黒狼

朝ごはんにレタスとハムとなんかのソースがかかった旨いサンドイッチを食べながら、この世界のことについて何となく聞いてみた。


この世界は、地理的には俺がいた世界と何の変わりもなく、住んでいる人物が変わっているだけのようだ。

 

そして、百福家があるこの辺は関東地方の中心らしい。


大きな店の名前や有名人の名前などを俺がほとんど知らなかったため、百福一家は俺が本当に異世界から来たんだと納得したようだ。


その辺の情報を知らないのは、小学生の頃から父の管理下で外部の情報を遮断されていたことが原因な気もするが、まあいいだろう。


学校へ出かけるきずなを見送った後、慣れない動きでゆかりさんの家事を手伝い、外へ出かける準備をした。


外に出るとき、ゆかりさんがお弁当と水筒を持たせてくれた。


きずなのお弁当を作るついでに作ってくれたらしい。


元気に感謝を述べ、晴れ渡る空の下ご機嫌にドリブルしながら練習場へ向かった。



・・・



練習場のある森林公園は昨日と違い、人が少なかった。


広大な公園を目一杯使ってドリブルを楽しんでいると、遠くでドカーンドカーンと衝撃音が響いているのが分かった。


音の発生源は練習場のようだ。


こんな平日の昼間から誰がボールを蹴っているのかと見に行くと、そこには剃りこみを入れたモヒカン頭の黒血くろち 勇牙ゆうががいた。


学校はどうしたのだろうか、もう夏休みにでも入ったのだろうか、と疑問を抱えながら声をかけに行く。


勇牙ゆうが!」


まこと!?どうしてここに?」


「練習しに来た。そっちこそなんでここに?」


練習しに来たって…、と的外れな返答に困惑していた勇牙ゆうがだったが、そうか、こいつ異世界から来てんのか、と納得したようだ。


勇牙ゆうがは少し思案した様子を見せた後、俺の質問に答えた。


「俺も練習しに来たんだよ」


「そう。学校は?夏休み?」


「まぁ、そんな感じだ」


そんな感じとはどんな感じだろうと思ったが、それよりも練習がしたかったので、勇牙ゆうがに一緒にやらないか提案することにした。


すると、勇牙ゆうがは申し訳なさそうに頭をポリポリとかきながらこう言った。


「俺じゃぁ、相手にならないんじゃねぇかなぁ」


個人練習がしたいとかではなく、相手にならないと言われ、やはり俺のレベルでは練習相手に相応しくないのかと落ち込む。


その様子を見て、勇牙ゆうがが慌てて言葉を付け足す。


まことが弱いからとかじゃなく、相性の話だよ!相性!」


「相性?」


「そう!まことは対人練習がしてぇんだろう?でも、俺はシュート技しか使えねぇんだよ」


な?だから落ち込むな、と勇牙ゆうががあまりに必死の形相でフォローしてくるものだから、少しほんわかした気分になった。


それにしても、シュート技だけというのは不便ではないのだろうか。


「ドリブル技なしでシュートまでもっていくのは大変じゃないの?」


「普通なら不可能だろうなぁ。お前みたいに超次元のテクニックを持ってても、ディフェンスに止められちまうからなぁ」


「じゃあどうするのさ」


「取られる前に打っちまうのさ」


ちょっと待ってろ、と言うと、勇牙ゆうがは気分よさそうにボールを拾いに行った。


どうしたのだろう、と思っていると、少し離れた場所でボールをセットした勇牙ゆうがが話し始めた。


「仲間のアシストを受けてミドル付近から打つのももちろん良いんだがな」


そう言いながら、ボールをつま先ですくい上げてはるか上空へ飛ばす。


「やっぱり、花形はロングシュートなんだよ」


ボールに続くように勇牙ゆうがも上空へ跳ね上がる。


「遠くから打てば威力も落ちる。下手すりゃディフェンスまで壁になってきやがる。」


頂点へたどり着いた勇牙ゆうがは大きく足を振り上げると、鋭くかかとを振り下ろした。


蹴り落されたボールは、速さによってチリチリと淡く発光しながら壁へ衝突した。


想像よりも大きな衝撃音に、急な落雷にあったときのように驚いた。


着地してこちらへ向かってくる勇牙ゆうがの不満足げな顔から、この威力で失敗であったことが伺える。


「まあ、そいういのをもろもろ吹き飛ばして点を取るのが最高ってことだ」


驚きでシュート前の文言は忘れてしまったが、ロングシュートが最高ということは分かった。


