壕と灯理と晴己
全国大会のクラブチーム枠を勝ち取るための大会まであと5日。
チーム加入後初の練習を通してこのチームの特徴が見えてきた。
このチームは個人の能力は比較的高い者が多いらしいが、チームとしては器用貧乏なチームだ。
メンバー数は11人、
FWは俺と、
MFは、
万能型の
DFは、両翼に
両翼の二人はディフェンスよりもドリブルといった感じで、主な守備は
最後にGKの
チームの誰かが
そんなチームの中で、俺はとにかく走って相手に嫌がらせをする役割を手に入れた。
トラップやパスを技を用いて行える人はあまりいないらしい。
そのため、パスカットやトラップのわずかな瞬間を狙ったディフェンスだけは俺も活躍ができると考えたのだ。
だが、実際にやってみると、俺がボールをカットした瞬間にディフェンス技で奪われたり、いったん俺を技で抜いてからパスしたりが多いため大した活躍はない。
しかし、相手によっては焦ってミスをしたり、技の発動回数が増えざるをえなかったりと、めんどくさい存在になれている。
まだまだ肩を並べるには足りないなと思っていると、ミニゲームで俺との一対一を嫌った
足が速い人であっても追うのを諦める距離に出されたパスに当然のように食らいつく。
惜しくも先にボールに触れたのは
その隙を逃さずにボールを奪う。
前に向き直り、攻めに転じようとする。
しかし、前を向いた視線は
俺からこぼれたボールを慌てて拾った
その気遣いが適しているかは置いておいて、プレーを円滑に進めるためには正しい行動だったろう。
ただ、今回に限っては、その気遣いが仇となった。
弱いパスを想定していた
ちょっとした車にでも弾き飛ばされたのではないかと思うほどに
ズザー、と、ぶつかった球の勢いそのままに滑っていく
沈黙に包まれたフィールドの中、
アクシデントを気にしたメンバーがぞろぞろと集まってくる。
焦り散らかして力の加減が完全にできなくなってしまっている
「
「おうおう、いいシュート打つじゃねぇか、
吹っ飛ばされ方に反して存外何の問題もなさそうな
「ちが…おで、そんなつもりじゃ!でも…おでが…ごめん、ごめん
「あぁあぁ違う違うそうじゃなくて。悪かった、俺の言い方が完全に悪かった。本当に大したことねぇから気にすんな、
「でも…」
「お前も俺も両方悪かったで済む話だ。そんなに気負うんじゃねぇよ。」
両方悪い…?、と腑に落ちていない様子の
「力加減ができなかった
「その通りだけどよぉ、他の奴に言われるとなんかモヤッとするなぁ?」
「それは失礼」
それはそれとして、俺は今回の
あの速度のパスが繋がれば戦術の幅が大きく広がるだろう。
ということで、さっそく練習の合間に提案してみることにした。
「
唐突な提案に目に見えて
唐突だったこと以上に先ほどのアクシデントが響いていそうだ。
焦らせずに
「危ないがら…やめておいたほうがいいど。」
「確かにものすごい威力だったけど、あれは技じゃないんだろう?」
「うん…」
「ならどんと任せてくれ」
先ほどのミスを気にしているだろう
それでも言い淀む
その原因が何か分析している途中で、
「おでは下手だがら…綺麗に
この言葉で
俺は今、気を使われているのだ。
力の加減こそ上手くはないものの、そのコントロールからは不器用とは思えないほどの精密さがあった。
そんな努力の賜物を下手だなんて。
きっと俺が
やはり博打で最後に決めきれなかったのが良くなかったか。
早急に解決すべき問題だと分かっていながら、その困難さに身がもだえる。
…待てよ。
ということは、そこから技無しの俺が技へたどり着くヒントが得られるのではないか?
