第4話 絆と天魔と英

「ところで、君ほどの人間がなぜ無名なんだい?」


「そりゃ俺が異世界から来たからだろうな」


 こんな素っ頓狂な返答から俺に関する調査が始まった。来た場所から詳細な能力、好きな食べ物まで、様々なことを調べられた。元の世界のことについては、サッカー選手として施設で生活していたからあまり詳しくないと言って終わらせた。

 調査の結果分かったことで重要なことは二つだ。一つは、万全の状態で出された相手の技に勝つことは不可能だということ。先ほどの試験で壊せたきずなの技は広範囲に広がり薄くなっていたらしい。そう簡単にメンバーと肩を並べて戦うことはできないようだ。

 二つ目は、元の世界に戻れなくなったこと。母親の写真が変化していたように、こちらの世界でも何かの写真が変化していたのだろう。ずかずかと調査に行ったメンバーたちの言う通り、そこには自室の写真ではなく三人の子どもの写真が立てかけられていた。そんなこんなで結局異世界出身なのかどうかは定かにならないまま調査が終わった。

 その後は、無限にあしらわれ続けながらも楽しく練習に取り組んだ。もう少し練習していたかったが、きずなが必要書類を提出しに行くために早めに練習を切り上げたので、きずなの家にしばらく滞在させてもらうことになった俺もそれに続いて練習を切り上げた。



・・・



 フィールドを後にした俺は、きずなと共に百福ひゃくふく家へ向かっていた。帰る場所のない俺を泊めてくれるらしいが、戸籍が存在しないどころじゃない不審人物の俺をきずなの両親が受け入れてくれる不安になる。その様子を察してか「大丈夫だよ」と言うきずなの声は、彼の両親への信頼に満ちていた。一瞬、元の世界の懐かしい記憶が湧き上がってきて、心がざわついた。

 その後も雑談をしながら徐々に人通りが少なくなっていく道を歩く。


「ここの人たちは技をどうやって出してるんだ?」


「技の発現のトリガーが何かは分かっていないんだ。ただ、技そのものにはその人間の生き様が投影される傾向があるということは知られているよ。」


「随分ド派手な生き方してるんだな?」


「生き様そのものが映像のように映し出されるというよりは、その様子を比喩的に表現しているといった感じかな。」


「なるほど。俺も使えるようになるかな?」


「どうだろうね。使えるのであれば既に発現していてもおかしくないとは思うけど」


 一緒に肩を並べて戦えるような存在になるには技が必要不可欠だと思い尋ねてみたが、やはりそう簡単にはいかないようだ。その後は、家での注意事項や、ランニングルートの相談、この世界のスパイクのことなどをワイワイ話していると、不意にきずなが足を止めた。

 先ほどきずなが、そこの角を曲がった先にある、と言っていた百福ひゃくふく家の門前には、二人の青年が立っていた。片方は一本結びで髪を纏めており、もう片方はサッパリした格好の大人しそうな男だった。どちらも、過酷なトレーニングを乗り越えてきたであろう立派な体格をしている。

 「リク…、テン…?」と、隣できずながつぶやく。その二人はこちらを振り向くと、必死で探していた相手が見つかったかのようにこちらに近づいてきた。


「「きずな!!」」


「二人とも…どうして、ここに?いや、それよりも…」


 驚きと申し訳なさでうまく言葉が紡げていない様子のきずなに、「それはもういいんだ」と一本結びの男が言う。ただの友人同士が醸し出す雰囲気ではなかったため、何も状況は分からないが静かに成り行きを見守ることにした。荒々しい印象をうけた一本結びの男がぎこちなく日常感を装いながら言葉を続ける。


「ちょうどテンのところと練習試合があって…良い機会だからきずなにも会おうと思って…」


 取り留めなく門前にいた経緯を話すリクと呼ばれていた男は、意を決したかのように息を吸い、真っすぐきずなに伝える。


「今度の全国大会、見に来てくれないか?」


 それほど意を決するような誘いだろうかと疑問に思いながら来訪者のほうを見ていると、テンと呼ばれていた男と目が合った。リクが武将のような出で立ちであるのに対して、テンは巨大な草食動物のような雰囲気をまとっていた。どうも、とお互い軽く会釈をし、きずなのほうに視線を逃がす。ちょうどきずなもこちらのほうを見ていたようで、バチッ、と視線が合う。すると、きずなも、先ほどのリクのように意を決したかのような顔をして相対する二人へ意思を伝える。


「見には行かない」


 そのきずなの言葉に大きく肩を落とし、目を伏せる二人にきずなが言葉を続ける。


「戦いに行く」


 バッと顔を上げた二人は、顔のパーツを目一杯広げきずなを凝視した。


「それって…」

「サッカーはやめたんじゃ…」


 二人が絞り出すように発した言葉に、きずなは申し訳なさそうに、でもどこか明るい様子で返す。


「また、サッカーをやりたくなってしまったよ」


 リクとテンは、ゆっくりお互いの顔を向かい合わせると、きずなの言葉を噛みしめるように喜び合った。その様子を見て一安心したのか、きずなは俺のほうを見ると彼らのことを紹介してくれた。


「左から天魔てんま 六道りくどうはなぶさ 天勇てんゆうだ。六道りくどうは西の名門将皇学園の主将、天勇てんゆうは全国大会3連覇中の英熱高校の主将で、二人とも私の幼馴染だ。」