失敗から気持ちを切り替えた勇牙ゆうがが、なにやら嬉しそうにこっちに近寄ってくる。


「今のシュート、昨日のまことのシュートから考えたんだぜ」


失敗したけど、と笑う勇牙ゆうが


だから踵落としだったのか。


昨日きずなに聞いた話では技の発現方法は不明とのことだったが、考えれば生み出せる程度のものなのだろうか。


「そんなほいほい新技って作れるものなの?」


「んな簡単なもんじゃねぇよ。これはゾワッと来たからできたんだ。」


「ゾワッと?」


「そう、ゾワッと。一個目の技の時と同じ感覚だったからよぉ、これだ!!って思ったぜ。」


勇牙ゆうがのあいまいな表現から、技の発現について正確な情報が無い理由が分かった気がした。


ただ、全員が勇牙ゆうがと似た感覚で技を習得するのだとしたら、かなり精神的な要素が関係しているのではないかと感じた。

 

技のことについて考えながら勇牙ゆうがの横で練習をしていると、機嫌が悪そうな学ランを着たヤンキーが入ってきた。


淡々とこちらに歩いてくる男を観察していると、俺の様子に気づいた勇牙ゆうががその男を見て、あいつ…、と呟いた。


「ようようよう!おサボり勇牙ゆうがくんじゃねぇの!」


その男は勇牙ゆうがと目が合うや否や豹変した。


「学校サボって何やってのかと思えば、サッカーかい!?懲りないねぇ。」


「…何しに来たんだよ」


「全校集会だるかったからよぉ、おサボりパトロールでもして風紀向上に貢献しようかと思ってねぇ。」


軽く勇牙ゆうがと言葉を交わすと、これが本題だと言わんばかりにその男の雰囲気が冷たいものになった。


「毎日毎日、頑張ってます、みたいな雰囲気まとって過ごしやがってよぉ。目障りなんだよ。」


「お前には関係ないだろう」


「目障りだって言ってんだろ?大ありだわ。」


一触即発の空気にアワアワする俺を傍目に、学ランのヤンキーはなおも勇牙ゆうがを責め立てる。


「叶うはずもない打倒日本一キーパーを掲げて練習してんだろうけどよぉ、それ何の意味があんだよ?」


「叶わないかどうかなんてわからないだろう」


「去年の大会のこともう忘れたのか?手も足も出ず負けてたじゃねぇかよ。」


「だから練習してんだろう」


「お前より才能のあるはなぶさ様は、きっとお前以上に練習してるぜ?勝てるわけないだろう。」


「やってみなきゃ分かんないだろうが」


「強情だねぇ。もっと合理的にいこうぜ。意味のない努力に人生費やすよりも、趣味として楽しむほうが有意義だぜ?」


「お前だけで勝手にやってろよ」


「だぁかぁらぁ、お前が目障りでそれができないって話だろうがよぉ!なんで分からねぇかなぁ!」


この二人だけであれば、この論争は決して終わらないだろう。


どちらとも、あなたの言う通りです、とは到底言いそうにない。


でも、第三者の俺なら終わらせられる。


当事者でない俺だから言えることがある。


状況の悪化を恐れず、勇気を振り絞って大きな声で呼びかける。



「一緒にサッカーやりませんか!!!」



は?、とぽかんとした顔でこちらを振り向いた学ランの横で、勇牙ゆうがも、何言っているんだ、という顔をしている。


ぽかんとした間の抜けた顔は、ほんの一瞬で人を小ばかにするような半笑い顔へ変わった。


「何、お前?誰?」


勇牙ゆうがのチームメイト」


「チームメイト!そりゃ素晴らしい!で?俺もチームに入りませんかってか?」


「それは嫌」


「こっちも嫌だわ。まさか、ここで仲良しこよし球遊びしましょうってわけじゃねぇよな?」


「そういうこと」


「ハッ!やるわけねぇだろうが!」


「でも、合理的に考えたらそれが最善策だと思う」


「何?」


「努力する勇牙ゆうがが目障りなのは、あんたにも未練があるからじゃないのか?」


「何を言い出すかと思えば。そんなわけねぇだろ」


「合理的な判断だと自分を納得させて、逃げてるだけなんじゃないのか」


「うるせぇなぁ。なんなんだてめぇは」


「奥底にある感情を無視して、合理性もくそもないだろう」


「うるせぇつってんだろ!!」


図星を突かれたのか、声を荒げた学ランヤンキーは鋭い目つきでこちらを睨んでくる。


図星であるなら、当初の目的を遂行しよう。

 

「構えろ」


ボールを足裏に置き、ヤンキーへディフェンスを促す。


「何がしてぇんだよ、てめぇは」


「自己紹介がまだだったと思って」


「んなもん、口で言えばいいだろうが」


「こっちのほうが簡潔で正確、合理的だ。ただの趣味だからさ、付き合ってくれよ。有意義なんだろう?」


ヤンキーの言葉を嫌味のように付け足し、煽るようにディフェンスを促す。


挑発的な俺の言動にイラついた様子のヤンキーは、腰を落とし、お手本通りの守備の構えをとった。


絶対にねじ伏せてやるという本気の意思が伝わってくる。


俺はそのヤンキーに対して、ただ真っすぐ突っ込んだ。


技の発生を待ち構えていたであろうヤンキーは、シンプルに突っ込んでくる俺に虚を突かれ反応が遅れた。


どうにかヤンキーが足を出した時には、俺は既に彼の後方にいた。


見たこともないものを見るような目で見てくるヤンキーに、誇るように告げる。


「俺は日元ひもと まこと。無能力のストライカーだ!」


呆気に取られていたヤンキーは、俺の名乗りを聞くと、ハッ、と笑い飛ばした。


「夢見る馬鹿は、夢見る馬鹿とつるむのかねぇ」


そう悪口を言う顔はどこか朗らかだった。


吹っ切れたように明るく意地の悪い顔で、ボールをよこせ、と言ってきたので転がして渡す。

 

「構えろ」


先ほどの俺を真似てそう言うヤンキーをドンと待ち構える。


ヤンキーがボールを踏みつけると、ボールは激しく回転しながら変形し、どこからともなく現れたバイクのタイヤになってしまった。


激しい排気音と共に真正面から突っ込んでくるバイクの前輪を蹴り上げたが、力及ばず弾き飛ばされてしまった。


華麗にドリフトを決めて停止したバイクからヤンキーがしたり顔でこちらを見てくる。


白狼はくろう 義一ぎいち。てめぇらの夢を否定する男だ。」


義一と名乗ったヤンキーは、バイクをボールに戻すとこちらに投げてよこした。


「お前ら、今週末の大会には出るよな」


唐突にそう聞いてきた義一ぎいちに、出る、と答える。


そうか、とだけ言い残して、義一ぎいちは立ち去った。


その面持ちは良く言えばやる気に火が付いた顔、悪く言えば何かと決別する覚悟を決めた顔に見えた。



・・・



嵐のような来訪者が去り、ちょうどお昼ごろでもあったため、俺と勇牙ゆうがは昼食をとることにした。


今朝食べたサンドイッチをむさぼりながら、勇牙ゆうが義一ぎいちのことについて聞いてみた。


「俺の元チームメイトで、キャプテンやってたやつなんだ。俺と違って万能な選手で、チームからの信頼も厚かった。でも、地区予選で英熱えいねつ高校に負けてから真面目に練習しなくなっちまって、あいつとも、部ともそれっきりだ。」


大きなおにぎりを一生懸命頬張りながら勇牙ゆうがが話す。


他にも、晴己はるきが、同じ高校の後輩であることなどを聞いた。


部活はやったことはないが、サッカーの時間だけでなく、学校生活でもメンバーと関わりを持てるのは楽しそうだなと聞いていて思った。


「そういや、昨日はバタバタしてて気づかなかったけどよぉ」


俺の足元を見ながら勇牙ゆうがが驚きの事実を告げる。


まこと、影無くねぇか?」


「え?」


足元を確認すると、本当に俺の体の影だけが無かった。


なんだか気味が悪い。


「その様子を見ると、元からってわけではねぇんだな」


「あっちではあったんだ。こんなの、お化けみたいで気味が悪い。」


そういうと、勇牙ゆうがが愉快そうに茶化してくる。


「お化けなんじゃねぇの」


「やめろよ。縁起でもない。」


その後は軽い雑談を楽しんで、再び個人練習に取り込んだ。 



・・・ 



その日の練習は、俺の影が無いと聞いてわらわらとメンバーが様子を見に来るところから始まった。


不可思議な存在が提供する不可思議なものをある程度堪能した彼らは、ぬるっと練習を開始した。


大会が近いという割には緩い空気だった。


今日で学校が終わりの人が多いからそれのせいだろうか。


と、そんなことを考えていると昨日と同じようにチクチク頭のちび、かけるに吹き飛ばされた。


こいつは何なんだ。


吹き飛ばすわりに不満げな顔をしているし。


一体何が気に入らないのだろうか。


思い当たるのは、俺の実力の低さだけだった。


昨日は初見殺しで乗り切ったが、その後は一切良いところがない。


弾んでいた心を落ち着かせ、今日の練習の目標を定める。


理想の実現だとかの前にこのチームでの明確な役割を持たなければ。


都合よく練習メニューも実戦形式のもののようだ。


ならば、目標の達成と並行してチームメンバーのことも調べられそうだ。


せっかく落ち着かせた心がまたニヤニヤしてきたところで練習に向かう。

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