第6話 壕と灯理と晴己

全国大会のクラブチーム枠を勝ち取るための大会まであと5日。


 

 チーム加入後初の練習を通してこのチームの特徴が見えてきた。このチームは個人の能力は比較的高い者が多いらしいが、チームとしては器用貧乏なチームだ。メンバー数は11人、FWフォワード3人、MFミッドフィルダー3人、DFディフェンス4人、GKゴールキーパー1人といった形だ。

 

<FW>

黒血くろち 勇牙ゆうが 

3年。シュート技のみのストライカー。人情に厚いが、さっき吹っ飛ばされてた。


ごう 如月きさらぎ

2年。チームどころか世界でも一番を取れそうなほどの体格の持ち主。見た目に反して弱々しいプレーをする。さっき焦ってボールを蹴った結果、勇牙ゆうがが吹っ飛んだ。


<MF>

百福ひゃくふく きずな

3年。このチームの創設者。器用富豪といった感じで何でもこなすが、自分をあまり主張しない。


灯理ともり 点睛てんせい

2年。参謀。動くよりも先に考えてしまうタイプ。嫌われてるのではないかと思ったが、その目線は別のもののように感じる。


舞鶴まいつる 晴己はるき

2年。ムードメイカー。勇牙ゆうがと同じ高校だったらしい。見た目の派手さに反してサポートを中心としたプレーをする。


<DF>

火囃ひばやし かける来花くるはな ふう

双方1年。このチームの両翼を担う攻撃的なチビ。スピードでごり押すかけると、柔軟に敵を攻略していくふうといった感じ。特にかけるが俺に突っかかってくる。


神住かすみ 天地あまつち

3年。堅実に強いプレイヤー。穏やかな性格も相まって、やんちゃな1年DFラインをうまくまとめてくれている。


獅子神ししがみ 吽犬うんけん

1年。神住かすみについて回るようにプレーしている。まだ全然親しくできてないので、分かることがほぼない。


<GK>

金獄きんごく 仁王におう

3年。きずなと共にこのチームを作った守護神。雑に頼りになる。


 ちなみに俺、日元ひもと まことはFWだ。それも、とびっきり戦力にならないFWだ。なので、チームの力になるために自分のできることを探し回っているところだ。そしてつい先ほど、それっぽいものを見つけた。


ごう。俺にさっきのパスを出してくれないか?」


 そう唐突に提案してきた俺に、ごうが動揺する。先ほどごうが焦って出したパスが、亜音速で勇牙ゆうがに襲い掛かったのを見ていた。ごうはそのことについて酷く落ち込んでいたが、俺にとってそれはチャンスだった。あのパスに技の超能力的な性質が乗っていないのなら、この世界で俺だけがトラップできるパスになる。それはすなわち、俺がこのチームに貢献できる術になると思ったのだ。


「危ないがら…やめておいたほうがいいど。」


 だが、当然俺の身を案じてくれるごうは、その提案を受け入れてくれない。


「確かにものすごい威力だったけど、あれは技じゃないんだろう?」


「うん…。」


「なら、どんと任せてくれ。」


 そう言って俺は、大げさに胸を張った。俺のことを信じて欲しいという思いだけでなく、先ほどのミスを気にする必要はないとおどけてもいるつもりだった。それでも言い淀むごうの反応を見て、やはりまだ出会ったばかりの俺への信頼値は低いかと肩を落とす。すると、ごうが伏し目がちに話し始めた。


「おでは下手だがら…綺麗にまことぐんにパス出せねぇと思うだよ…。」


 案の定、ごうは俺に気を使って自分を卑下する形で提案を断った。力加減こそ上手くないものの、そのコントロール精度からは不器用を塗り替えようとした努力が垣間見えていた。そんなごうが下手なわけないのに。

 

 これだけちゃんと断られてなお頼み込むのは本当に面倒なことだろう。だが、もとより押しかけてチームに入れてもらった身である以上、多少厚かましくとも頼み込ませていただく。


ごう。いや、ごうさん。多大なるご配慮痛み入ります。」


「え?」


「ですが、私の成長のためにどうか寛大なるパスをお出しいただけないでしょうか。」


まことぐん?急にどうしだの?」


「どうか!この通り!」


 「なにしでるの!?」と、ためらいなく土下座する俺を見て慌てふためくごうのもとに、周囲のメンバーもわらわらと群がってきた。少し大ごとにしすぎた感もあるが、どうだ?


「わがった!わがったがら!」


 了承せざるを得ないような状態になったごうがパスを出してくれることになった。迷惑をかけた分まで心の底から感謝をし、ごうがパスを出すのを待つ。ごうの合図とともに放たれた剛球は、とてつもない回転数で俺の足元へ突き刺さってきた。だが、俺にとっては許容できる威力だった。このままトラップして戦力増強と信頼度向上だとワクワクしていたら、俺のスパイクが限界を迎えてしまった。高速回転するボールに引き込まれるようにスパイクが引き裂かれていく。想定外の事態にボールを抑え込むことができず、ボールを吹き飛ばしてしまった。オーディエンスからも驚きの声があがる。


まことぐん!あぁ!靴が!!」


 先ほど勇牙ゆうがを吹き飛ばした時のように真っ青に青ざめたごうが、俺のもとへ駆け寄ってくる。そんなごうをなだめながら、きずなにスパイクが買える場所について聞く。


「近場に専門店があるからそこで買おうか。」


「悪いな。ちょっと調子に乗ったわ。」


 「気にすることないよ」と、本当に気にしてなさそうにきずなが言うので大いに甘えることにした。その際、晴己はるき灯理ともりも付いていきたいと言うので合計四人で向かうことになった。


 先ほどのごうの表情を思い出して、ワクワク感から焦り過ぎたなと反省した。ゆっくりいくほどの時間はないが、着実に仲間になっていけばいい。


そうして俺たちは靴屋へと向かった。



・・・



 久々にお店というものに入るもんだから、緊張して3人の後ろからこそこそと入店した。だが、店内のスパイクの山を見たらそんな緊張は一瞬にして消し飛んだ。多種多様なデザインに、ピボットブースターだとかカーボンフィットだとか様々な機能を持ったスパイク達が所狭しと並んでいる。


 この中から一体どれを選んだものかと悩んでいると、店員さんが話しかけてくれた。だが、俺が無能力者だと分かると気まずそうな様子でレジへと戻って行ってしまった。ふむ、ここにあるスパイクは技を使える人向けの物なのかもしれない。確かに、俺がこれまで履いていたようなシンプルで丈夫そうなスパイクが見当たらない。どこかに俺に合うスパイクはないものかと店内を探索していたら、1つのスパイクを凝視している晴己はるきがいた。


「そのスパイクがいい感じなのか?」


「あ!えっと、うん!そう!日元ひもとくんにぴったしだと思って!」


 晴己はるきがぎこちなく勧めてくれたスパイクは、天使の羽がついていたりとド派手で、性能面も全部盛りといった性能をしていた。それを履いた俺は、補正がかかりまくった動きに翻弄され、店の天井にぼよんぼよんと頭を打ち付け続けることになった。なにこれぇ、という視線を晴己はるきに向けると晴己はるきは「あはは、あはは」と、ぎこちなく笑った。そんな様子のおかしい晴己はるきの後ろから厳ついおじさんがヌッと顔を出した。


「あんたが技無しでサッカーやってるって人か」


 どうやら先ほどの店員さんが情報を共有したらしい。「そうです」と答えると、「足見せてもらうぞ」と言われたので了承する。そのおじさんは、ぼよんぼよん跳ねる俺を捕まえ優しく椅子に座らせると、まじまじと俺の足を観察し始めた。少し間をおいて低く唸ったおじさんはおもむろにメジャーを取り出すと、足の各寸法を測り始めた。その後、継ぎ接ぎが目立つ明らかな試作品を試着させられ、店内の芝生スペースで動かされた。「金は?」と聞かれたので、絆を呼ぶ。そのおじさんは絆と一言二言言葉を交わすと、レジ奥へ行ってしまった。絆曰く、スパイクを作るから少し待てとのことだった。


 待ち時間を潰すようにぶらぶらと店を見て回っていると、テレビでサッカーの試合が流されているのを見つけた。この試合は過去の試合らしい。ダイジェスト方式で流されていく激しい技の応酬に自然と目が釘付けになる。映像以外の全ての情報が入らなくなっていた俺に「まこと」と、誰かが声をかけてきた。顔合わせの時俺に技を使えるか聞いたヘアバンドの男、灯理ともりだった。俺の加入に最後まで頭を悩ませていた様子だったが、そんなものはなかったように接してくる。灯理ともりは、訝しむ俺の視線を気にも留めず話題をふってきた。


「良いものが流れているじゃないか」


「この試合知ってるのか?」


「俺がサッカーを始めるきっかけになった試合だよ」


 「ほう」と、面白そうな内容に興味を持つように相槌を打つ。先ほどの訝しむような気持ちは目の前の興味に飲み込まれてしまった。続きを促すと、灯理ともりは調子よく話し始めた。


「この試合はリーグの首位とドべの試合であり、サッカー史に刻まれるほどのジャイアントキリングを成し遂げた試合でもある。ドべのチームは格下なりの戦略でどうにか戦えていた。が、地力の差でじりじりと点差がついていき、しまいには疲労によるアクシデントでレッドカードまで出されてしまった。

 点数不利に人数不利、もはや消化試合と化していた戦いの中で一人の男が覚醒した。その男はチームのキャプテンでありながら、技数も少なく、能力値も平凡以下だった。だが、土壇場で覚醒したその男は単独で相手陣地を切り裂き、ゴールを奪い取っていった。その後はご覧の通りだ。」


 そう言って灯理ともりが指し示した画面には、突如覚醒した男によって陣形を乱された首位のチームが瞬く間に点を取られていく様子が映し出されていた。単騎で無双している様子は元の世界での俺となんら違いはないのに、その男の顔にはほとばしる生気がみなぎっていた。なんでそんな顔ができるのかなど考えるまでもなかった。その男には勝利を称えあえる仲間がいた。目の前で流れる恋焦がれた情景が、過去から今に至るまでの俺の人生をフラッシュバックさせる。数秒呆然としていたら、内容が試合の映像からインタビュー映像に変わっていた。


『今回、土壇場で起こした覚醒の要因は何だったと思いますか?』


『正確なことは分からないですね。いろんな積み重ねや勝利への執念、それを抱くに至った仲間との絆とかいろいろあるんだと思います。多分、どれだけ言葉を尽くしてもこの衝動を伝えることはできないと思います。ただ、一つアドバイスするとすれば、「人生を賭けろ」ってところですかね。』


 浮かれた様子でインタビューに答えていたその男の言葉は、己の人生への誇りで満ちていた。


「これが俺がサッカーを始めたきっかけだ」


 俺と同じように映像に見入っていたのか、乾いた眼を潤すように忙しなく瞬きをする灯理ともりがそう言う。


「俺はもともとサッカーどころかスポーツに興味がなかった。生まれ持った勉学の才を用いて安定した生活を過ごすつもりだった。だが、たまたまテレビに映ったこの男の言葉に魅かれてしまった。才の無い男が、バグと言って遜色ないほどの覚醒に至った衝動を感じたいと思った。だから、俺は今ここにいる。」


「そして…」


 と、言葉を区切った灯理ともりと真っすぐ目が合う。


「お前と出会った。」


 そう告げられ、灯理ともりが入団試験後何を考えていたのかが分かった気がした。


「で、実際バグってる人間に出会ってみた感想は?」


 そう自虐なのか尊大なのか分からない質問を灯理ともりに投げかける。すると、いい質問だと言わんばかりに自信満々な笑みを浮かべた。


「なんっも分からん」


 先ほどまでの知性を感じる言動とのギャップに思わず笑いが漏れてしまう。灯理ともりも俺につられるようにクツクツと笑っている。笑いが一段落したところで灯理ともりが真剣そうな表情を整える。


まこと。」


「どうした?」


「この前は冷淡な態度をとってしまって申し訳なかった。」


 謝る機会が欲しくて、買い物についてきていたのか。


「あれは当然の反応だろう。謝るようなもんじゃないよ。」


「そう言ってもらえると助かる。改めて、これからよろしく頼む。」


 そう言って差し出された手を握り返す。灯理ともりにとって、俺は映像の男以上の生き証人だ。男の言う衝動とやらに興味のある灯理ともりは俺のことをもっと知りたいと思ったのだろう。だが、以前とった冷淡な態度が引っかかって言葉をかけることができなかった。だから、手頃な話題を伝手に謝罪したかったといったところだろうか。自分に嘘をつけない実直な人間性が伺えた。

 

「おやおや、知らぬ間に随分と仲良くなったね」


 握手している俺たちを見つけたきずなが嬉しそうに声をかけてきた。どうやら新しいスパイクが出来上がったらしい。構造は一般的なスパイクと相違なく、デザインとして勝ち色に金色のラインが入っている。問題がないか試着させてもらったところ、サポーターを使用したとき以上に足が体にフィットしている感じがした。あまりに力の伝わり方がスムーズすぎて何かに違反していないか心配になったが、ただ技術が高いだけだから大丈夫だそうだ。

 そんなスパイクの値段は、晴己はるきが見ていたコストだけなら何よりもかかっていそうなスパイクの十倍以上の値段だった。それをサラッと払ってしまうきずなにペコペコと感謝しながら新しいスパイクを眺めニマニマとする。

 

 店の外に出ると、夕焼けがまばゆく街を照らしていた。手で日を遮ろうとするも、夕日が見えなくなるだけで影ができず、眩しくはないけどなんか眩しい気がするという変な感覚を味わった。仕方なくスパイクを入れた箱で日を遮っていると、何かを気にした様子のきずなが目に入った。パッとこちらに向き直ったきずなは「他の皆には伝えてあるけど今日の練習はおしまい」と、事務的に連絡した。やはりきずなはどこかに用があるようで、まだこの場所の地理に疎い俺の付き添いを二人にお願いしている。


快く承諾した二人に連れられ、俺は帰路についた。

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