第29話 生意気官兵衛
早朝、修平君の運転する軽トラ中。
私は、どうしても魚市場へついて行きたいと願い出て助手席で官兵衛を抱っこして座っている。
美久には、政さんの家にお泊まりしてもらった。ずいぶんと文句を言っていたが、仕方ない。小学生を一人で家に残しておくのは、はばかられる。どんなに美久が生意気で大人ぶった子でも、子どもは子どもなのだ。
「うまくいくと良いですね」
私の目的を知っている修平君が、そう言って応援してくれる。
「どうだかな。無茶苦茶な作戦だ」
官兵衛が冷たい。
「無茶苦茶でもないと思うけどな」
「無茶苦茶も良い所じゃ。我の能力を変な使い方しやがって。この間だってそうだ。善を呼び悪を退ける我に、泥棒を呼び寄せろとは、如何なる所存じゃ」
「だって、それが一番手っ取り早いじゃない」
全くなっとらん!! ブツブツと文句を言いながら官兵衛が舐めているのは、今回の時間外労働報酬。
両手で持ってテチテチと舐めている姿はとっても可愛いのに、その生意気発言で可愛さは激減だ。
官兵衛と私の言い合いを聞いて、修平君が、楽しそうにクスクス笑っている。
「でも、そうやって困っている人を放っておけない理恵子さんの考え方は、とっても素敵です」
修平君に褒められて、小さな声で「ありがとう」と私は返す。
素敵? 今、素敵って言ってくれた?
何をドキドキしているのだろう。私。修平君は、人間的に素敵だって褒めてくれただけ。そんなの男友達にだって、近所の人にだって言ってもおかしくないこと。
俯けば、官兵衛の金の瞳がじっとこちらを見ている。
「何よ」
「別に。我には関係ないことじゃ」
だったら放っておいてくれ。てか、詮索されても困るけれど……。
車内に流れる沈黙。
何か、何か話さなければならないと思って口から出てきたのは、私の過去のこと。
「私ね、婚約者から逃げたって言ってたでしょ?」
「ええ。顔も知らないんでしたっけ?」
「そう。一方的に都合の良いお前を選んだ、了承するかって言われて。腹立たない? お金さえ条件に出せば、貧乏人はすぐ飛びつくと思っているのよ」
「はぁ……どうしてそう思うんです?」
「そうじゃなきゃ、本人が来て話すでしょ? どうして秘書なのよ。意味わからない。馬鹿にしているわ! だから……」
「だから?」
「だから、徹底的に利用してやろうと思ったのよ。その金持ちの道楽を。どうせ数年で飽きて、婚約破棄って向こうから言ってくるだろうって」
「でも言って来なかった」
「そう……そうなの。どうしよう。私、本当に顔も知らない人と結婚するの? って、考えて追い詰められて」
「で、我が拾ってやったのじゃ」
フンスと官兵衛が鼻息を吐いてドヤ顔する。
「そうだけどムカつく!」
グリグリと官兵衛の頭を拳で押せば、官兵衛が私の膝の上でジタバタともがく。
「おのれ! 理恵子!! 不敬であろう! この霊験あらたかな我に向かって!!」
「霊験あらたかだろうが、腹立てばムカつくの!!」
「ほう! これから我に仕事をさせようとしておるのに?」
「もう報酬は払ったでしょう?」
「いいや、これは倍の報酬をもらわねば!!」
「駄目! てか良いの? そんな風に食べ過ぎれば、太るわよ」
「ふとる?」
ちょっと不安そうな顔を官兵衛がみせる。
「そうよ。太って、猫の体の時は良いけれど……木の招き猫に戻った時にどうなるのかしら?」
「ああ~。確かに。猫の姿で食べ過ぎて、太ったら……招き猫になったらどうなるんでしょう」
「修平までそんなこと言うな!!」
「知らないわよ~。太ったまま木の招き猫に戻ったら、最悪お腹の部分にパックリと亀裂が入っちゃうかも……」
焦った表情で、官兵衛が自分のお腹を押さえる。
「ま、まさかそんな……嘘じゃろう?」
「どうかしら? 試してみる?」
官兵衛が、ブンブンと首を何度も横に振っていた。
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