こうなれば配慮を無下にしてでもパスをしてもらおう。
「
「え?」
「ですが、私の成長のためにどうか寛大なるパスをお出しいただけないでしょうか」
「
「どうか!この通り!」
なにしでるの!?、とためらいなく土下座する俺を見て慌てふためく
なんか
わがった!わがったがら!、と快諾してくれた
合図を出した
新たな可能性との衝突に心を高鳴らせたが、いざボールに触れてみると大したことはなかった。
確かに威力も回転数も桁違いだが、俺であれば十分にトラップできる程度のものであった。
となると一石二鳥では、と思っていたら、俺のスパイクが限界を迎えた。
高速回転するボールに引き込まれるように引き裂かれたスパイク。
想定外の事態に反応することができずボールも吹き飛ぶ。
オーディエンスからも驚きの声があがった。
「
「落ち着け
それでもなおアワアワしている
「近場に専門店があるからそこで買おうか」
「ご迷惑おかけいたします」
気にすることないよ、と本当に気にしてなさそうに
その際、
ある程度人数が減るため、他のメンバーは個人練習となる。
入団試験の時点ではかなり距離を置かれていたはずだが、何かあったのだろうか。
最後までアワアワが止まることのなかった
・・・
久々に入るお店というものに若干緊張しながらも、この世界で俺に適しているスパイクを探してもらう。
途中店員さんが来て様々な様式のスパイクを勧めてくれたが、俺が無能力者であると分かると気まずそうにレジに戻ってしまった。
ピボットブースターだとかカーボンフィットだとかよりも、シンプルで丈夫なスパイクが欲しいだけなのだがなかなか見つからないものだ。
知識がないせいで総当たりでスパイクを履いてみるしかなく、俺一人ではどうしても効率が悪くなる。
そんななか、
「そのスパイクがいい感じなのか?」
「あ!えっと、うん!そう!
動きに補正がかかりまくりで動きを制御できず、店の天井にぼよんぼよんと頭を打ち付ける。
なにこれぇ、という視線を
そんな様子のおかしい
「あんたが技無しでサッカーやってるって人か」
どうやら先ほどの店員さんが情報を共有したらしい。
そうです、と答えると、足見せてもらうぞ、と言われたので大人しく足を見てもらう。
ぼよんぼよん跳ねる俺を捕まえ優しく椅子に座らせると、そのおじさんはまじまじと俺の足を観察し始めた。
少し間をおいて低く唸ったおじさんはおもむろにメジャーを取り出すと足の各寸法を測り始めた。
その後、継ぎ接ぎが目立つ明らかな試作品を試着させられ、店内の芝生スペースで動かされた。
金は?、と聞かれたので、絆を呼ぶ。
そのおじさんは絆と一言二言言葉を交わすと、レジ奥へ行ってしまった。
絆曰く、スパイクを作るから少し待てとのことだった。
特に何が欲しいわけでもなくぶらぶらと店を見て回っていると、テレビでサッカーの試合が流されているのを見つけた。
この試合は過去の試合らしい。
ダイジェスト方式で流されていく激しい技の応酬に自然と目が釘付けになる。
映像以外の全ての情報が入らなくなっていた俺に、
顔合わせの時俺に技を使えるか聞いたヘアバンドの男、
俺の加入に最後まで頭を悩ませていた様子だったが、そんなものはなかったように接してくる。
「良いものが流れているじゃないか」
「この試合知ってるのか?」
「俺がサッカーを始めるきっかけになった試合だよ」
ほう、と面白そうな内容に興味を持つように相槌を打つ。
先ほどの訝しむような気持ちは目の前の興味に飲み込まれてしまった。
続きを促すと、
「この試合はリーグの首位とドべの試合であり、サッカー史に刻まれるほどのジャイアントキリングを成し遂げた試合でもある。ドべのチームは格下なりの戦略でどうにか戦えていた。が、地力の差でじりじりと点差がついていき、しまいには疲労によるアクシデントでレッドカードまで出されてしまった。
