第44話 3人の王
『いつもの時間、いつもの場所で待つ』
かつて、
けれど、中学校生活半ばあたりで
ただ、高校受験の時期が近づいてくると、日常会話からも色が無くなっていった。私は、ずっと毛嫌いしていた名家の息子としての生き様に向き合おうとしていた。いや、そんなかっこいいものではない。名家の息子であるなら世の為、人の為に生きなければいけないという「空気」を読んだ。父は「無駄こそ人間の本質だ」と良く言っていたが、そこに納得するだけの理屈が組めなかった。そして、離れれば離れるほどに浮かび上がってくるサッカーのイメージを無くすために、完全にサッカーをやめることにした。
この行為は、いつかサッカーが好きな2人の為にもなるから。サッカーが大事なのはわかるけど、やっぱり世の中理想ばかりでは生きていけないし。そうやってサッカーを捨てるための自己正当化を続けてきた。2人と私の間には、サッカーが欠かせないことから目を背けて。
・ ・ ・ ・ ・
3年前
受験前最後の集まりがあった。サッカー推薦で受験する
「
「そうだね。勉強に専念することになると思うよ。」
「そっか~。レジェンドリーグで
「私の分も2人で楽しんでね。」
「おいおい、そんな寂しいこと言うなよ。部活でやれなくっても、こうやって俺ら3人でならサッカーできるだろ?お前だけ仲間外れなんかにはしないぜ~。」
その言葉に、すぐさま「ありがとう」と答えられなかった。できることなら、流れのまま2人だけでサッカートークを続けて欲しいと思っていた。でも、そんなことを2人がしないことは分かっていた。
「
唐突な私の沈黙に不安を覚えた
気まずい沈黙の中、その気まずさから逃げ出すように言葉を吐きだした。
「サッカーからはもう完全に身を引こうと思ってる。」
「え?」
「私の目指す理想には、膨大な時間が必要なんだ。だから、一分一秒でも無駄にしたくなくて……。」
少しでも取り繕うように、自分の中で組み立てたサッカーを捨てることを正当化する理論を口に出したが、視線は地に落ちていき、語気も弱まっていった。どの理論を口にしても、2人とのこの時間を犠牲にするほどの説得力が出せなかったからだ。
「それは、大事なことだとは思うけど……。たまの息抜きぐらいは必要なんじゃない?そんな極端に考えなくても……。」
この感覚の根源は、きっと未練だ。「空気」を読んで名門校へ行き、順風満帆な生活を送ることよりも、泥にまみれながらサッカーをすることのほうが輝いて見えた。そっちのほうが、感動できると思った。けれど、一生それを続けることなどできないというのも分かっていた。そして、自分が片手間にサッカーに取り組めるような人間でないということも分かっていた。知れば実践したくなり、実践すれば研究したくなり、昼夜問わずサッカーのことを考えてしまう人間だと分かっていた。だから、「空気」に身を委ねられるようにするために、全部シャットアウトすることにした。
「そんな苦しい感じになるんなら、やめたほうが良いんじゃねぇの。」
「もう、決めたことだから。」
「立派だとは思うけどよ、危ういぜ。」
「簡単な道じゃないから、しょうがないよ。」
「だからこそ、俺らが必要なんじゃねぇの。」
「……だからこそ、2人と一緒にいると、辛いんだ。」
その優しさが、居心地の良さが、決心を鈍らせるから。会話すればするほどに積みあがっていった未練が、本音を吐き出させた。
「……ど、どういうことだよ、辛いって。」
面食らった様子で
「サッカーはもうできないのに、2人といると、またサッカーがしたくなってしまう。」
「やればいいじゃねぇか。」
「それで解決できるのなら、苦労はしない。」
「解決できるだろ。勉強と一緒にサッカーもやればいいじゃねぇか。」
「そんな簡単なことじゃないんだ。」
「簡単じゃなくても、
はじめは私をなだめるようだった
私は、君たちに求められるほど立派な人間じゃない。2人が自分の意志で道を選んだ中、私だけが「空気」の顔色を窺って道を選んだ。困難に立ち向かえるほどの力も、意志も持ち合わせていない。
「……
もう、理想的な私の姿を求めるのはやめてくれと、突き放すようにそう言った。思考がネガティブに凝り固まってしまっていた。喧嘩別れでもなんでも、私のような人間とはもう縁を切ったほうが良いと、私の中で勝手に判断した。
「……なんだよそれ。」
「お前がそう思うんなら、もう勝手にしたらいい。」
その言葉を聞いて、もう2人と会うことはないのだろうなと感じた。荷が下りたというより、ぽっかりと何かが欠けたような気持ちになった。
「ただし!!」
自業自得の感傷に浸っていた私に、
「いつでも待ってるからな。」
そう言った
喧嘩別れすら覚悟していた状態の私には、ただ罪悪感と虚しい決意だけが残っていた。
・ ・ ・ ・ ・
セレクション前に会った時は、急だったこともあってなし崩し的に会話ができたが、改めて会うとなると、どんな顔をしていけばいいのか分からなくなる。
まずは謝罪からか。いや、この謝罪は自己満足なのではないか。私が謝れば、
「
壁に貼られた資料を前に終わりの無い思考を巡らせていると、
「おぉ~。また内容新しくなってるな。」
楽しそうに私の集めた資料たちに目を通している。
なんともおかしな光景に気が抜けた。待ち合わせ時間までまだ少しだけ時間はあるし、少し
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます