第41話 ここには何もないのよ
中庭から部屋の窓を見上げれば、黒い官兵衛の三角の耳がチラチラと見える。
……官兵衛……気になるのは分かるけれど……。
とにかく納言達にバレないように気をつけなきゃ。
既に日が暮れてはいるが、所々ライトに照らされた中庭は明るい。
石造りの歩道の周囲に、ハーブや花が咲いている。
これは、イングリッシュガーデンというやつだろう。ポイントとなるところに、石造りのウサギや猫の置物が置いてあるのが可愛い。
「この庭は、時也さんの趣味?」
「いや、納言様です」
納言の趣味なんだ。
さきほどから、どうも気になるのは、この時也の納言に頼り切った考え方。何もかも納言の意見を中心にして、自分の意志という物を持っているのか不安にある。
人間として大丈夫なの? この人。
「可愛いであろう? 雑誌をみて研究したのじゃ! ほら、この石の猫は、お兄様そっくり!」
納言が時也の肩からピョンと降りて、石の猫にスリスリと頭をすりつける。
ゴロゴロと喉まで鳴らして、猫らしくて可愛らしい仕草だが、官兵衛が見たらきっと震えあがる。
官兵衛の石像を造ってそれを愛でる妹猫。これが、ヤンデレというものだろうか。
「え、官兵衛よりもずいぶんキリリとしていない? 官兵衛はもっとこう……お腹周りがふっくらしているような」
私が、石像を見て、素直な感想を述べる。
色まで黒い石を使って、黒猫を表現しているが、この石像は、ずいぶんと格好良い颯爽とした猫の姿で作られている。
うん。官兵衛よりもイケメンだ。
「失礼であろう? 妾のお兄様に!」
納言が不機嫌そうにプイッと顔を背ける。
こんなにそっくりなのに! 納言はむくれている。ちょっと可愛い。
むくれる納言の姿が可愛らしくて、私はつい笑顔になってしまう。
「ここへ嫁ぐ気にはなりましたか?」
私の笑顔を見て、気持ちがほぐれたと判断したのだろう。時也が私の気持ちを聞いてくる。
でも、答えは決まっている。
「ちっともよ。むしろ前よりも帰りたい」
「どうして……」
「どうしてって言われても、こんな軟禁状態で自由の無い場所、お金があっても楽しくないもの」
そうよ。お金に不自由ない暮らしは、とっても魅力的よ。でも、それ以外に楽しいことは、ここには何もないの。
お金に余裕なんてなかったかけれども、修平君の営んでいた定食屋さんには、色んなものがあった。
官兵衛がいて、店を支えてくれる常連さんや、仕入れ先。美久。そして、一生懸命に店を切り盛りする優しい修平君。
全部、お金では買えないものだ。
「納言様、どうしましょうか」
「どうと言われてものう……」
納言は、金招きの招き猫だ。
私の心を動かそうにも、どうしようもないだろう。困っている。
「何が足りないと言うのだ?」
「全部よ。納言。何もかも足りないの」
納言は分からないようで、首をかしげる。
「納言、お金では買えないものが、たくさんあるのよ」
「ふむ……?」
「例えば……そうね、官兵衛の心はどう?」
「お兄様の心?」
「そう。官兵衛の心を納言に向けたくても、お金を払っても向いてくれないでしょう?」
納言の一番欲しい物を例えに出した私、天才じゃない?
これで納言も分かってくれるのはずよ。
「そんなのは、もうとっくに納言に向いているはずじゃ!!」
ヤンデレ恐るべし。
官兵衛の様子では、ちっともそんな素振りはなかったのに、納言は、官兵衛の心が自分にあることを信じて疑わない。
「なるほど! あい分かった!!」
納言がぴょんと時也の肩に乗る。
何が分かったというのだろう。嫌な予感しかしないのだけれど。
「時也! これは、監禁してじっくり時間を掛ければよいのじゃ! 外と遮断して、向き合うしかなければ、それで納得するであろう!!」
どや顔する納言。
……え、最悪。
「そうですね。それも有りかと」
時也? どうしてそこで納言を止めない?
……ひょっとして、私、味噌蔵行きですか?
「」
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