第5話 勇牙と義一
朝ごはんにレタスとハムとなんかのソースがかかった旨いサンドイッチを食べながら、この世界のことについて何となく聞いてみた。この世界は、地理的には俺がいた世界と何の変わりもなく、住んでいる人物が変わっているだけのようだ。そして、百福家があるこの辺は関東地方の中心らしい。
大きな店の名前や有名人の名前など世界の常識といえそうなことを俺がほとんど知らなかったため、百福一家は俺が本当に異世界から来たんだと納得したようだ。その辺の情報を知らないのは、小学生の頃から父の管理下で外部の情報を遮断されていたことが原因な気もするが、まあいいだろう。
学校へ出かける
・・・
練習場のある森林公園は昨日と違い、人が少なかった。広大な公園を目一杯使ってドリブルを楽しんでいると、遠くでドカーンドカーンと衝撃音が響いているのが分かった。音の発生源は練習場のようだ。こんな平日の昼間から誰がボールを蹴っているのかと見に行くと、そこには剃りこみを入れたモヒカン頭の
「
「
「練習しに来た。そっちこそなんでここに?」
「練習しに来たって…」と、的外れな返答に困惑していた
「俺も練習しに来たんだよ。」
「そう。学校は?夏休み?」
「まぁ、そんな感じだ。」
そんな感じとはどんな感じだろうと思ったが、それよりも練習がしたかったので、
「俺じゃぁ、相手にならないんじゃねぇかなぁ。」
個人練習がしたいとかではなく、相手にならないと言われ、やはり俺のレベルでは練習相手に相応しくないのかと落ち込む。その様子を見て、
「
「相性?」
「そう!
「な?だから落ち込むな」と、
「ドリブル技なしでシュートまでもっていくのは大変じゃないの?」
「普通なら不可能だろうなぁ。お前みたいに超次元のテクニックを持ってても、ディフェンスに止められちまうからなぁ」
「じゃあどうするのさ。」
「止められる前に打っちまうのさ。」
「仲間のアシストを受けて打つのももちろん良いんだがな。」
そう言いながら、ボールをつま先ですくい上げてはるか上空へ飛ばす。
「やっぱり、花形はロングシュートなんだよ。」
ボールに続くように
「遠くから打てば威力も落ちる。下手すりゃディフェンスまで壁になってきやがる。」
頂点へたどり着いた
「まあ、そいういのをもろもろ吹き飛ばして点を取るのが最高ってことだ。」
驚きでシュート前の文言は忘れてしまったが、ロングシュートが最高ということは分かった。失敗から気持ちを切り替えた
「今のシュート、昨日の
「失敗したけど」と、
「そんなほいほい新技って作れるものなのか?」
「んな簡単なもんじゃねぇよ。これはゾワッと来たからできたんだ。」
「ゾワッと?」
「そう、ゾワッと。一個目の技の時と同じ感覚だったからよぉ、これだ!!って思ったぜ。」
技のことについて考えながら
「ようようよう!おサボり
その男は
「学校サボって何やってのかと思えば、サッカーかい!?懲りないねぇ。」
「…何しに来たんだよ。」
「全校集会だるかったからよぉ、おサボりパトロールでもして風紀向上に貢献しようかと思ってねぇ。」
軽く
「毎日毎日、頑張ってます、みたいな雰囲気まとって過ごしやがってよぉ。目障りなんだよ。」
「お前には関係ないだろ。」
「目障りだって言ってんだろ?大ありだわ。」
一触即発の空気にアワアワする俺を傍目に、学ランのヤンキーはなおも
「叶うはずもない打倒日本一キーパーを掲げて練習してんだろうけどよぉ、それ何の意味があんだよ?」
「今のお前に言ったって理解できねぇよ。」
「こっちだって理解したくもないね。去年の大会のこともう忘れたのか?手も足も出ず負けてたじゃねぇかよ。」
「だから練習してんだろう。」
「お前より才能のある
「やってみなきゃ分かんないだろうが。」
「強情だねぇ。もっと合理的にいこうぜ。意味のない努力に人生費やすよりも、趣味として楽しむほうが有意義だぜ?」
「お前だけで勝手にやってろよ。」
「だぁかぁらぁ、お前が目障りでそれができないって話だろうがよお!!ちったぁ頭使ってしゃべれよ!!!」
淡々と相手を口論で負かそうとする様子だった男は、我慢の限界と言わんばかりに声を荒げた。目障りだからサッカーを辞めてくれだなんて理不尽な要求だ。でも、そんな理不尽な要求の芯に、確固たる信念があるように感じられるほど自信に満ちた語り口調だった。それ故に、オロオロしてた気持ちがスッと落ち着いた。
この二人だけであれば、この論争は決して終わらないだろう。どちらとも、あなたの言う通りです、とは到底言いそうにない。でも、第三者の俺なら終わらせられる。当事者でない俺だから言えることがある。
状況の悪化を恐れず、勇気を振り絞って大きな声で呼びかける。
