エピローグ

神住かすみと対話した夜から試合前日の今日にいたるまでチームに変化はなかった。


強いて言うならばごうまことのパス交換の件だろうか。


スパイクを買い替えた翌日もまことごうにパスを出すように頼んでいたが、ごうのパスは一度もまことのもとへ飛んでいかなかった。


明らかに様子のおかしい暴発パスを繰り返した後、苦しそうな様子でまことに、できないど、と謝ったきり2人のパス練習は行われなくなった。


まことまことで、自分の弱さが原因でごうを苦しめた、とより激しく練習に取り組むようになった。


技が出るようになればごうからの信頼も回復すると考えているようだが、果たしてまことは技を習得することができるのだろうか。


まことに関して言えば、更に彼の謎に踏み込むような出来事があった。


それはまことの着ていた服から出てきた。


お母さんが洗濯物を干しているときに、服の胸部付近にチップのような塊を発見した。


まことに尋ねると、そんなものあったな、と本人も忘れていた様子だった。


まこと曰く、個人情報が入ってるはずだから選手登録とかに必要だったら使ってくれ、とのことだった。


もう俺には必要ないから、と言うまことの顔は今まで見たこともないほど感情が消え失せていた。


ハッと我に返った後はいつも通りの様子だったが、ほんの一瞬とはいえとても人間ができるとは思えないほど無機質な目をしていたので呆気に取られてしまった。


気を取り直してそのチップを取り出してみると、その瞬間チップからけたたましい音が鳴り始めた。


止め方も分からなかったので音を鳴らしたまま解析を始めた。


アクセスは特にセキュリティもなく簡単なもので、サイレンのような音もすぐに止めることができた。


だが、まことが言う個人情報というのがとんでもなかった。


心拍などの身体機能全般はもちろん、トレーニングのスコアや寝食の記録まで記載されていた。


こちらに来た日からの情報が一切計測されていないのはやはり異世界に来たからということなのだろうか。


施設で生活していたサッカー選手だとは言っていたが、まさかこれほどまでに厳重な管理がなされていたとは。


しかも、このチップに入っていたアーカイブが正しいのであれば、まことは8歳の頃からこの全てを管理された生活を送ってきていたことになる。


ときおり記載されている補足事項の一つにあった、自傷行為を防止するために個室には布団だけを配置し常に監視すること、という項目には戦慄した。


10年間にわたる一切のプライベートを排したサッカー人生。


彼は一体何なのだろうか。


影が無かったりした時点でお化けの可能性は考慮に入れていた。


だが、この記録から、地獄から運よく逃げ出すことができた異世界人という説が濃厚になってくる。


最初にまことが言っていたこととも一致する。


どこか現実味のない存在だと感じていたが、この過去を経て今ここで生きていると分かると生々しい現実と対極の様相のまことに深く感情移入してしまう。



明日はついに全国大会のクラブチーム枠を賭けたセレクション、ファイナルセレクションが始まる。


なぜかは分からないがクラブチームは部活生と比べ弱い傾向にあるため、我々の実力であれば順当にいけば負けることはないだろう。


友との道も、学業の道も捨てて得た今を終わらせるわけにはいかない。


確実に勝ちに行く。







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