第49話 茶封筒

 居間に戻ってきた修平君の目が点になっている。


「どうしたの?」

「あ……いや……」


 修平君の手の上には、とても分厚い茶封筒。


「それは?」

「それが……」


 官兵衛がドヤ顔している。


「ほらみろ、我の『招き』は正しいのじゃ」

「や、でも。こんなの……」


 修平君の話によれば、私と官兵衛が宝くじを買っている間に事件は起きたのだと。


 官兵衛を連れて私が車を降りた後、修平君は、風に飛ばされてきた小切手が、フロントガラスに張り付いているのを見つけた。


 正直者の修平君は、当然それを交番に届けた。

 小切手には、当然サインがされているから、その小切手を渡された人物も、すぐに分かる。持ち主はあっという間に見つかって、先ほど訪ねてきたのは、小切手を渡された人物。

 なんでも、買収される寸前だった工場を救うために工面したお金。それが修平君の拾った小切手だった。修平君が拾ってくれたことで、なんとか工場は買収されずにすんだという、どこの下町でロケットを作るのだというくらいの、胸アツの展開があったのだそうだ。


 修平君の手元の茶封筒は、そのお礼の一割。今、突然現れた人物に、押し付けられたのだと言って、修平君は頭をかく。


「僕、お礼とか、そういうのは、ちゃんと拒否しておいたんですけれどもね」

「受け取っておけ。修平」


 官兵衛が、前足をサリサリと舌で手入れしながら、そう助言する。

 私が鼻息荒く宝くじに挑んでいる間に、そんなことがあったんだ。

 そう言えば、あの時は、修平君だけ車に残っていたんだっけ?


「やはり、修平は我の招きをキチンと受け止める」


 官兵衛が、喉をゴロゴロと満足そうに鳴らす。


「ただの偶然ですってば」

「んにゃ。修平がそう思うならば、それで良い。『招き』とは、本来そういうものじゃ。そこの理恵子のように、頼り過ぎて文句ばかり言うパターンはどうもいかん」


 悪かったわね。てか、仕方ないじゃない。緊急事態だったんだから。

 官兵衛だって、面白そうな作戦だって言っていたクセに。


「ともかく、理恵子さん。せっかくいただいたんですから、これで借金を返して下さい」

「え、でも。それは修平君のお金でしょ?」


 そう。一ミリも私の関係しないお金。

 この老朽化したボロ定食屋を修繕するのにも、そのお金は必要なはずだ。


「でも、急ぎで必要なのは、理恵子さんですし」


 そう言って、中身を確認もせずに、私にポンと茶封筒を渡してくる。

 ひょっとしてこれ、商店街の割引券かなんかってオチもある?

 ちらりと中身を確認すれば、ちゃんとお金だ。

 千円札の束……なんて、笑えない話でもない。

 一万円札が銀行の帯がついたまま、入れられている。


「ちょ、待って。たぶんこれ、多いから! てか、駄目でしょ? そんな風にホイホイと人にお金なんか渡しちゃ!」


 そういうところだぞ、修平君。

 もう少しお金に気を引き締めてかからないと、いつまで経ってもこの定食屋さんは貧乏なままだ。もっと値上げとかさ、効率化とかさ、考えないと、この世間の荒波の中で何かあったら、すぐ潰れてしまうでしょうが!

 

 若干キレ気味に修平君に茶封筒を付き返す。


「でも……」

「じゃあさ、申し訳ないけれども、借用書をちゃんと書いて貸して! で、私が、ここで働いて借金を返すから!」

「はあ……」

「理恵子よ……。修平に上から目線でとやかく言っておるが、その、ホイホイと人から金を借りるのもトラブルの種なのだぞ?」


 冷たい目線で、官兵衛が釘を刺す。

 うう……。骨身にしみております。





 

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