第5話 勇牙と義一

 朝ごはんにレタスとハムとなんかのソースがかかった旨いサンドイッチを食べながら、この世界のことについて何となく聞いてみた。この世界は、地理的には俺がいた世界と何の変わりもなく、住んでいる人物が変わっているだけのようだ。そして、百福家があるこの辺は関東地方の中心らしい。

 

 大きな店の名前や有名人の名前など世界の常識といえそうなことを俺がほとんど知らなかったため、百福一家は俺が本当に異世界から来たんだと納得したようだ。その辺の情報を知らないのは、小学生の頃から父の管理下で外部の情報を遮断されていたことが原因な気もするが、まあいいだろう。

 

 学校へ出かけるきずなを見送った後、慣れない動きでゆかりさんの家事を手伝い、外へ出かける準備をした。外に出るとき、ゆかりさんがお弁当と水筒を持たせてくれた。きずなのお弁当を作るついでに作ってくれたらしい。あったかい気持ちのままに感謝を述べ、晴れ渡る空の下ご機嫌にドリブルしながら練習場へ向かった。



・・・



 練習場のある森林公園は昨日と違い、人が少なかった。広大な公園を目一杯使ってドリブルを楽しんでいると、遠くでドカーンドカーンと衝撃音が響いているのが分かった。音の発生源は練習場のようだ。こんな平日の昼間から誰がボールを蹴っているのかと見に行くと、そこには剃りこみを入れたモヒカン頭の黒血くろち 勇牙ゆうががいた。学校はどうしたのだろうか、もう夏休みにでも入ったのだろうか、と疑問を抱えながら声をかけに行く。


勇牙ゆうが!」


まこと!?どうしてここに?」


「練習しに来た。そっちこそなんでここに?」


 「練習しに来たって…」と、的外れな返答に困惑していた勇牙ゆうがだったが、「そうか、こいつ異世界から来てんのか」と、納得したようだ。勇牙ゆうがは少し思案した様子を見せた後、俺の質問に答えた。


「俺も練習しに来たんだよ。」


「そう。学校は?夏休み?」


「まぁ、そんな感じだ。」


 そんな感じとはどんな感じだろうと思ったが、それよりも練習がしたかったので、勇牙ゆうがに一緒にやらないか提案することにした。すると、勇牙ゆうがは申し訳なさそうに頭をポリポリとかきながらこう言った。


「俺じゃぁ、相手にならないんじゃねぇかなぁ。」


 個人練習がしたいとかではなく、相手にならないと言われ、やはり俺のレベルでは練習相手に相応しくないのかと落ち込む。その様子を見て、勇牙ゆうがが慌てて言葉を付け足す。


まことが弱いからとかじゃなく、相性の話だよ!相性!」


「相性?」


「そう!まことは対人練習がしてぇんだろう?でも、俺はシュート技しか使えねぇんだよ。」


 「な?だから落ち込むな」と、勇牙ゆうががあまりに必死の形相でフォローしてくるものだから、安心を通り越して面白くなってしまった。それにしても、シュート技だけというのは不便ではないのだろうか。


「ドリブル技なしでシュートまでもっていくのは大変じゃないの?」


「普通なら不可能だろうなぁ。お前みたいに超次元のテクニックを持ってても、ディフェンスに止められちまうからなぁ」


「じゃあどうするのさ。」


「止められる前に打っちまうのさ。」


 勇牙ゆうがは、「ちょっと待ってろ」と言うと、気分よさそうにボールを拾いに行った。局所的に黒く煤けたコンクリの壁の根本にあるボールを拾ってきた勇牙ゆうがは、ボールを足に馴染ませながら話し始めた。


「仲間のアシストを受けて打つのももちろん良いんだがな。」


 そう言いながら、ボールをつま先ですくい上げてはるか上空へ飛ばす。


「やっぱり、花形はロングシュートなんだよ。」


 ボールに続くように勇牙ゆうがも上空へ跳ね上がる。


「遠くから打てば威力も落ちる。下手すりゃディフェンスまで壁になってきやがる。」


 頂点へたどり着いた勇牙ゆうがは大きく足を振り上げると、鋭くかかとを振り下ろした。蹴り落とされたボールは、空気の壁を突き破らんとチリチリと淡く発光しながら壁へ衝突した。目で読み取れるエネルギー量からは想像もできないほどの大きな衝撃音に、急な落雷にあったときのように体が跳ね上がった。着地してこちらへ向かってくる勇牙ゆうがの不満足げな顔から、この威力で失敗であったことが伺える。


「まあ、そいういのをもろもろ吹き飛ばして点を取るのが最高ってことだ。」


 驚きでシュート前の文言は忘れてしまったが、ロングシュートが最高ということは分かった。失敗から気持ちを切り替えた勇牙ゆうがが、なにやら嬉しそうにこっちに近寄ってくる。


「今のシュート、昨日のまことのシュートから考えたんだぜ。」


 「失敗したけど」と、勇牙ゆうがが笑いながら言う。踵落としという点しか共通点が無いような気もするが、技ってそんなもんで作り出せるものなのか?昨日きずなに聞いた話では技の発現方法は不明とのことだったが、考えれば生み出せる程度のものなのだろうか。


「そんなほいほい新技って作れるものなのか?」


「んな簡単なもんじゃねぇよ。これはゾワッと来たからできたんだ。」


「ゾワッと?」


「そう、ゾワッと。一個目の技の時と同じ感覚だったからよぉ、これだ!!って思ったぜ。」


 勇牙ゆうがのあいまいな表現から、技の発現について正確な情報が無い理由が分かった気がした。ただ、全員が勇牙ゆうがと似た感覚で技を習得するのだとしたら、かなり精神的な要素が関係しているのではないかと感じた。

 

 技のことについて考えながら勇牙ゆうがの横で練習をしていると、機嫌が悪そうな学ランを着たヤンキーが入ってきた。淡々とこちらに歩いてくる男を観察していると、俺の様子に気づいた勇牙ゆうががその男を見て「あいつ…」と、呟いた。


「ようようよう!おサボり勇牙ゆうがくんじゃねぇの!」


 その男は勇牙ゆうがと目が合うや否や豹変した。


「学校サボって何やってのかと思えば、サッカーかい!?懲りないねぇ。」


「…何しに来たんだよ。」


「全校集会だるかったからよぉ、おサボりパトロールでもして風紀向上に貢献しようかと思ってねぇ。」


 軽く勇牙ゆうがと言葉を交わすと、これが本題だと言わんばかりにその男の雰囲気が冷たいものになった。


「毎日毎日、頑張ってます、みたいな雰囲気まとって過ごしやがってよぉ。目障りなんだよ。」


「お前には関係ないだろ。」


「目障りだって言ってんだろ?大ありだわ。」


 一触即発の空気にアワアワする俺を傍目に、学ランのヤンキーはなおも勇牙ゆうがを責め立てる。


「叶うはずもない打倒日本一キーパーを掲げて練習してんだろうけどよぉ、それ何の意味があんだよ?」


「今のお前に言ったって理解できねぇよ。」


「こっちだって理解したくもないね。去年の大会のこともう忘れたのか?手も足も出ず負けてたじゃねぇかよ。」


「だから練習してんだろう。」


「お前より才能のあるはなぶさ様は、きっとお前以上に練習してるぜ?勝てるわけないだろう。」


「やってみなきゃ分かんないだろうが。」


「強情だねぇ。もっと合理的にいこうぜ。意味のない努力に人生費やすよりも、趣味として楽しむほうが有意義だぜ?」


「お前だけで勝手にやってろよ。」


「だぁかぁらぁ、お前が目障りでそれができないって話だろうがよお!!ちったぁ頭使ってしゃべれよ!!!」


 淡々と相手を口論で負かそうとする様子だった男は、我慢の限界と言わんばかりに声を荒げた。目障りだからサッカーを辞めてくれだなんて理不尽な要求だ。でも、そんな理不尽な要求の芯に、確固たる信念があるように感じられるほど自信に満ちた語り口調だった。それ故に、オロオロしてた気持ちがスッと落ち着いた。

 この二人だけであれば、この論争は決して終わらないだろう。どちらとも、あなたの言う通りです、とは到底言いそうにない。でも、第三者の俺なら終わらせられる。当事者でない俺だから言えることがある。


 状況の悪化を恐れず、勇気を振り絞って大きな声で呼びかける。



「一緒にサッカーやりませんか!!!」



 「は?」と、ぽかんとした顔でこちらを振り向いた男の横で、勇牙ゆうがも同じ顔をしている。一瞬呆気に取られていた様子の男だったが、俺のことを勇牙ゆうがをかばうような人間であり、なおかつ一緒にサッカーをしていたと思われる存在だと認識した瞬間、人を小ばかにするような半笑い顔で近寄ってきた。


「何、お前?誰?」


勇牙ゆうがのチームメイト。」


「チームメイト!そりゃ素晴らしい!で?俺もチームに入りませんかってか?」


「それは嫌。」


「こっちも嫌だわ。まさか、ここで仲良しこよし球遊びしましょうってわけじゃねぇよな?」


「そういうこと。」


「ハッ!やるわけねぇだろうが!」


「でも、合理的に考えたらそれが最善策だと思う。」


「は?」


「努力する勇牙ゆうがが目障りなのは、あんたにも未練があるからじゃないのか?」


「何を言い出すかと思えば。そんなわけねぇだろ。」


「合理的な判断だと自分を納得させて、逃げてるだけなんじゃないのか。」


「うるせぇなぁ。なんなんだてめぇは。」


「奥底にある感情を無視して、合理性もくそもないだろう。」


「うるせぇつってんだろ!!」


 図星を突かれたのか、声を荒げた学ランヤンキーは鋭い目つきでこちらを睨んでくる。図星であるなら、当初の目的を遂行しよう。

 

「構えろ。」


 ボールを足裏に置き、ヤンキーへディフェンスを促す。


「何がしてぇんだよ、てめぇは。」


「自己紹介がまだだったと思って。」


「んなもん、口で言えばいいだろうが。」


「こっちのほうが簡潔で正確、合理的だ。ただの趣味だからさ、付き合ってくれよ。有意義なんだろう?」


 ヤンキーの言葉を嫌味のように付け足し、煽るようにディフェンスを促す。挑発的な俺の言動にイラついた様子のヤンキーは、腰を落とし、お手本通りの守備の構えをとった。その眼光からは、絶対にねじ伏せてやるという本気の意思が伝わってくる。俺はそのヤンキーに対して、ただ真っすぐ突っ込んだ。技の発生を待ち構えていたであろうヤンキーは、シンプルに突っ込んでくる俺に虚を突かれ反応が遅れた。どうにかヤンキーが足を出した時には、俺は既に彼の後方にいた。


 見たこともないものを見るような目で見てくるヤンキーに、誇るように告げる。


「俺は日元ひもと まこと。無能力で日本一になる男だ!」


 呆気に取られていたヤンキーは、俺の名乗りを聞くと、「ハッ」と、笑い飛ばした。


「どいつもこいつも夢ばっか見やがって。」


 そう悪口を言う顔は呆れ半分、哀愁半分といった様子だった。吹っ切れたように明るく意地の悪い顔で「ボールをよこせ」と、言ってきたので転がして渡す。

 

「構えろ。」


 先ほどの俺を真似てそう言うヤンキーをドンと待ち構える。ヤンキーがボールを踏みつけると、ボールは激しく回転しながら変形し、どこからともなく現れたバイクのタイヤになってしまった。激しい排気音と共に真正面から突っ込んでくるバイクの前輪を蹴り上げたが、力及ばず弾き飛ばされてしまった。華麗にドリフトを決めて停止したバイクからヤンキーがしたり顔でこちらを見てくる。


白狼はくろう 義一ぎいち。てめぇらの夢を否定する男だ。」


 義一ぎいちと名乗ったヤンキーは、バイクをボールに戻すとこちらに投げてよこした。


「今週の大会てめぇら出るよな。」


「出るぞ。」

「何で知ってんだよ。」

 

「俺がどんだけ言ってもてめぇら馬鹿どもが止まることなんざねぇって理解したからよぉ、真っ向からその夢否定してやろうと思ってなぁ。」


 義一ぎいちのその言葉に、勇牙ゆうがが驚いた様子で目を見開く。その勇牙ゆうがにどんどんと近づいていく義一ぎいちは、至近距離でメンチを切りながら勇牙ゆうがに告げた。


「俺とお前どっちが正しいか決着つけるとしようぜ。凡人が天才に挑むことの無意味さを思い知らせてやるよ。」


「上等だよ。そのねじ曲がっちまった根性叩き直してやんよ。」


 最初と比べれば爽やかさすら感じるほどの因縁をつけた義一ぎいちは、やりたいことをやり切った様子で場を去って行った。



・・・



 嵐のような来訪者が去り、ちょうどお昼ごろでもあったため、俺と勇牙ゆうがは昼食をとることにした。今朝食べたサンドイッチをむさぼりながら、勇牙ゆうが義一ぎいちのことについて聞いてみた。


「俺の元チームメイトで、キャプテンやってたやつなんだ。俺と違って万能な選手で、チームからの信頼も厚かった。でも、地区予選で英熱えいねつ高校に負けてから真面目に練習しなくなっちまって、あいつとも、部ともそれっきりだ。」


 大きなおにぎりを一生懸命頬張りながら勇牙ゆうがが話す。他にも、晴己はるきが、同じ高校の後輩であることなどを聞いた。義一ぎいち晴己はるきと一緒に楽しく部活をやっていた頃の話を聞いて、もし道を間違えなかったら俺にもこんな日常があったのだろうかと意識が妄想に吸い込まれる。


「そういや、昨日はバタバタしてて気づかなかったけどよぉ。」


 勇牙ゆうがの声で意識を引き戻した俺は不可思議な事実を告げられる。


まこと、影無くねぇか?」


「え?」


 足元を確認すると、本当に俺の体の影だけが無かった。なんだか気味が悪い。


「その様子を見ると、元からってわけではねぇんだな。」


「あっちではあったんだ。こんなの、お化けみたいで気味が悪い。」


 そう言うと、勇牙ゆうがが愉快そうに茶化してくる。


「お化けなんじゃねぇの?」


「やめろよ。縁起でもない。」


 その後は軽い雑談を楽しんで、再び個人練習に取り込んだ。 



・・・ 



 その日の練習は、俺の影が無いと聞いてわらわらとメンバーが様子を見に来るところから始まった。不可思議な存在が提供する不可思議なものをある程度堪能した彼らは、ぬるっと練習を開始した。大会が近いという割には緩い空気だった。今日で学校が終わりの人が多いからそれのせいだろうか。と、そんなことを考えていると昨日と同じようにチクチク頭のちび、かけるに吹き飛ばされた。こいつは何なんだ。吹き飛ばすわりに不満げな顔をしているし。一体何が気に入らないのだろうか。思い当たるのは、俺の実力の低さだけだった。能力の無いやつと一緒の場所にいるのが嫌なのだろうか。そう思われていても仕方がない。昨日は初見殺しで乗り切ったが、その後は一切良いところがない。弾んでいた心を落ち着かせ、今日の練習の目標を定める。


 理想の実現だとかの前にこのチームでの明確な役割を持たなければ。都合よく練習メニューも実戦形式のもののようだ。ならば、目標の達成と並行してチームメンバーのことも調べられそうだ。せっかく落ち着かせた心がまたニヤニヤしてきたところで練習に向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る