第42話 味噌蔵ではありませんでした

 とりあえず、味噌蔵は免れて、私部屋とされている応接間に戻ってきた。

 良かった。味噌蔵に閉じ込められなくって。


「良い? 逃げようだなんて考えないでね! 貴女が逃げれば、お兄様に会うチャンスが無くなるんだから!」

「納言……」

「磯崎家に、お手紙を書かなくっちゃ! 官兵衛兄様を連れて来なさいって」

「すみません。納言様、お手数をお掛けします」


 え、あ、いや。だから、勝手に話をすすめないでよ。


「いいのよ。そもそも、理恵子を捕まえなくっちゃ、大切な招き猫を引き渡す気なんてないでしょうから」

「え、じゃあ、私は、官兵衛と引き換えに自由になる感じなの?」


 それも困るのよ。今度は官兵衛を助け出さなきゃいけなくなる。官兵衛は、修平君の家の宝物よ? 絶対に返さなくてはならないの。


「違うわよ。官兵衛を買うの。ちゃんとお金は多すぎるくらいに支払ってね! そうね……一生遊んで暮らせるくらいは用意するわ。 でも、磯崎家はそもそもお金には執着しないでしょう? お金と引き換えにするだけでは、官兵衛は引き渡さないの。だから、理恵子のだめだって理由が必要なのよ」

「そんな……」

「磯崎家は人を大切にする家系よ? 仲良くなった理恵子が困っているのを無視するなんてできないはず」

「修平君の優しさに付け入る気? なんて酷い!」

「どうして? お金は払うってば。法律上何も問題はないのよ?」


 そうだろうけれども……。そんなの、全く納得できない。

 だって、修平君にとって、官兵衛はお金なんかに代えられない存在なのに。


「……ねえ、じゃあさ、誰でも良かったの?」


 そうよ。官兵衛を手に入れるための人材が欲しかったのなら、どうして私だったのか。


「妾が占った結果、理恵子が適任だったのじゃ」

「でも、納言は金招きでしょ? それは人招きじゃない?」

「頑張ったのじゃ。金招きと人招きで挙げている手が違うのは知っておるな?」

「えっと、右手を挙げていれば金招きで、左手だと人招き」

「そうじゃ。だから、こう……グググッと、左手を頑張って……」

「ぐぐぐ……」


 プルプルと震えながら納言が左手をあげようとしてみせる。

 ずいぶん辛いようだ。


「にゃああ、やっぱり駄目じゃ。こんな一世一代の荒業!!」

「な、納言様! ご無理をなさらず!」


 時也が慌てて納言を抱いて撫でる。


「ともかく、ここで大人しくしているように!」


 とっても自分勝手な言葉を連投して、時也と納言が部屋を去っていった。

 扉を閉めてしばらく経ってから、官兵衛がひょっこりと顔を出す。


「やれやれ、ようやく行ったか!」

「大丈夫なの? バレているんじゃない?」

「大丈夫じゃ。我にぬかりはない!!」


 今までの官兵衛、ぬかりだらけだと思うんだけれども。

 私の考えなんてお見通しのはずだけれど、素知らぬ顔して官兵衛がてちてちと前足を舐める。


「おい、脱出するぞ!」

「え、ちょっと。どうやって?」

「それを考えるのは、理恵子の仕事だ」

「待って、何よその丸投げ! 簡単に言わないでよ」


 私だって、この場から逃げたいけれども……。

 本気で私を監禁する気になった時也と納言、先ほどよりも警備は厳重になっている。使用人なのだろうか、部屋の前には怖い顔したオジサンが二人立っている。先ほどは誰もいなかった中庭も、私を監視している人達がウロウロしている。

 それに、ほら、何度もいうけれども借金があるのよ。それもまだ解決していないし……。さらに言えば、納言は、あんなに官兵衛に執着しているのよ。


 このまま修平君の所へ行っても、追いかけてくることは必至。追いかけたくなくなるような何かがないと、時也も納言も許してはくれまい。


 自殺を装って姿をくらます方法は、もう使ってしまったし、もう通用しないだろう。私は、考え込む。ベッドの上に座って、黒猫姿の官兵衛のモフモフの背中を撫でる。

 やっぱり、招き猫の時よりも、猫の姿の方がずっと撫で心地が良い。

 官兵衛の方も撫でられて気持ちが良いのか、私の膝に乗って丸くなる。


「我の人招きの偉大な力。これを利用するのじゃ」

「そうは言ってもね……」


 官兵衛の人招きの力……か……。

 納言には金招きの力が合って、官兵衛には、人招きの力がある。

 納言がお金を動かせるように、官兵衛は、人を動かせる。


 これまで、野菜泥棒だって、石崎さんの問題だって、人招きの『先客万来』で、何とか出来たんだし、この状況も何とかならないだろうか。

 誰か、この場を解決してくれそうな人を招けば良いのだろうけれども……誰を、どんな人を招けば、解決する?

 納言や時也は、どうすれば私達を諦めてくれるのだろうか。


 そうね、何とかなるのかもしれないわね……。

 でも、そのためには、色々と準備が必要だわ。


「面白そうじゃの! ゴロゴロゴロ……」


 私の考えを勝手に読み取ったのか、官兵衛がゴロゴロと喉を鳴らしながら賛同してくれる。


「あいかわらず理恵子の考えることは、なんとも荒唐無稽で奇妙じゃ!」


 褒めているのか貶しているのか分からない官兵衛の言葉。

 でも、とにかくここから逃げ出す算段は考えた。

 後は、慎重に実行して、逃走するだけ!


 私は、官兵衛と作戦を開始した。

 


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