第7話 風と駆と神住
俺は
本当に通って大丈夫なのかと心配になるほどの細い道を抜けていくと、傾いた夕日を後光に大きな影をまとった小高い山が現れた。心臓破りの坂が敷かれた山を見上げていると、カランカランという軽い音と共に茂みの中から誰かが出てきた。
出てきたのは、チクチク頭じゃないほうのチビ、
「何しに来たの~?」
「
「ふ~ん。」
と、言いながらジトッと
「一応、この山僕の家のものなんだけどね~。」
申し訳無さそうに目をそらす2人。それに対して、「ま、今に始まった話じゃないからいいけどね~」と風が言った。俺も合わせて少し申し訳ない顔になっていると、何かを閃いたように風が俺に話しかけてきた。
「ちょっとついてきてよ。」
俺の返事を待たずに林の方へ戻っていく風の背を追いかける。
林の中へ入り込んでいくと、テーマパークのような世界が待ち構えていた。様々な大きさの丸太が、足場として配置されたり、紐から吊るされていたりと、丸太を用いて作れるアスレチックの全てがあるようだった。
「これ
「そうだよ~。」
「何でこんな大掛かりなもの…。」
と聞くと、風がおもむろにボールに風をまとわせ遠くの的へ蹴りこんだ。的までの道のりにある宙吊りの丸太をあらかた揺らした後、綺麗に跳ね返ってきたボールを従え
不安定な丸太の台座を乗りつぎながら、ブランブランと不規則に揺れる丸太や回転するバーなどを、技を用いて効率よく回避していく。なるほど、この丸太たちは技の鍛錬のためのものだったのか。かなり危なそうだが技を磨きあげるならこれぐらいの質が必要なのだろう。
と、考えていたら俺の足元にボールが転がってきた。50mほど先の休憩ポイントらしき場所から、
近場の台座に飛び移ってみると案外しっかりしていて、足をくじく心配は無さそうだと感じた。揺れる丸太を避けるシミュレーションを一瞬で行い、試練に挑む。普段しないような低姿勢でのドリブルやパルクール、時には障害物を壁として利用したりとあふれ出てくるアイデアをフル活用して楽しく駆け上がる。
「やっぱりこのぐらいならできちゃうんだね~。」
そう休憩地点で待っていた
「
と、形式だけの質問を投げかけながら、
「危ないよ〜。」
「そっちは対技を想像して作った場所だから
足元に隠されていた網が足を踏み入れた途端跳ね上がってきて、あっという間に捕まってしまったようだ。
「さながら、
「え?あ、ほんとだ~。偶然~。面白いね~。」
「
「違うよ~。ドリブルのアイデアをひらめくための実験装置だよ~。作ったのはずっと前。」
「ずっと前からこれみたいなのを一人でか。」
「そうだよ~。」
「どれか一つぐらい誰かを参考にしたものとかあるんじゃないのか?」
「一つもないよ~。みんな弱いからね~。」
傲慢というには淡々と周囲の人間を見下した風は、ゆっくりと網の処理を始めた。されるがまま宙吊りにされていると、山の向こうから何かがものすごい勢いで駆け上ってきた。
「スピード馬鹿は今日もうるさいね~。」
そう
「なんでここにいるんだよ!」
忙しない様子の駆は、俺の前にくるとやかましく騒いだ。だが、網に囚われ宙ぶらりんになっている俺を見て拍子抜けしたのか、すぐに静かになった。
「…なんだよ。」
「なんか、普通だなと思って。」
「この状態のどこが普通なんだよ。」
「ボールを持ってないと普通の人だなってこと!」
初めて静かな姿を見たなと思ったらすぐにいつもの調子に戻った。言葉にならない文句を言うように口をとがらせてみる。
「なんだよその顔は。」
「いや、なにも。」
意図が伝わったらめんどくさそうだったのでで話を逸らすことにした。
「ボールを持ってたら俺は普通じゃないのか?」
「どう見ても普通じゃないだろ!技も使ってないのに俺の劣化版みたいな速さで走るし!」
「劣化版でしかないじゃないか。」
「劣化版で済んでるのがおかしいんだろうが!」
フ―、フー、と息を荒げる
「お前は何なんだよ。」
そんなこと言われても答えようがないので、再び口がとがってしまう。そんな俺の様子を見た
場が一段落したので、
夕飯の支度をしていた
・・・
町はずれにある廃校。ここには、夕日が沈むころ、校庭に埋められた屍が巨大な影となって現れるという噂がある。不定期に現れるその影は、激しい音を鳴らしながら廃校にかけられた封印を解こうと暴れまわっているらしい。
「
噂の正体である我がチームの守備頭にして良心、
「…何の用だ。」
練習時に見せる優しいお兄さんのような雰囲気は跡形もなく、邪魔者に対する冷めた視線が向けられる。
「メンバーが集まったことを自慢でもしてみようかと思ってね。」
「ガキか。」
おちゃらけた態度の私に呆れた様子で
「
「前にも言っただろう。俺はこの力無しで戦う。」
「だが、その力が無ければ…。」
「勝てない。」
私の言葉を奪った
「俺が力を使ったとしてもあのチームに勝ちはない。」
「そんなこと…。」
「確かに今週のクラブチームとかいうレベルの低いやつらだけで全国の枠を奪い合う試合には勝てるかもな。けど、全国のレベルには遠く及ばない。ましてや、打倒王者なんざ夢のまた夢だ」
「それは…」
人数が集まったことによって現実味が出てきた挑戦の一番の壁を容赦なく突きつけられる。事実であるがゆえに言葉が詰まる。言葉の出ない私を見て、話を締めるように
「規定の人数を集めきったのは素直に尊敬する。俺個人の目標を達成することもできるようになった。だが、お前の理想は理想でしかない。夢は諦めろ。」
夢を諦めろと言った
「一度現実に耐えかねてサッカーから逃げたやつの目とは思えないな」
私の話である限りもはや何も返す言葉はない。現状のチーム戦力についても全くもってその通りだ。だが、それでもまだ私が夢を見れている理由がある。
「
「…何をだ。」
「
「…あのよく分からないやつか。」
私が感じたように、あの場の全員が熱いものを感じたはずだ。あの場の誰もがあの熱に夢を見たはずだ。私を邪険に扱うような態度をとっていた
「…可哀そうだと思ったよ。」
「え?」
想定していたものとは真逆の答えに虚を突かれる。
「異世界人だか幽霊だか何だか分からないが、仮に俺がそれになったとしても到底たどり着けそうにない執念を持ってた。過程を想像することもできない。狂気の域だ。」
「だから可哀そうだと?」
「違う。それほどまでの存在が縋った先がこのチームなのが可哀そうだと思った。」
「確かに今は弱いかもしれないが、あの熱に触発されて確実に士気は高まってる。将来を含めれば十分に期待はできるだろう。何がそんなにダメなんだ。」
「集団なのに個人の域を出ることがない。一人では目標を達することができないのに、どいつもこいつも相手と深くかかわろうとしない。過去の失敗を引きずってんのか、はなから他人に興味のない馬鹿なのか分からないが、現状に満足してぬるい関係を維持しようとしている。」
「そんなはずは…」
「お前はスカウトする過程である程度相手の内情に踏み込んでいるから同情心が湧いてるのだろうが、はたから見れば相手に要求もしないなれ合い集団だ。
「だが、踏み込みすぎれば傷つけるかもしれない。」
「夢を追うやつは強欲だな。夢だけじゃなく善人であることも求めるのか。」
「夢の一部にそれが含まれているというだけだ。」
「結局強欲じゃないか。いずれ他人の評価まで自分の夢に組み込み始めるんじゃないか?」
「なんでお前はそんなに夢を追う人に否定的なんだ。」
「一度全部失ってみればわかるさ。」
この先は平行線だな、と
家に帰ると母が玄関で仁王立ちして出迎えてくれた。うちは門限とかないはずだが、どうしたのだろう。叱る構えというよりは、何やらランランとしている。
シンプルに「お帰り」と母から言われた後、ある程度身支度を済ませ夕飯を食べに向かう。すると、随分と大きなサイズの肉そぼろ、え?、これがハンバーグ?…そっか……、があった。申し訳なさそうに笑う
覚悟を決めてかじりついたハンバーグは少し苦かった。
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