第8話 商売って難しい
モッフリした猫の姿の官兵衛を撫でながら待って入れば、修平君が帰ってくる。
店の前の原付を停めるバルバルという音。
そのすぐ後に、店の引き戸が開いて、修平君が入ってくる。
「お帰りなさい」
私がそう声をかければ、「ただいま」と修平君が返してくる。
「遅くなってしまいましたが、夕食にしましょうか」
店の奥。従業員が休憩するための場所であり、我々がリビングとて使っている畳の間がある。そこにあるちゃぶ台の上に、売れ残りを並べる。
「けっこう売れたと思ったのに……これ、売れ残っちゃったんだ」
「はい。思ったよりも今日は気温が高かったためか……煮物は不人気でしたね」
なるほど……おでんが売れるのは、九月の少し気温が下がり始めた頃だと聞いたことがある。こういった飲食物の売れ行きは、気温や天候に大きく左右されるものなのだろう。
まあ、……かき氷を寒い大雨の日に買う人少ないし、温かいお汁粉を真夏の炎天下で飲む人も少ないだろう。
「官兵衛が煮物好きをちゃんと招かないから、余るんじゃない?」
「何を言うか。そこまで細かく指定できるか!」
「見込んでいた数量を一気に煮込んでいましたので、余っちゃうと僕らで食べないとどうしようもなくで……すみません」
「いいわよ。気にしないで……てか、どうする? 明日は、作る量を減らす?」
今日売れなかったならば、きっと明日も売れないと私は思うの。
「そこが難しくて……明日は雨のようで」
「そう……じゃあ、煮物系の方が売れるかもしれないわね……」
「じゃが、天気予報は、外れることもある」
「そうよね……」
難しい。
注文があってから作るのでは、間に合わない。焼き魚ならともかく、煮魚はじんわりと煮込むから美味しくなるのだ。
じゃあ、見込み数よりあえて少なめに作ればどうだろう。でも、それじゃあ売り切ればかりで、常連さんに愛想つかされちゃいそう。
世の天気予報に携わる方々は、人々の生活に関わる重大な予報を流しているのだという自覚を持って、全力で精度を上げて予報していただきたい。
決して、「てへ、間違えちゃいました~♪」なんて、笑わないでいただきたい。
傘持って出るか出ないか程度の問題ではない。生活がかかっているのだ。
「まあ、その内に感覚でわかるようになる。歴代の店主も、皆、悩んで迷って試行錯誤を繰り返しながら、それぞれの方法を見つけて店を切り盛りしていたものじゃ」
官兵衛が偉そうにそう言いながら、器用に専用のフォークで煮魚をつつく。
「あれ? 猫のくせに良いの? そんな人間用の味付けの魚食べて」
「我を並みの猫と思うことなかれ! 我こそは、名工甚五郎の……」
「いいから。それ、聞き飽きたから!!」
私は、官兵衛の言葉を遮る。
だって、長いのだ。官兵衛のこの謎の名工右甚五郎の話。
官兵衛は、最後まで言わせてもらえなかったことで、不満気だ。
モクモクと煮魚を頬張りながら、拗ねている。
官兵衛の長い尻尾が、ピタンピタンと畳を叩く。
猫って、尻尾をみれば、不機嫌かどうかがすぐ分かる。
私もパクリと煮魚を口に放り込む。朝も昼もお魚だったから、ちょっと飽きてしまいそうな予感はある。だが、味は文句なく美味しいし、何より修平君が頑張って作ったもので、私はこの店に拾ってもらった身だ。
文句なんて言える筋合いではない。
こうやって、まかないとして食事まで提供してもらえることには、感謝こそすれ不満なんて言うべきではないのだ。
「味はどうですか?」
「もちろん、美味しいわよ!」
私の返答を聞いて、官兵衛がニヤリと笑う。
「お魚ばかりじゃ飽きちゃうんだろう?」
この招き猫……私の心を読みやがったな。
「ごめんなさい」
「修平君が謝ることなんて、何にもないのよ! お魚料理中心の定食屋さんなんだもの」
「しかし……」
「私が慣れれば良いことなのよ。店優先で当然じゃない! 気にしないで、修平君!」
そう、修平君は何も悪くない。悪いのは、こいつだ。
美味しそうに煮魚を食べる招き猫、官兵衛だ。
ゆらゆらと揺れる官兵衛の尻尾を、ペシリと私は叩く。
「ウニャ! 何をする!」
「意地悪したからよ!」
「おのれ小娘!」
私と官兵衛は睨み合う。
「ちょっと! 二人とも! 食事中に喧嘩はよして下さい!」
慌てて割って入った修平君に免じて、私と官兵衛は渋々休戦したが、この招き猫、本当に余計なことしかしない気がする。
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