「一緒にサッカーやりませんか!!!」
「は?」と、ぽかんとした顔でこちらを振り向いた男の横で、
「何、お前?誰?」
「
「チームメイト!そりゃ素晴らしい!で?俺もチームに入りませんかってか?」
「それは嫌。」
「こっちも嫌だわ。まさか、ここで仲良しこよし球遊びしましょうってわけじゃねぇよな?」
「そういうこと。」
「ハッ!やるわけねぇだろうが!」
「でも、合理的に考えたらそれが最善策だと思う。」
「は?」
「努力する
「何を言い出すかと思えば。そんなわけねぇだろ。」
「合理的な判断だと自分を納得させて、逃げてるだけなんじゃないのか。」
「うるせぇなぁ。なんなんだてめぇは。」
「奥底にある感情を無視して、合理性もくそもないだろう。」
「うるせぇつってんだろ!!」
図星を突かれたのか、声を荒げた学ランヤンキーは鋭い目つきでこちらを睨んでくる。図星であるなら、当初の目的を遂行しよう。
「構えろ。」
ボールを足裏に置き、ヤンキーへディフェンスを促す。
「何がしてぇんだよ、てめぇは。」
「自己紹介がまだだったと思って。」
「んなもん、口で言えばいいだろうが。」
「こっちのほうが簡潔で正確、合理的だ。ただの趣味だからさ、付き合ってくれよ。有意義なんだろう?」
ヤンキーの言葉を嫌味のように付け足し、煽るようにディフェンスを促す。挑発的な俺の言動にイラついた様子のヤンキーは、腰を落とし、お手本通りの守備の構えをとった。その眼光からは、絶対にねじ伏せてやるという本気の意思が伝わってくる。俺はそのヤンキーに対して、ただ真っすぐ突っ込んだ。技の発生を待ち構えていたであろうヤンキーは、シンプルに突っ込んでくる俺に虚を突かれ反応が遅れた。どうにかヤンキーが足を出した時には、俺は既に彼の後方にいた。
見たこともないものを見るような目で見てくるヤンキーに、誇るように告げる。
「俺は
呆気に取られていたヤンキーは、俺の名乗りを聞くと、「ハッ」と、笑い飛ばした。
「どいつもこいつも夢ばっか見やがって。」
そう悪口を言う顔は呆れ半分、哀愁半分といった様子だった。吹っ切れたように明るく意地の悪い顔で「ボールをよこせ」と、言ってきたので転がして渡す。
「構えろ。」
先ほどの俺を真似てそう言うヤンキーをドンと待ち構える。ヤンキーがボールを踏みつけると、ボールは激しく回転しながら変形し、どこからともなく現れたバイクのタイヤになってしまった。激しい排気音と共に真正面から突っ込んでくるバイクの前輪を蹴り上げたが、力及ばず弾き飛ばされてしまった。華麗にドリフトを決めて停止したバイクからヤンキーがしたり顔でこちらを見てくる。
「
「今週の大会てめぇら出るよな。」
「出るぞ。」
「何で知ってんだよ。」
「俺がどんだけ言ってもてめぇら馬鹿どもが止まることなんざねぇって理解したからよぉ、真っ向からその夢否定してやろうと思ってなぁ。」
「俺とお前どっちが正しいか決着つけるとしようぜ。凡人が天才に挑むことの無意味さを思い知らせてやるよ。」
「上等だよ。そのねじ曲がっちまった根性叩き直してやんよ。」
最初と比べれば爽やかさすら感じるほどの因縁をつけた
・・・
嵐のような来訪者が去り、ちょうどお昼ごろでもあったため、俺と
「俺の元チームメイトで、キャプテンやってたやつなんだ。俺と違って万能な選手で、チームからの信頼も厚かった。でも、地区予選で
大きなおにぎりを一生懸命頬張りながら
「そういや、昨日はバタバタしてて気づかなかったけどよぉ。」
「
「え?」
足元を確認すると、本当に俺の体の影だけが無かった。なんだか気味が悪い。
「その様子を見ると、元からってわけではねぇんだな。」
「あっちではあったんだ。こんなの、お化けみたいで気味が悪い。」
そう言うと、
「お化けなんじゃねぇの?」
「やめろよ。縁起でもない。」
その後は軽い雑談を楽しんで、再び個人練習に取り込んだ。
・・・
その日の練習は、俺の影が無いと聞いてわらわらとメンバーが様子を見に来るところから始まった。不可思議な存在が提供する不可思議なものをある程度堪能した彼らは、ぬるっと練習を開始した。大会が近いという割には緩い空気だった。今日で学校が終わりの人が多いからそれのせいだろうか。と、そんなことを考えていると昨日と同じようにチクチク頭のちび、
理想の実現だとかの前にこのチームでの明確な役割を持たなければ。都合よく練習メニューも実戦形式のもののようだ。ならば、目標の達成と並行してチームメンバーのことも調べられそうだ。せっかく落ち着かせた心がまたニヤニヤしてきたところで練習に向かう。
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