第39話 人招き、金招き

 分かる。猫の姿にまだなってはいないけれども、この納言とかいう招き猫、物凄く面倒くさい。


「ちょっと、妾に何か失礼なことを考えているでしょう?」

「あら、納言は、私の考えは読めないの?」

「だって、あなたは官兵衛兄様とご一緒していたのでしょう? 官兵衛兄様の術で、他の招き猫に考えが読めないようにされているわ」


 そんなことも知らないの? って、納言が呆れるが、そんなの知る訳がない。だって私は招き猫詳しくないし。


「いい? 招き猫が自分の考えを共有しているということは、マーキングしているのよ。官兵衛兄様に、スリスリされたことあるでしょう?」


 えっと、あったっけ? あったかも?

 夜の猫の姿の官兵衛は、行動も猫っぽかったし、そういうのもあったかもしれない。覚えていないけれども。


「あれは、猫が自分の物だって主張している行動なのよ。常識でしょ?」

「いや、そりゃあ、猫はそうだということは、聞いたことあるけれど。でも、招き猫までそうだと、思わないじゃない」

「そこは察してよ」

「いや、無理だし」


 やはり思った通り、この納言とかいう招き猫、とっても面倒な性格だ。


「で、あなたが、私を婚約者にするように勧めた張本人なのね?」

「そうよ。私が決めたの」

「そう。納言様が、決めたんだ」

「どうしてよ? どうして私なの?」

「それが最適解だからよ」


 何のよ。さっぱり分からない。

 全く腑に落ちていない表情の私に、秘書男改め婚約者男……じゃなくって、磯村時也が、説明を始める。


「代々、我が家では納言様が決めた相手を伴侶としてきた。納言様が決めた条件。それにあった人間を探すのだが、今回は、難しかった」

「それに合致したのが、私ってこと?」

「そうだ」

「そうなのよ」


 息ピッタリだな、時也と納言よ。


「そして、貴女を伴侶とすることで、生き別れの官兵衛お兄様とも出会える計算だったの!」

「官兵衛と生き別れ?」

「そうよ。たった一度。長い長い時間で出会ったことがあるの。名工右甚五郎の手から離れてからずっと会えなかったのよ」

「待ってよ。じゃあ、製造されてから……」

「製造言うな! 製造って、なんだか愛がないわ。違うの。右甚五郎お父様が妾達をから、その招き猫は二人の人間に託された。とっても仲の悪い二人。考え方の違う二人。一人は、合理的で経済力を持つことを喜び、一人は、人とのつながりを大切にしたの」

「それが、納言と官兵衛。時也の磯村家と、修平君の磯崎家ってことね?」

「そうだ。我が先祖は、力が無ければ何も成し得ないという合理的な人だったから、右甚五郎から、金招きの能力を持つ納言をもらった」


 なるほど。話が見えてきた気がする。


「で、磯崎家のご先祖は人のつながりを大切にしたから、人招きの官兵衛をもらったのね」


 修平君を知っているから分かる気がする。

 優しい修平君。きっと、同じように優しいご先祖様だったのだろう。


「そうなの。でも、寂しいじゃない? そのまま、ずっと会えなかったのよ? 妾とお兄様」


 フウッとため息をつく納言。

 そう聞けば、可哀想な気がするし、納言と官兵衛を合わせてやりたい気がするのだけれども、ポケットの中で息をひそめている官兵衛は、微動だにしない。

 何かあるのだろうか? 会話は聞こえているはずなのに。


 とにかく、官兵衛が息をひそめているのなら、勝手に「ここに官兵衛がいます!」って、取り出すわけにはいかないだろう。


 え、待って。じゃあ、私要らなくない?


 だって、そうだろう。ここまでの話によれば、私は官兵衛についてくるおまけのような存在。食玩のプラモデルについてくる小さなガムみたいな扱いだ。

 招き猫の理論はイマイチ分からないが、官兵衛と出会うために私が必要だったってことで、私自身はこの場所に要らないのではないかと思う。


 帰っていい?

 あ、でもそのためには、官兵衛を置いて帰らなければならなくなるのか……。

 それは、困るな。だって、官兵衛は、修平君に返さなければならないのだから。


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