているんじゃあないかって思うレベルのセクハラ発言だ。
「なんじゃあ! そんな照れんでも!」
カカカカッの大口開けて朝さんが笑って、笑ったまま止まる。
どうした? 何?
バタン!!
大きな音を立てて、テーブルに石崎さんは突っ伏して眠ってしまった。
こ、これは大丈夫なの???
急性アルコール中毒って奴???
「か、官兵衛! 修平君! これどうしよう!」
「わ! 石崎さん!!」
厨房から顔を出した修平君も慌てる。
「大丈夫じゃ。そのまま寝かせてやれ」
慌てる私たちに、官兵衛が大あくびしながらそう言う。
官兵衛が言うなら、大丈夫なのかな?
「あいつはで…何だかんだ言って、分かってくれているって思っていたんだ。いたんだよ」
呼吸を確認してみるために、耳をそば立てれば、石崎さんは、そう呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます