【NWC】6月 蛇足のエスケープ 4

 懇親会にたっぷり遅れて帰還した誠は、その後、女性たちの奇襲攻撃を受けつつもどうにかその場をやり過ごし、発表会の後、古巣メンバーと共に居酒屋に向かった。

 年長の山﨑を筆頭に、二年上の先輩社員が一人と誠の同期と後輩一人。山﨑の機転で全席個室の居酒屋に入り、追撃を逃れた誠はようやく人心地つくことができた。

 集まったのは年齢も性格もてんでバラバラなのに、何かあると自然に集まって話をするお馴染みのメンバーである。誠は談笑に耽りながら騒いでいるメンバーを見て、自分だけが違う職場だという事実を改めて実感した。

 慣れないことをしてしまったせいなのか、馴れ切ったメンバーと話をしているせいなのか、いつも影のように足元に纏わりついて離れない一抹の寂しさが、今日はやたらと心に沁みてくる。

 エアポケットにスッポリ嵌ってしまったみたいに、浮上することができない。いつもは強く自分にバイアスをかけて見ないフリですり抜けられるのに、今日に限ってそれが効かない。上辺だけ取り繕って話を合わせているうちに時間だけが過ぎていった。

 全ては昼間の出来事が原因だった。

 家族のように大切な中間たちがここにいる。それで、半分ぐらいは救われた。

 でも、一番傍にいて欲しい肝心な人物がここにはいない。それで、残りの半分がどこかに落っこちた。

 三次会の話も出たが到底そんな気分にはなれず、誠は同じく帰路に着いた家庭持ちの山﨑と同期の定森と共にバス停へ向かった。


「あれ? 星野こっちだっけ?」


 同じ方向のバス停で立ち止まった誠に定森が声を掛けてくる。このまま通り過ぎて、この先の横断歩道を渡ると思っていたのだろう。平常時であればそれが正規の誠のルートだ。


「あー……今日は」


「ほほー」

 

 ふわっとした答えを返した誠に、山﨑はニヤけながら目を三日月型に細める。

 照れ臭さのあまり、思わず「ただの留守番ですよ」と補足しながらも、誠は洋人との関係は否定しなかった。気の置けないメンバーに事実を隠す必要はないし、山﨑に至っては、嫁が誠と同じ職場で働いているので、コールセンターでの出来事は筒抜けだ。


「あの噂、本当だったんだ?」


 定森の方は今更のように驚いた様子で誠を見ていたが、情報に疎いというわけではなく、本人から直接話を聞くまでは信じないという、いかにも彼らしい反応だった。

 山﨑にしろ、定森にしろ……そして、本当は『実のところどうなの?』と誠に直接聞きたくてもそうしなかった他のメンバーにしろ、誠のことをよく理解してくれている。中でも入社当初からの付き合いがある定森は、色々な面倒事に巻き込まれ、或いは自分から面倒事を起こして当時のメンバーと距離を置いた誠が唯一繋がっている同期である。


「まぁ……そうね。ミイラ取りがミイラになった感はあるけど」


「へー。良かったじゃん」


「マジでそう思ってる? 相手だよ?」


 性別もアレだし、性格もアレだ。

 保守の間で悪魔と呼ばれる厄介この上ない年下の営業マン。異動前は誠自ら洋人の事を罵っていたぐらいなのに、コールセンターへ異動した途端『僕たち付き合い初めました』なんて、これはネットワークセンターに対する裏切りではないのだろうか。


「思ってるよ。星野って態度はクソデカいのにやたらセンシティブじゃん。あっちでうまくやってんのかなって何気に心配してた」


「そうそう。お前めちゃくちゃ危なっかしいからな」


 二人してフムフムと頷かれ、誠はすーんと気が遠のいて倒れそうになった。


 まさか、今までそんな風に思われていた?

 そんな風に心配されてた?

 心配される事が苦手なことも見越されて、それでいてそーっとそーっと遠くから気遣いながら見守ってくれていた?


 誠自身、彼らは大切な仲間だと感じているが、そうは言っても所詮は他人である。その思いは誠の心の中にだけあるもので一方通行なのだと思っていた。しかし、目の前の二人はまるで父親のような顔で、バカにするでもなく可哀想がるでもなく、ただただ心配した様子で誠を見ていた。

 誠は生まれてこの方父親という存在を知らずに育った。誠が唯一知っているのは、戸籍上でも繋がることがなかったの遺伝子上の父親であり、それを父と呼ぶなんて死んでもあり得ないことだった。

 本当の父親がいたらこんな感じなのかな、とそんな考えが一瞬頭を過り、誠は僅かに滲んだ視界を誤魔化すように市街の喧騒に目をやった。

 センシティブだの、危なっかしいだの、好き勝手なことを言ってくれているが、全く持ってその通りである。しかも、洋人とのことも何も言わず温かく見守ってくれていたのだと思うと、誠は尻の辺りがやたらこそばゆくなるような感覚がした。


「今日も途中から落ちてただろ、お前? 何かあるならちゃんと相談しろよ。話ぐらいは聞いてやるから」


 大して話もしてない割に定森にはしっかりバレていた。流石は十年来の付き合いである。


「まぁなぁ……。お前がいろんなことうまく処理できないのも分かるけど、父ちゃん末っ子のこと一番心配してるんだよ」


 そして、同じく何かを悟っていたらしい山﨑に頭をポンポンと撫でられた——が。


「え? ……ちょっと待って、何その設定? 誰が父ちゃんで、誰が末っ子?」


「いやいや、俺が父ちゃんでお前が末っ子じゃん?」


 思わず突っ込みを入れた誠に、山﨑が自分の胸に手を当てながら説明した。


「ちなみに、長男は俺で、鳥飼さんが次男ってことらしい」


 そして、何故か当然のように定森も自分の役どころを理解している。

 いやいやいやいや。聞いてない。そんな設定微塵も知らない。誠がネットワークセンターで働いていた時はミニ四駆の改造が流行っていたが、今はホームドラマごっこがトレンドなのか?

 誠の頭にグルグルと色々な考えが巡る。

 巡り巡って周り過ぎた結果、


「序列がおかしいだろ! 何で鳥飼さんが次男なんだよ」


 もっとも基本的な部分に気が付いた。


「いや、年功序列じゃなくて性格だから。長男しっかり者。次男自由人。末っ子甘えん坊」


「甘えん坊? 俺が!? そんなんした覚えありませんけど?」


「そうそう。だから心配してるんだって。何でもかんでも一人で頑張らなくていいから、無理な時は無理って言え。俺達でも満島君でもいいから」


 定森は真顔で言って、


「俺、お前に借りがあるし。……左遷先で恋人見つけたって言われたらこっちも気が楽になるわ」


「別に借りとかじゃねーよ……俺が勝手にやったことじゃん」


 簡単に人に弱みを吐露できない誠を思ったのか、冗談交じりに過去の出来事を引き合いに出し、定森は心理的な負担を軽くしようと努めてくれているようだった。

 誠が左遷されたのは定森のせいではない。定森はきっかけになる事件に巻き込まれただけで、すべては誠がやったことだ。

 誠はネットワークセンター勤務も長く、入社当初は弟のこともあってかなり優遇されていた。そんな状況で誠が上司と揉めたものだから、それまで散々お目こぼしをしてくれた上層部も何等かの対処をしなければいけなかったのだ。


「…………てかさぁ、春日は?」


「え?」


「いや、春日は俺より下じゃん? ってことは末っ子は春日だろ? 年齢的にも、性格的にも。あいつ俺よりバカだし、落ち着きないし」


 誠の問いに、二人は顔を見合わせた。

 そして、同時に誠を振り返り、声を揃えて言った。


『春日はペット枠』

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