点数不利に人数不利、もはや消化試合と化していた戦いの中で一人の男が覚醒した。その男はチームのキャプテンでありながら、技数も少なく、能力値も平凡以下だった。だが、土壇場で覚醒したその男は単独で相手陣地を切り裂き、ゴールを奪い取っていった。その後はご覧の通りだ。」
そう言って
単騎で無双している様子は元の世界での俺となんら違いはないのに、その男の顔にはほとばしる生気がみなぎっていた。
なんでそんな顔ができるのかなど考えるまでもなかった。
その男には勝利を称えあえる仲間がいた。
目の前に写る地獄の底から手を伸ばすほどに求めた情景が、過去から今に至るまでの移ろいをフラッシュバックさせる。
数秒呆然としていたら、内容が試合の映像からインタビュー映像に変わっていた。
『今回、土壇場で起こした覚醒の要因は何だったと思いますか?』
『正確なことは分からないですね。いろんな積み重ねや勝利への執念、それを抱くに至った仲間との絆とかいろいろあるんだと思います。多分、どれだけ言葉を尽くしてもこの衝動を伝えることはできないと思います。ただ、一つアドバイスするとすれば、「人生を賭けろ」ってところですかね。』
浮かれた様子でインタビューに答えていたその男の言葉は、己の人生への誇りで満ちていた。
「これが俺がサッカーを始めたきっかけだ」
俺と同じように映像に見入っていたのか、乾いた眼を潤すように忙しなく瞬きをする
「俺はもともとサッカーどころかスポーツに興味がなかった。生まれ持った勉学の才を用いて安定した生活を過ごすつもりだった。だが、たまたまテレビに映ったこの男の言葉に魅かれてしまった。才の無い男が、バグと言って遜色ないほどの覚醒に至った衝動を感じたいと思った。だから、俺は今ここにいる。」
「そして…」
と、言葉を区切った
「お前と出会った。」
そう告げられ、
「で、実際バグってる人間に出会ってみた感想は?」
そう自虐なのか尊大なのか分からない質問を
すると、いい質問だと言わんばかりに自信満々な笑みを浮かべた。
そして、答える。
「なんっも分からん」
先ほどまでの知性を感じる言動とのギャップに思わず笑いが漏れてしまう。
笑いが一段落したところで
「
「どうした?」
「この前は冷淡な態度をとってしまって申し訳なかった」
謝る機会が欲しくて、買い物についてきていたのか。
「あれは当然の反応だろう。謝るようなもんじゃないよ。」
「そう言ってもらえると助かる。改めて、これからよろしく頼む。」
そう言って差し出された手を握り返す。
男の言う衝動とやらに興味のある
だが、以前とった冷淡な態度が引っかかって言葉をかけることができなかった。
だから、手頃な話題を伝手に謝罪したかったといったところだろうか。
自分に嘘をつけない実直な人間性が伺えた。
「おやおや、知らぬ間に随分と仲良くなったね」
握手している俺たちを見つけた
どうやら新しいスパイクが出来上がったらしい。
構造は一般的なスパイクと相違なく、デザインとして勝ち色に金色のラインが入っている。
問題がないか試着させてもらったところ、サポーターを使用したとき以上に足が体にフィットしている感じがした。
あまりに力の伝わり方がスムーズすぎて何かに違反していないか心配になったが、ただ技術が高いだけだから大丈夫だそうだ。
そんなスパイクの値段は、
それをサラッと払ってしまう
店の外に出ると、夕焼けがまばゆく街を照らしていた。
手で日を遮ろうとするも、夕日が見えなくなるだけで影ができず、眩しくはないけどなんか眩しい気がするという変な感覚を味わった。
仕方なくスパイクを入れた箱で日を遮っていると、何かを気にした様子の
パッとこちらに向き直った
やはり
快く承諾した二人に連れられ、俺は帰路についた。
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