壕と灯理と晴己

全国大会のクラブチーム枠を勝ち取るための大会まであと5日。


チーム加入後初の練習を通してこのチームの特徴が見えてきた。


このチームは個人の能力は比較的高い者が多いらしいが、チームとしては器用貧乏なチームだ。


メンバー数は11人、FWフォワード3人、MFミッドフィルダー3人、DFディフェンス4人、GKゴールキーパー1人といった形だ。

 

FWは俺と、黒血くろち 勇牙ゆうがごう 如月きさらぎの3人。


勇牙ゆうがは昨日の未完成の技を含めて、二つのシュート技のみで戦うストライカー。


ごうは、体格に反してかなり気弱だが、重力で相手を押さえつけることのできるポストプレイヤ―。


MFは、百福ひゃくふく きずな舞鶴まいづる 晴己はるき灯理ともり 点睛てんせいの三人。


万能型のきずなと、サポート係の晴己はるき、戦略家の灯理ともりといった感じだ。


DFは、両翼に火囃ひばやし かける来花くるはな ふうの2チビ、中央に獅子神ししがみ 吽犬うんけん神住かすみ 天地あまつち


両翼の二人はディフェンスよりもドリブルといった感じで、主な守備は神住かすみが担っている。


吽犬うんけんはそれを補うような形でプレーしている。


最後にGKの金獄きんごく 仁王におう


チームの誰かが仁王におうから点を奪えているところを見たことがない。


そんなチームの中で、俺はとにかく走って相手に嫌がらせをする役割を手に入れた。


トラップやパスを技を用いて行える人はあまりいないらしい。


そのため、パスカットやトラップのわずかな瞬間を狙ったディフェンスだけは俺も活躍ができると考えたのだ。


だが、実際にやってみると、俺がボールをカットした瞬間にディフェンス技で奪われたり、いったん俺を技で抜いてからパスしたりが多いため大した活躍はない。


しかし、相手によっては焦ってミスをしたり、技の発動回数が増えざるをえなかったりと、めんどくさい存在になれている。


まだまだ肩を並べるには足りないなと思っていると、ミニゲームで俺との一対一を嫌った勇牙ゆうががかなり早いタイミングで離れた位置にいるごうへパスを出した。


足が速い人であっても追うのを諦める距離に出されたパスに当然のように食らいつく。


惜しくも先にボールに触れたのはごうであったが、わずかに腰が引けていたごうはトラップを失敗してしまう。


その隙を逃さずにボールを奪う。


前に向き直り、攻めに転じようとする。


しかし、前を向いた視線はごうの重力によって強引に落下させられ、体が地面に沈み込む。


俺からこぼれたボールを慌てて拾ったごうは、流れのままに勇牙ゆうがへパスを出す。


ごうは何を気遣ってのことか分からないが、その巨体からは想像もできないほどに弱々しいパスを出す。


勇牙ゆうがもそれを知っているため、ごうに近寄っていた。


その気遣いが適しているかは置いておいて、プレーを円滑に進めるためには正しい行動だったろう。


ただ、今回に限っては、その気遣いが仇となった。


弱いパスを想定していた勇牙ゆうがでは到底反応できないほどの剛速球が彼を吹き飛ばした。


ちょっとした車にでも弾き飛ばされたのではないかと思うほどに勇牙ゆうがが宙を舞う。


ズザー、と、ぶつかった球の勢いそのままに滑っていく勇牙ゆうがに全員が注目する。


沈黙に包まれたフィールドの中、ごうの顔がみるみる青くなっていく。


アクシデントを気にしたメンバーがぞろぞろと集まってくる。


焦り散らかして力の加減が完全にできなくなってしまっているごうが、フィールドをベコベコと凹ませながら勇牙ゆうがに近づいていく。


勇牙ゆうがぐん!大丈夫!?おで、おで…!!」


「おうおう、いいシュート打つじゃねぇか、ごうさんよぉ」


吹っ飛ばされ方に反して存外何の問題もなさそうな勇牙ゆうがが、からかうようにごうにからむ。


勇牙ゆうが的には、何の気負いもしなくていい、というニュアンスを含めていたのだろうが、ごうのより蒼白になった顔を見るところ伝わっていないようだ。


「ちが…おで、そんなつもりじゃ!でも…おでが…ごめん、ごめん勇牙ゆうがぐん!」


「あぁあぁ違う違うそうじゃなくて。悪かった、俺の言い方が完全に悪かった。本当に大したことねぇから気にすんな、ごう。」


「でも…」


「お前も俺も両方悪かったで済む話だ。そんなに気負うんじゃねぇよ。」


両方悪い…?、と腑に落ちていない様子のごうに、様子を見に来ていたメンバーの一人、灯理ともりが説明する。


「力加減ができなかったごうも、反応できなかった勇牙ゆうがも悪いってことじゃないか」


「その通りだけどよぉ、他の奴に言われるとなんかモヤッとするなぁ?」


「それは失礼」

 

勇牙ゆうが灯理ともりの軽口の言い合いの横で、なるほど、と納得した様子のごうだったが、その後のプレーはより慎重なものになっていた。


それはそれとして、俺は今回のごうの常人ならざるパスに可能性を感じていた。


あの速度のパスが繋がれば戦術の幅が大きく広がるだろう。


ということで、さっそく練習の合間に提案してみることにした。


ごう。俺にさっきのパスを出してくれないか?」


唐突な提案に目に見えてごうが動揺する。


唐突だったこと以上に先ほどのアクシデントが響いていそうだ。


焦らせずにごうの返答を待つと、予想通りの答えが返ってきた。


「危ないがら…やめておいたほうがいいど。」


「確かにものすごい威力だったけど、あれは技じゃないんだろう?」


「うん…」


「ならどんと任せてくれ」


先ほどのミスを気にしているだろうごうを励ます意味も込めて大げさに胸を張ってみる。


それでも言い淀むごうの反応を見て、先ほどのミスが一番の原因ではないのかもしれないと思考を巡らせる。


その原因が何か分析している途中で、ごうが伏し目がちに話し始めた。


「おでは下手だがら…綺麗にまことぐんにパス出せねぇと思うだよ…」


この言葉でごうが何を気にしているのかが分かった。


俺は今、気を使われているのだ。


力の加減こそ上手くはないものの、そのコントロールからは不器用とは思えないほどの精密さがあった。


そんな努力の賜物を下手だなんて。


きっと俺がごうの信用に足るほど強くないから、自分を卑下する形で配慮してくれているのだろう。


やはり博打で最後に決めきれなかったのが良くなかったか。


早急に解決すべき問題だと分かっていながら、その困難さに身がもだえる。


…待てよ。


ごうが俺に配慮するぐらいには強いパスは、技でなくともそれに近いものなのではないだろうか。


ということは、そこから技無しの俺が技へたどり着くヒントが得られるのではないか?


こうなれば配慮を無下にしてでもパスをしてもらおう。


ごう。いや、ごうさん。多大なるご配慮痛み入ります。」


「え?」


「ですが、私の成長のためにどうか寛大なるパスをお出しいただけないでしょうか」


まことぐん?急にどうしだの?」


「どうか!この通り!」


なにしでるの!?、とためらいなく土下座する俺を見て慌てふためくごうのもとに周囲のメンバーもわらわらと群がってきた。


なんかごうの反応から、ごうが俺に気を使っているという推測も間違っているような気もしてきたが、もはやどうでもいいだろう。


わがった!わがったがら!、と快諾してくれたごうに感謝を述べ、パスを受ける態勢にはいる。


合図を出したごうの足元から剛球が放たれる。


新たな可能性との衝突に心を高鳴らせたが、いざボールに触れてみると大したことはなかった。


確かに威力も回転数も桁違いだが、俺であれば十分にトラップできる程度のものであった。


となると一石二鳥では、と思っていたら、俺のスパイクが限界を迎えた。


高速回転するボールに引き込まれるように引き裂かれたスパイク。


想定外の事態に反応することができずボールも吹き飛ぶ。


オーディエンスからも驚きの声があがった。


まことぐん!あぁ!靴が!!」


「落ち着けごう。これに関しては誰も悪くないから」


それでもなおアワアワしているごうをなだめながら、きずなにスパイクが買える場所について聞く。


「近場に専門店があるからそこで買おうか」


「ご迷惑おかけいたします」


気にすることないよ、と本当に気にしてなさそうにきずなが言うので大いに甘えることにした。


その際、晴己はるき灯理ともりも付いていきたいと言うので合計四人で向かうことになった。


ある程度人数が減るため、他のメンバーは個人練習となる。


晴己はるきはともかく、灯理ともりが付いてきたいと言うとは思わなかった。


入団試験の時点ではかなり距離を置かれていたはずだが、何かあったのだろうか。


最後までアワアワが止まることのなかったごう勇牙ゆうがたちに任せ、少し変なメンツで買い物に行くことになった。



・・・



久々に入るお店というものに若干緊張しながらも、この世界で俺に適しているスパイクを探してもらう。


途中店員さんが来て様々な様式のスパイクを勧めてくれたが、俺が無能力者であると分かると気まずそうにレジに戻ってしまった。


ピボットブースターだとかカーボンフィットだとかよりも、シンプルで丈夫なスパイクが欲しいだけなのだがなかなか見つからないものだ。


知識がないせいで総当たりでスパイクを履いてみるしかなく、俺一人ではどうしても効率が悪くなる。


きずな灯理ともりも、想定していたより俺の望みに合うスパイクが無いことに驚いていた。


そんななか、晴己はるきが一つのスパイクを凝視していたため声をかけてみた。


「そのスパイクがいい感じなのか?」


「あ!えっと、うん!そう!日元ひもとくんにぴったしだと思って!」


晴己はるきがぎこちなく勧めてくれたスパイクは、天使の羽がついていたりとド派手で、性能面も全部盛りといった性能をしていた。


動きに補正がかかりまくりで動きを制御できず、店の天井にぼよんぼよんと頭を打ち付ける。


なにこれぇ、という視線を晴己はるきに向けると晴己はるきは、あはは、あはは、とぎこちなく笑った。


そんな様子のおかしい晴己はるきの後ろから厳ついおじさんがヌッと顔を出した。


「あんたが技無しでサッカーやってるって人か」


どうやら先ほどの店員さんが情報を共有したらしい。


そうです、と答えると、足見せてもらうぞ、と言われたので大人しく足を見てもらう。


ぼよんぼよん跳ねる俺を捕まえ優しく椅子に座らせると、そのおじさんはまじまじと俺の足を観察し始めた。


少し間をおいて低く唸ったおじさんはおもむろにメジャーを取り出すと足の各寸法を測り始めた。


その後、継ぎ接ぎが目立つ明らかな試作品を試着させられ、店内の芝生スペースで動かされた。


金は?、と聞かれたので、絆を呼ぶ。


そのおじさんは絆と一言二言言葉を交わすと、レジ奥へ行ってしまった。


絆曰く、スパイクを作るから少し待てとのことだった。


特に何が欲しいわけでもなくぶらぶらと店を見て回っていると、テレビでサッカーの試合が流されているのを見つけた。


この試合は過去の試合らしい。


ダイジェスト方式で流されていく激しい技の応酬に自然と目が釘付けになる。


映像以外の全ての情報が入らなくなっていた俺に、まこと、と誰かが声をかけてきた。


顔合わせの時俺に技を使えるか聞いたヘアバンドの男、灯理ともりだった。

 

俺の加入に最後まで頭を悩ませていた様子だったが、そんなものはなかったように接してくる。


灯理ともりは、訝しむ俺の視線を気にも留めず話題をふってきた。


「良いものが流れているじゃないか」


「この試合知ってるのか?」


「俺がサッカーを始めるきっかけになった試合だよ」


ほう、と面白そうな内容に興味を持つように相槌を打つ。


先ほどの訝しむような気持ちは目の前の興味に飲み込まれてしまった。


続きを促すと、灯理ともりは調子よく話し始めた。


「この試合はリーグの首位とドべの試合であり、サッカー史に刻まれるほどのジャイアントキリングを成し遂げた試合でもある。ドべのチームは格下なりの戦略でどうにか戦えていた。が、地力の差でじりじりと点差がついていき、しまいには疲労によるアクシデントでレッドカードまで出されてしまった。

 点数不利に人数不利、もはや消化試合と化していた戦いの中で一人の男が覚醒した。その男はチームのキャプテンでありながら、技数も少なく、能力値も平凡以下だった。だが、土壇場で覚醒したその男は単独で相手陣地を切り裂き、ゴールを奪い取っていった。その後はご覧の通りだ。」


そう言って灯理ともりが指し示した画面には、突如覚醒した男によって陣形を乱された首位のチームが瞬く間に点を取られていく様子が映し出されていた。


単騎で無双している様子は元の世界での俺となんら違いはないのに、その男の顔にはほとばしる生気がみなぎっていた。


なんでそんな顔ができるのかなど考えるまでもなかった。


その男には勝利を称えあえる仲間がいた。


目の前に写る地獄の底から手を伸ばすほどに求めた情景が、過去から今に至るまでの移ろいをフラッシュバックさせる。


数秒呆然としていたら、内容が試合の映像からインタビュー映像に変わっていた。


『今回、土壇場で起こした覚醒の要因は何だったと思いますか?』


『正確なことは分からないですね。いろんな積み重ねや勝利への執念、それを抱くに至った仲間との絆とかいろいろあるんだと思います。多分、どれだけ言葉を尽くしてもこの衝動を伝えることはできないと思います。ただ、一つアドバイスするとすれば、「人生を賭けろ」ってところですかね。』


浮かれた様子でインタビューに答えていたその男の言葉は、己の人生への誇りで満ちていた。


「これが俺がサッカーを始めたきっかけだ」


俺と同じように映像に見入っていたのか、乾いた眼を潤すように忙しなく瞬きをする灯理ともりがそう言う。


「俺はもともとサッカーどころかスポーツに興味がなかった。生まれ持った勉学の才を用いて安定した生活を過ごすつもりだった。だが、たまたまテレビに映ったこの男の言葉に魅かれてしまった。才の無い男が、バグと言って遜色ないほどの覚醒に至った衝動を感じたいと思った。だから、俺は今ここにいる。」


「そして…」


と、言葉を区切った灯理ともりと真っすぐ目が合う。


「お前と出会った。」


そう告げられ、灯理ともりが入団試験後何を考えていたのかが分かった気がした。


「で、実際バグってる人間に出会ってみた感想は?」


そう自虐なのか尊大なのか分からない質問を灯理ともりに投げかける。


すると、いい質問だと言わんばかりに自信満々な笑みを浮かべた。


そして、答える。


「なんっも分からん」


先ほどまでの知性を感じる言動とのギャップに思わず笑いが漏れてしまう。


灯理ともりも俺につられるようにクツクツと笑っている。


笑いが一段落したところで灯理ともりが真剣そうな表情を整える。


まこと


「どうした?」


「この前は冷淡な態度をとってしまって申し訳なかった」


謝る機会が欲しくて、買い物についてきていたのか。


「あれは当然の反応だろう。謝るようなもんじゃないよ。」


「そう言ってもらえると助かる。改めて、これからよろしく頼む。」


そう言って差し出された手を握り返す。


灯理ともりにとって、俺は映像の男以上の生き証人だ。


男の言う衝動とやらに興味のある灯理ともりは俺のことをもっと知りたいと思ったのだろう。


だが、以前とった冷淡な態度が引っかかって言葉をかけることができなかった。


だから、手頃な話題を伝手に謝罪したかったといったところだろうか。


自分に嘘をつけない実直な人間性が伺えた。

 

「おやおや、知らぬ間に随分と仲良くなったね」


握手している俺たちを見つけたきずなが嬉しそうに声をかけてきた。


どうやら新しいスパイクが出来上がったらしい。


構造は一般的なスパイクと相違なく、デザインとして勝ち色に金色のラインが入っている。


問題がないか試着させてもらったところ、サポーターを使用したとき以上に足が体にフィットしている感じがした。


あまりに力の伝わり方がスムーズすぎて何かに違反していないか心配になったが、ただ技術が高いだけだから大丈夫だそうだ。


そんなスパイクの値段は、晴己はるきが見ていたコストだけなら何よりもかかっていそうなスパイクの十倍以上の値段だった。


それをサラッと払ってしまうきずなにペコペコと感謝しながら新しいスパイクを眺めニマニマとする。


店の外に出ると、夕焼けがまばゆく街を照らしていた。


手で日を遮ろうとするも、夕日が見えなくなるだけで影ができず、眩しくはないけどなんか眩しい気がするという変な感覚を味わった。


仕方なくスパイクを入れた箱で日を遮っていると、何かを気にした様子のきずなが目に入った。


パッとこちらに向き直ったきずなは、他の皆には伝えてあるけど今日の練習はおしまい、と事務的に連絡した。


やはりきずなはどこかに用があるようで、まだこの場所の地理に疎い俺の付き添いを二人にお願いしている。


快く承諾した二人に連れられ、俺は帰路についた。

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