04話 女史 奥枝美保子

 いえね、こうなることは分かっていましたよ。

 分かっていたんですけどね……。


 満島洋人みつしまひろとは無表情のまま机の上のチョコレートの山を見下ろした。

 築三十年、軽量鉄骨2DKのアパートのダイニングテーブルは大小様々、色取り取りの小箱に占領されていた。

 二月十四日。バレンタインデー。

 随分前から覚悟はしていたものの、この類のイベントが廃止されたはずの会社で、よくもまぁこれだけのチョコが集まったものだと呆れずにはいられない。そしてこれが淑女協定に守られた星野誠王子の人気ぶりを反映するバロメーターだというのだから、利害関係だけで繋がっているセフレとしては喜ぶべきか、悲しむべきか。


「……さすがですね。誠さん」


 その受取人に嫌味たっぷりに声をかけてしまった後で、洋人はほんの少し後悔した。チョコを受け取った誠と、それを見てモヤモヤした気持ちを抱えている自分。この不均衡がもたらす意味を追求することを本能が拒否していた。


 誠と洋人は通信会社に勤める先輩後輩であり、恋人同士である。

 自分たちが承諾していない関係を他人に認められるという逆転現象が起きた背景には、彼らの始まり方に問題があった。

 二人は二年前の春、現在の職場であるコールセンターへの異動を命じられ、そこで初めて顔を合わせた。

 誠は技術的な問題を解消するテクニカルサポートグループへ、洋人はサービス全般の問い合わせを受けるコールグループへの配属である。勤務地だけでなく職場自体も同じフロアの同じ部屋だったことから、両グループに加え、彼らの指示のもと電話の一次対応をする外部企業リンリンシステムズのメンバーを含めた合同歓迎会が開かれることになった。

 今に始まったことではないが、保守、開発、システム運営を行う技術系部門と営業部門の相性は最悪である。互いに顔を合わせれば嫌味の応酬が始まるような絶望的信頼関係の中、紆余曲折とすったもんだの挙句、二人はその夜に関係を持ち、以降ズルズルダラダラと現在に至っている。

 新人としては規格外の成績を収め、その営業手腕だけでなく、誰に対しても公平公正な人柄も相まって社員の鑑と絶賛される洋人と、技術の寵児と謳われ厳格な淑女協定に守られる王子は共に、全社員注目の的であり憧れの対象だった。

 女性社員の前で恋人の気配など漂わせようものなら、途端に蜂の巣を突いたような騒ぎが巻き起こり、本人たちの意図せぬところで魔女狩りや争い事が発生するため、自由意志とは言え恋愛にも慎重にならざるを得ない状況が続いていた最中での出来事であった。

 殊、洋人においては性的指向、恋愛対象ともに男性に限定されていたため、恋愛事情を公にするつもりはなかったし、非常にストイックな一面を持っていたので、そもそも社内恋愛はあり得ないというスタンスだった。

 誠との関係が明るみに出てしまった時には、さすがにマズイと思ったものの注意深く様子を観察してみると、洋人が危惧したものとは異なる反応が起きていた。

 男同士の恋愛故に半信半疑、或いはそもそも信じたくないという人間も沢山いただろう。しかしコールセンターの情勢は諦めとともに二人を承認する方向に傾いたのだ。好奇の視線が絶えることはないが、嵐のような衝撃が過ぎてしまえば存外に静かなものである。それをいいことに、二人は自分たちの曖昧な関係を正すことはなく、社内の人間に対して弁明することも、互いの所有権を主張することもしなかった。

 生涯の伴侶を見つけるという大きな目標を掲げている洋人が、関係発覚直後に誠との関係を断ち切れなかった原因は、迫害されることも嫌がらせを受けることもなく、周りから何となくそういう風に認められてしまった、という背景が大きく影響していた。


 洋人の目標は当然、誠にも伝えている。

 誠はそれを承知の上で洋人と付き合っている。

 互いにパートナーが出来たらこの関係を解消することを前提に全ては始まった。

 だからこそ、バレンタインデーのこの日に山積みになったチョコレートを目の当たりにしても、洋人が怒るのも、ましてや誠にそれをぶつけるのも筋違いな話であった。

 

 普通、付き合っている人間がいると分かっている人間にチョコを渡すだろうか?


 コバエのように煩わしい女性たちの狂乱ぶりとともに、そんな疑問が洋人の脳裏を掠めた。机の上に積まれたチョコは見た目で義理と分るものはほんの数個で、他はメッセージカードやプレゼント付きの本気度が伺える品物ばかりである。宣戦布告ともとれる現状も然ることながら、焦りが生じている自分自身の心の行き先を見失って洋人は苛立っていた。


 今日も今日とて二人で約束していたわけではない。

 何となく帰り際に誠が洋人に声をかけてきて、何となく二人とも荷物が増えていたので、何となく車通勤の洋人が誠を家まで送ることになったというだけの話だ。エレベーターホールですれ違った職場の人間に「相変わらず仲良しですね」等々、ニヤケ顔で揶揄われたりしたが、そんなロマンチックな要素が一つもないことは当人たちが誰よりも理解していた。

 実際、洋人は誠のためにチョコレートを準備しているわけではなかったし、誠はいつもと変わらない様子で帰宅途中のスーパーに寄るよう命じ、夕飯の買い物を始めた。車があるから丁度よかった、とか何とか。駐車場で一服していた洋人の元へ、食材とともに安売りされていたトイレットペーパーを二つもぶら下げて戻ってきたのだ。

 適当なのは、お互い様。

 最初からそういう前提じゃないかと洋人は嘆息して、釈然としない気持ちに封をする。


「……てか、お前もそれチョコだろ?」


「そうですけど、誠さんとは意味合いが違いますよ。これはすべて、完・全・に・義理チョコですから」


 勘の良い女性には地に足のつかないこの関係を見透かされているのだろう。或いは相手が男だから付け込む隙があると、軽んじられている証拠だ。

 二人が付き合っていることが会社に知れ渡り、淑女協定に綻びが生まれたことも一因ではあるが、淑女協定よりも効力があるはずの「恋人」という肩書きを以てしてもこれなのだから、誠のモテっぷりの悪質さがうかがえる。王子は王子でも、その手にしているのはバラの花ではなく広告の品のトイレットペーパーだと言うのに、知らぬが仏とはまさにこのことだ。

 

「こんなに沢山、一人で食べちゃうんですか?」


「ううん。手作りの分はみのるに食わせようかなって……ほら、何が入ってるかわかんないし、危ないじゃん」


「いや……それどうなんですか」


 危険なものは率先してたった一人の弟に食べさせよう、だなんて。


「これでも断れる分は断ったんだけどなぁ……。こんなにいっぱい食えないし。でも、バイク便で届いたり、机とかロッカーの前に放置されている分は仕方ないじゃん?」


「…………」


 誠の言葉に洋人は愕然とした。

 つまり、断らなければ誠はもっとチョコを貰っていた、ということだ。

 未遂も含めた総個数はいくつなんだろう? 

 無言になった洋人に気付いたのか、誠が手を止めてこちらを振り返る。


「怒ってんの?」


「怒ってません」


 脊髄反射のように即答した洋人に、誠は相好を崩した。

 甘えるような視線に射抜かれてバツの悪い思いをした洋人は、そうと悟られないよう、自然な動作で誠から顔を反らす。


「お前本当、会社にいる時と違うよな」


「からかわないでくださいよ」


 ぺっと誠の手を叩き落として、洋人は気を取り直すように椅子の上に荷物を置いた。

 素の誠を知れば知るほど、写し鏡のように知らない自分に遭遇して戸惑ってしまう。安易に身体だけを繋いでいた一年前が嘘のように、最近は軽い触れ合いだけでも誠の存在が心に響く。

 有限の関係だと油断していたことがそもそもの失敗だった。

 いつもは相手の細やかな気持ちの変化を見逃すことなく、それに応じた対応を心がけているのに、適当すぎる誠に付き合っているのも馬鹿馬鹿しくなって、洋人自身も遠慮することがなくなっていた。らしからぬその行動が、自身の心に安心感をもたらしていたのだと今更のように理解した。

 

 洋人は誠と出会ったことを後悔していた。


 洋人がどんなに頑張っても誠が抱える問題の複雑さは変わらない。WIN-WINとはいかず搾取されるだけの関係に甘んじてきたのは、そうすることでしか誠の中にある絶望感を埋めることができないと解っていたからだ。彼のバックボーンを知り、ただ見守ることしかできないと悟った時、洋人は真っ先に自分と誠の間に線引きをした。

 誠が心の奥底に隠しているものまで無理にこじ開けようとは思わなかった。それは他者に対する当然の配慮でありマナーだと思っていたが、結果的にセフレとも同僚とも、友人とも違うシンパシーを抱くことになってしまった。

 割り切れない感情はいつも・・・余りを残す。


「はい」


 一人後悔の海で溺れかけていた洋人の目の前に大きな手が差し出された。


「…………なんですか、その手」


「お前からのチョコは?」


 無言のまま生命線の長い手のひらをまじまじと見下ろした後、洋人は椅子の上の袋から一つの包みを取り出した。

 真っ赤な包装紙に星を散りばめたような金色のリボンが巻かれた一際ゴージャスな一品だ。デパートの催事場でも屈指の人気を誇るチョコレートショップの品物だった。ご丁寧にリボンの根本にはハート型のカードをぶら下がり、満島洋人クン♡』という宛名と共にラメ入りのボールペンで熱烈なメッセージまで添えられている。

 はいどうぞ、と洋人が差し出された手の上に小箱を置くと、誠はすぐさまポイっと机の上に放り投げた。


「女史のじゃん!」


「文句ありますか? それ、めっちゃ高級なんですよ。この前テレビにも出ていました」


「俺も同じの貰ってるよ!」


「あ、そうですか」


 『女史』こと奥枝美保子は、本店の経理一課に在籍する先輩社員である。

 社内に星野誠淑女協定を布いた張本人であり、メンズにチヤホヤされることを生き甲斐に働いている。

 社内一のイケメンである誠はもちろんのこと、洋人もどうやら彼女に気に入られているらしく、入社以降バレンタインには毎年この手の高級チョコを受け取っていた。自由な時間が潤沢にある有閑マダムならいざしらず、入手困難と謳われる限定商品のチョコをどうやって手に入れたのか、その入手経路は定かではないが、彼女が選ぶ品物には定評があり、間違っても唾液や髪の毛、その他の異物が混入する危険はない。


「チョコなんて、ポッキーで充分なんだよ。高級なのあんま好きじゃないし」


「今しか食べられないのもですよ?」


「いやいや。こんだけあったらどれも変わんないって。しかも、まさかの本命からは貰えないって……!」


 大げさな素振りで肩を落とした誠は再び冷蔵庫に向き直る。

 稀有なリップサービスに洋人は一瞬狼狽えてしまったものの、後輩にたかろうとする誠の言動は、どこまでが嘘でどこからが本気なのかいまいちよく分からない。


「そう言う誠さんは僕に何か準備してくれてるんですか?」


 どうせお互い様でしょ?

 タバコでも吸って冷静になろうと、ポケットを漁っていると、


「お前が食いたいって言ってたから、今日タコパ」


「え?」


 誠が予想だにしない回答をしてきた。

 どんなクレームだろうと建前であろうと、そつなくあしらえるはずの営業部期待の新星は、思わず動きを止めて冷蔵庫の前に立つ長身の背中を凝視した。

 過去の出来事を遡ると春だったか夏だったか、確かにそんな話をしたなと朧げな記憶が蘇ってくる。

 誠は驚くほど記憶力が良い。だからきっと、その通りなのだろう。しかし、言い出しっぺの洋人が忘れてしまうほど取るに足らない会話だ。その願いを叶えるために誠がたこ焼きパーティーの準備をしてくれた事が驚きだった。


「僕……夕飯食べて行っていいんですか?」


 今更何言ってんだ? と眉間に皺を寄せ、訝し気な表情の誠が振り向いた。


「ここまできて何も食わずに帰るつもりだったの? 逆に驚くわ」


「だって、実君、帰ってきますよね?」


「うん。でも、こういうの人数多い方が面白いじゃん? チョコもあるし、甘い系も作ろうかな……」


 誠は袋の中から次々に食材を取り出し、冷蔵庫と流し台の上にそれぞれ振り分けてゆく。キャベツにネギに紅ショウガ、チーズにタコにウインナー。中身もバラエティーに富んでいる。あの時、トイレットペーパーだけでなくガッツリとたこ焼きの具材も購入していたのだ。


「で? 満島君は何してくれるのかな?」


 まさか何もない、なんてことはないよな?

 勝ち誇ったように見下ろしてきた誠は、所在なさげに視線を逸らした恋人に嘆息した。


「……営業のクセに」


「職種は関係ないと思いますけど」


「いいや。お前、いつもヘラヘラ笑いながら皆におべんちゃら言ってるだろ。しょっちゅうしょっちゅうコールの人間に『サプラーイズ!』とかやってるじゃん」


「それはチームの士気を高めるためですよ。ただでさえ電話対応で疲弊してるんですから、コールグループにはそれぐらいの楽しみあって然るべきです」


「俺だってお客様対応やってるじゃん。疲弊してるじゃん。サプライズは?」


「誠さんは暴言吐きながら、ちょこちょこ発散してるじゃないですか。三日前にも『この客ぶった斬っていい』とかサービスバイザーに指示出してたでしょう? 富岡君から聞きましたよ」


「それ速度遅いとか言ってたやつ? 相性問題の、しかも自作PC‼ んなとこまで面倒見れないっつーの。ウチのサポート範疇はターミナルアダプタまで」


「そうかもしれませんけど、受電チームを焚きつけるような言い方しないでください。相手はまがりなりにもお客様なんですから」


「はいはい。じゃ、お前はどうすんの?」


「え?」


「チョコ貰えなくてブーブー言ってるクレーマーをどうやって納得させるわけ?」


「…………」


 痛い所を突かれて、洋人が再び机の上のチョコに手を出そうとしたら、その腕を誠に掴まれた。


「女史のチョコはいらない!」


 こんな時はどうすれば良いか。

 話して納得してもらうか、代替案を提供するか。切り捨てて退会してもらうか。


「……じゃぁ……タバコ一箱」


「んー、それもいいね。今から買ってくる?」


「えー……」


 後日渡しではダメなのか。

 思いの外手強いクレーマーの指摘に、洋人は自身の提案があまり現実的ではなかったことに気付いた。住宅地のこの辺りはコンビニに行くのにもそれなりに時間がかかる。また車を出すのも面倒だなぁ、と考え直した洋人は誠に歩み寄ると、少しだけ背伸びをしてその唇にキスをした。


「チョコよりも甘いでしょ?」


 精一杯可愛らしく尋ねたつもりだったが、誠はシラっと目を細め無表情のまま見下ろしてくる。


「もうちょっと真剣に考えろよ」


 あざと女子ならぬ、あざと男子の行動にいかほどの効果があったのかは定かではなない。これがダメならお手伝い券や肩もみ券を発行するしかないと思案していた洋人は、断りもなく腰に回された手に身体を引き寄せられた。抵抗することもなく、すっぽりとその胸に納まると、鼻先にあったトレーナーの生地から洗濯用洗剤の匂いがする。自分が使っている物とは違う。しかし懐かしい温もりのある匂いだ。


「枕営業とか安直すぎる」


 頭上から笑いを含んだ小言が零れてきた。


「すみません。何も準備してないんです。……僕、営業として失格ですね」


 洋人は素直に謝った。

 こちらに非がある時はまずはその部分について謝罪するのがクレーム処理の基本だった。反省しながら少しだけ身体を離し、厄介だが憎めないクレーマーの顔を見上げると、濃い影を映した瞳にぶつかった。

 洋人は広い背中に腕を回しながら誠のキスを受け入れた。

 小さな触れ合いを何度も繰り返ながらしっとりと唇が合わさると、躊躇うことなく誠の舌が侵入してくる。言語を介さない繊細な刺激は、言葉足らずな本人よりも雄弁にその情熱を伝えてきた。


「——他にはするなよ」


 キスの合間、誠が何かを囁いて洋人の頬を撫でた。


「え……っ?」


 洋人が見上げるとすぐさま誠に唇を塞がれた。

 聞き間違いかと質問するより先に誠に口腔を犯され、思考がかき乱される。絡み合う舌の感触と甘い唾液が混ざり合う音が二人以外に知り得ない秘め事を想起させた。肉食獣のような鋭い視線で見下ろし、汗を浮かべながら洋人の身体を貫く誠の姿を思い出しただけで洋人の本能は目覚め、理性の箍を外そうと訴えかけてきた。


「んっ…………誠さん、それ以上は……」


 深く差し込まれた舌先に上顎の敏感な部分をなぞられ、洋人が官能の吐息を漏らした時だった。


 ——ガチャ。


 玄関の扉が開いて、実が姿を現した。


「「あ゛……」」


 咄嗟に顔を離した洋人と誠が間抜けな声を上げるのとほぼ同時に、実が手にしていた小さな紙袋を落ちた。

 何一つ言い訳できない状況。

 キスこそ解いたものの、誠の手は洋人の腰にあったし、洋人の腕は誠の背中に回っていた。


「…………お前、鍵閉めてなかったの?」


「荷物が一杯だったので」


 実の方に視線を固定したまま、呆れたように尋ねてきた誠に、同じく実を見たまま洋人は鍵を閉められなかった事情を伝えた。


「その点の落ち度については謝罪します。……すみません」


 優秀な洋人は今度こそ対応を違えることはなく、クレーム処理の基本を踏襲した。

 とは言うものの、一難去ってまた一難。新たなクレーマーの登場に洋人は更なる問題を抱えることになってしまった。

 兄の濡れ場を目撃してしまった実は、つぶらな瞳にウルウルと涙を浮かべ、


「誠のばかぁぁぁあぁ!」


 顔を真っ赤にしたかと思ったら「わー!」と絶叫しながら玄関を飛び出してしまった。


 あーあ。見られてしまった。


 洋人はげっそりとため息を吐く。

 傷心の実とは対照的に、イチャイチャを見られた二人はノーダメージで淡々と日常に戻った。二人が互いに名前で呼び合うだけで「イチャついている」と難癖を付けてくるほど、兄の恋人に厳しい実である。キスなんて論外。況してやセックスなんて頭が拒否するレベルだろう。しかしながら、そういう関係ありきで始まった二人には、実がいようといまいと互いに触れたい気持ちはいつでもある。


「……追いかけなくていいんですか?」


「どうせ友達んとこに行くだろうから、放っておいてもいいんじゃね?」


 今に始まったことじゃないし。誠はそう言いながら開けっ放しの玄関の鍵を閉め、実が落とした紙袋を拾い上げた。


「チョコ……一個追加ですね」


 紙袋の持ち手には『Thanks』と書かれた既製品の札が結びつけられていた。いつも面倒を見てくれている兄へ、弟からせめてもの感謝の気持ちだったのだろう。それこそ、兄へのサプライズだったのではないか。


「……それで何個目ですか?」


「十九個」


「……お返しするんですか?」


「するわけないじゃん」


 誠はやれやれと肩を竦めて机の上のチョコを見下ろす。奧枝女史のチョコを始め、大小さまざま色とりどり、そしてチョコと一緒に送られたプレゼントも、たこ焼き以上に種類に富んでいるようだ。


「お前さ、こういうのなんて言うか知ってる?」


「……ハーレム? 濡れ手で粟?」


「違う。多勢に無勢」

 

 そう言いながら、誠は手にしていた紙袋をチョコの山に重ねた。

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