第6話 開店いたしました

 どうしてお店の仕事ってこんなに忙しいのだろう。

 開店してから、私は、走り回っている。

 ……と言っても、私に料理は出来ないから、やるのは皿洗いや注文取り、料理を運んだり会計したり。

 高校がバイト禁止だったから、初めての経験だらけ。お客様は、皆さん常連ばかりだから、お客様に手伝ってもらいながらなんとかこなしている状況。


「いいよ、水は自分で持っていくから。先に勘定してあげてよ」

「す、すみません!」


 皆さん優しい。

 観光名所的な物は、例の崖か、さびれた海水浴場くらいしか無いので、客層は地元の住人中心。

 修平君の料理は、とても美味しいから、毎日のように通う人も多いのだろう。

 それでも、前の店主、修平君のお爺さんの時よりかは来客は減ったし、味も落ちたなんて言う人もいるのだとか。

 

「良いって! 修平君と新人さんじゃあ、手が回らないのは分かっているし」

「そうそう。修平君だけの時は、注文も客が取ってたし。誰が客か分からんかったな!」


 そんな会話で笑い声が広がる。


「ほ、本当申し訳ないです!」


 厨房の修平君が慌てて顔を出して謝るが、店内は温かい笑いがまた溢れる。

 愛されている店なんだなぁ……。

 そんな雰囲気が、じんわりと伝わってくる。

 

 お客様が来てからは、官兵衛は一言も話さない。普通の招き猫のフリしてすましている。

 まぁ、しゃべる招き猫だと世間にバレたら、店の雰囲気は潰れちゃうだろうしね。お客様には内緒なのだろう。


「いらっしゃいませ!」

「おや、新人さん?」

「はい。修平君の叔母さんの従兄弟の娘で、幽子と申します」


 叔母さんの従兄弟の娘。それは、もう他人。

 親戚の集まりで一度会う機会があるかどうか。えっと、誰だっけ? というレベル。

 人目を忍んでここに住み込んでいる私の事情を常連さんに話すことは出来ないから、適当に考えた設定。


「そうなんですよ。最近、お客さんが増えてきたので、遠縁の親戚に手伝いに来てもらったんです」

「ふうん。叔母さん……紀夫さんの嫁さんの従兄弟のところのお嬢さんってことかな」


 常連のお爺さんは、なにやら納得した様子で、自分で好きにカウンター席に座る。先代からの付き合いだそうだから、この店の事情も、私よりもよく知っているのだろう。官兵衛の秘密以外は。


「よろしくな。幽子ちゃん」


 にこやかに笑うこのお爺さんは、政さんというらしい。

 近くで田畑を持っていて、朝から農作業をして、農協の販売所に野菜を並べてから、早い時間に昼食を取りに時々寄ってくれるらしい。

 この定食屋さんでも、政さんが作っている野菜を使っている。


「政さん、犯人は捕まりましたか?」

「いや……それが、全くなんだ。修平君」


 政さんがため息をつく。

 なんだろう? 何か事件?


「ああ、幽子ちゃんは知らんよな。ウチの野菜が、時々ごっそり盗まれるんだよ」

「野菜がですか?」

「ああ」


 困惑した政さん。

 政さんの話によれば、収穫直前の野菜が、ごっそり盗まれるのだそうだ。

 大切に育てた野菜を盗まれるのは、とても辛いことではないだろうか。


「最初は、狸あたりが山から下りてきて喰っているのかと思っとったのだけど、どうも喰い方が違う。その場に食い跡がないから、何処かに持っていってしまっているみたいなんだなぁ」

「じゃあ、人間ですか?」

「たぶん。だが、誰だかは分からない」


 頭を掻く政さん。


「どうも変なんだ。営利目的の盗難に狙われるような高い野菜は扱っていないし。盗む野菜の種類もまちまち。トマト、きゅうり、レタス……」

「防犯カメラとかは無いの?」

「いや……今は付けとらんが……」


 やっぱり、それしかないかなぁ……。あまり気が進まない様子の政さん。

 でも、誰か人間が盗みに来るならば、その人間を特定するには、防犯カメラが一番有効だと思う。


「もし、知り合いの誰かだっだとしたら……見たくも無いモノが映る可能性もあるしなぁ」


 そう……よね。

 だって、土地柄的に他所の人間が入り込む可能性よりも、地元の誰かの可能性の方を疑ってしまう。

 普段仲良くしている人が犯人だったら、これから先どう対処すれば良いのか迷ってしまうということだろう。

 笑顔で毎日挨拶していた人間が、自分の畑から野菜を盗んでいたなんて知ったら、人間不信になるくらいに心が傷ついてしまうだろう。

 突き止める勇気が、もう一歩でない政さんの気持ちも分からなくない。


「元気出してくださいね。小鉢、もう一品サービスしておきましたから」

「お! 山芋の短冊切りじゃないか。なんか悪いね」


 修平君が持ってきた鯵定食には、ほうれん草のお浸しともう一つ、白い山芋も山葵を添えて出されている。

 鯵も皮がパリパリに焼かれて美味しそうだ。

 政さんは、目を細めて喜んでいる。

 ご飯が美味しいことも、味噌汁が美味しいことも、今朝、同じものを食べた私は、よく知っている。

 そして、メインの味の塩焼きもきっと美味しいだろう。

 香ばしいく焼かれた鯵は、大根おろしと大葉が添えてある。

 箸を入れて、ジュワッと汁がこぼれ落ちてくるのは、焼き加減が良い証拠だろう。


 グウウウウ……


「ん? お腹空いたのかい?」


 政さんに聞かれてしまった。

 店内にいた、常連のお客さんが、ドッと笑い出す。

 私は、恥ずかしくって、顔が真っ赤になる。


「幽子さん、お昼休憩、先に入って下さい……」


 修平君、優しい。

 昼メインの定食屋さんで、まだお客さんのいる昼時に休憩する駄目店員……はい、それが私です。


 少しずつ慣れていくから……今日は、勘弁願います。

 私は、自分の分の鯵の塩焼きを焼いてもらって、お昼ご飯を政さんの隣で食べた。 


「はっはっ! 孫と食べているようだ!」


 政さんは、始終楽しそうだった。


 政さんは、鯵の塩焼き定食を美味しそうに平らげると、結局野菜泥棒のことは何

も解決しないまま店を出て行った。


 でも、せっかく美味しい料理を食べたのに、帰る時には、少し肩を落として帰っていった政さんの様子が、私はすごく気になっていた。


 きっと、野菜泥棒のことが、ずっと政さんの心に引っ掛かっているのだろう。

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