第10話 夜明け
何であんな事を言ったんだろう。私。
夜中四時、私の目の前は、一面のモッフリ太っ腹に満たされる。
官兵衛の腹だ。
私を起こすために官兵衛が私の顔の上にダイブしたのだ。
「プハァ!」
「早く起きんから、我が起こしてやったのだ」
絶対嫌がらせ半分だ。
官兵衛め。何もこんな乱暴な起こし方しなくても良いのに。
ドヤ顔しながら前足をサリサリと舐める官兵衛を、私はキッとにらむ。
眠い……。
修平君は、毎日こんな時間に起きているの??
眠い眠い眠い、おやすみなさい、眠い眠い眠い……。
二度寝しようとする私に、官兵衛の無情の刃が突き刺さる。
「いっ痛い! ちょっと! 引っ掻かなくても良いでしょ?」
「手間をかけさせるからじゃ」
これ以上布団にくるまっていては、何をされるか分からない。
私は、眠い身体に鞭打って、ノロノロと準備を始める。
「官兵衛、修平君は?」
「とっくの昔に起きて準備を始めておる」
今から行って四時くらいに港の市場に着いて、それで馴染みの魚卸しさんに会った仕入れさせてもらうのだということだ。
小さな定食屋さん、セリに参加する権利は持っていないから、セリに参加している業者さんからお魚を仕入れているのだという。
「お魚屋さん、そのまま十時くらいまで営業しているんでしょ? 何もこんなに早く行かなくたって……」
「あ〜。そうなんですけれどもね。でも、良いお魚を仕入れさせてもらうには、やはり早く行かなくちゃ。他のお店が来れば、そちらに回しますし」
なんとか準備を終えて修平君の運転する軽のワゴン車に乗り込む。
私は助手席で官兵衛を膝に乗せて座る。
まだ日の出前だから、官兵衛は普通の猫の姿で座っている。
減らず口の生意気猫だけれども、大人しく猫っぽい佇まいの時だけは可愛い。
「なるほど。良いお魚は、早いもの勝ちということね」
「大きなお店ならば、たくさん仕入れる代わりに優先してもらったりとかできるんですけれど。ウチは小さなお店ですので、そういう事も期待出来ませんし」
「大手め! ズルいぞ!」
仕方ありませんよ、商売ですし。
修平君は、そう言って笑う。
まぁ……私が卸し業者だったとしてもそうか。大手のたくさん仕入れてくれる所に多少優遇して、今後も自分の店から卸してもらえるように計らうだろう。
結果、修平君のような小さな店は、色々と努力をして、より新鮮な魚を手に入れる努力をすることになるのだ。
「寒いですから気をつけて」
市場に到着すれば、修平君が、上着を貸してくれる。
天気予報が外れたようで、雨は降っていない。だけれども、すっごく寒い。
車から降りて気づく。
まだ冬は遠いはずなのに、夜明け前ってこんなに寒いんだ。
これ、真冬だと大変だな。
それに……知らなかった。
こんな時間にも働いて世を動かしている人がいるなんて。
市場は、大勢の人が行き交っている。
飲食店の人、卸しの人、漁師さんもいるのかな? 狭い通路に発泡スチロールの箱が並べられ、中には氷に漬けられたお魚。
磯と生魚の匂いが辺りに漂う。
魚だけではない。
野菜、プラスチック容器、調味料、乾物。お店で使いそうな物を売っているお店が立ち並ぶ。
お昼間の商店街よりも活気あるんじゃない? そう思えるくらいに、キビキビと動き回る人々。見ていると、お祭りの縁日を眺めて歩いているようで楽しい。
「修平!」
官兵衛が修平君に合図する。
「ああ、そろそろ夜明けですね」
修平君が持って来た袋の口を広げれば、官兵衛が私の腕の中から、するりと袋の中に入り込む。
袋を覗けば、いつの間に変身したのか、招き猫姿の官兵衛がコロリと転がっている。
「不便な体ね」
「何を言うか! 失礼な! 我はこの身体を気に入っておる! 何せ名工甚五郎が……」
「良いから、その謎の甚五郎話は!」
また話が長くなる。
「ただ一つ。ただ一つ不便があるとすれば……」
「何よ」
「一度、猫の姿で日向ぼっこがしてみたい」
あ、それは切実。
基本は猫だものね。
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