 名門の主将だったか。先ほどよりも鮮明になった二人の輪郭に感心していると、きずなが今度は俺のことを二人に紹介するようだ。


「リク、テン。私の隣にいる彼は、私が新たに作ったクラブチームの最後の一人、日元ひもと まことくんだ。」


 よろしく、と軽く挨拶すると二人からもよろしくと返ってきた。にやけ顔が少し残っているが、ある程度気持ちの整理がついたようで、六道りくどうきずなに疑問を投げかけた。


「戦いに行くと言ったが、まだ全国の資格は手に入れられていないんだろう?」


「そうだね。あと6日後のファイナルセレクションで優勝しないといけない」


「勝てるのか?」


「問題ないと思うよ。自分で言うのもなんだけど、最高のチームができた。」


 「へぇ」と、二人と一緒に俺も軽く声をもらす。二人から、何でお前も同じ反応をするんだよ、と不思議そうな顔で見られたので不服そうな顔をしておく。俺のその顔を見て三人が愉快そうにクツクツ笑うので、つられて俺も笑顔になってしまった。ほんのわずかであったが和やかな時間が流れ、いい感じに区切りがついたと言わんばかりに幼馴染三人組が別れの言葉を交わす。


「上がって来いよ」

「待ってるからね」

「また会おう」


 二人は俺にも「頼んだぞ」「よろしくね」と、言葉を残してこの場を後にした。二人の背中を見送るきずなの顔には爽やかな熱が感じれらた。その後、満足いくまで二人を見送ったきずなに連れられて、俺は百福ひゃくふく家へ向かった。



・・・



 きずなが言っていた通り、きずなの両親、父、えにしさんと母、ゆかりさんには快く迎えられた。きずなが俺のことを異世界人だと包み隠さず紹介するから最初こそ戸惑っていたが、息子が必要としている人間であることを確認するとにこやかに迎えてくれた。きずなの家は百福ひゃくふく財閥というもののトップに位置しているらしく、それを象徴するように部屋の一つ一つが大きかった。俺が通された来客用の部屋も、布団二つ並べればほぼスペースがなくなっていた前の部屋の十倍以上の広さがあった。

 探検ついでにきずなの部屋を訪ねると、そこには壁一面の選手情報に囲まれたきずながいた。衝撃的な光景に言葉を無くしている俺を見て、何かしらの書類を書き終わったきずなが笑いながら話しかけてきた。


「ここの地方の選手たちでチームに誘える人がいないか調べていたんだ」


「こんなにしなきゃチームってできないもんなのか」


「高校に通っている人となるとなかなか誘うのが難しくてね。」


「そういうもんか」


 「みんな部活動で忙しいからね」と、外出の準備をしながら返すきずなに気になっていたことを聞いた。


「さっき、幼馴染たちに最高のチームだって言ってたよな」


「そうだね」


「あいつらは、このなかから選び抜かれた精鋭ってことか?」


「いや?違うよ」


 思わぬ否定の言葉にずっこけるかと思うほどの肩透かしを食らった。「期待したかい?」と、にこにこしているきずなが言葉を続ける。


「彼らのほとんどは、自身が所属していた部活を辞めてここにいるんだ。尖りすぎた能力が原因で部から爪弾きにされたものや、自身の理想の為に自ら部を辞めたものもいる。誤解を恐れずに言うならば、世間に適合できなかったあぶれ者さ。」


 「もちろん、私もその一人」と、決してプラスでない事実をきずなは嬉しそうに話す。チームメンバーのことを馬鹿にしていると取られても仕方のない言葉をわざわざ使うということは、それ相応の意図があるのだろう。

 きずなは、遠い過去に思いを馳せるように言葉を続けた。


「両親の教育方針で幼いころから様々な人に会ってきたんだ。その中にも、私たちと同じ部類の人間がいた。そして、世界を進化させるのは大抵そういう人間だった。そんな素質を持った人間が11人も集まった。これが最高のチームでなければ、なんというんだい?」


 徐々に熱を持っていった言葉が俺の心に刺さった。本当にこのチームに仲間として受け入れられてよかった。場所があるだけでも万々歳だというのに、人間までもが俺の理想通りの人たちだなんて。

 一瞬感傷に浸ったのち、純粋な疑問をきずなにぶつける。


「そんな個性の強いやつらが集まったらまとまらないんじゃないか?」


「まとまっていないように見えたかい?」


「…いや、そんなことはなかった。」


「そうだろう」と、満足そうにきずなが言う。


「彼らは自身の理想を叶えるためにここにいる。理想の内容はそれぞれ違うだろう。けれど、一つだけ全員が持つ共通の認識がある。」



「一人では、理想を叶えることはできない。」



 「だからまとまっているのさ」と、話をまとめると、きずなは書類を持って部屋を出ていった。それを部屋から半身だけ出して見送った後、先ほどの会話を思い出すように壁面いっぱいの情報を眺めていた。自身の理想を叶えるのに必要な要素がご都合主義的なまでに整っていることに、再び心が躍る。

 チーム競技において、一人では何かを為すことができないというのは当然のことだろう。だが、元いた世界ではそれを為すことは不可能だった。この世界では違う。仲間がいる。それも強く理想を望む仲間が。また、あの熱の中で戦える。

 こうしちゃいられない、と高ぶる気持ちのままに俺は練習場へ走り出そうとした。が、そろそろ夕飯だからとゆかりさんに止められた。どうにか説得して外に出れないかと考えたが、来泊初日から手間をかけさせてしまうのも気が引けたため、庭でボールを触ることにした。庭でやる気を発散させるようにハチャメチャにボールを操っていると、ゆかりさんが様子を見に来た。俺のボール遊びを見てゆかりさんがキラキラした目で褒めてくるので、どこかこそばゆくも懐かしい気持ちを感じれて幸せだった。小学何年生からかは覚えていないが、少なくとも六年以上は母親という存在に会っていなかったのだなと感傷的になる。

 他愛のない会話をしながら数十分ほどボールをこねくり回していると、きずなえにしさんが帰ってきた。手には中ぐらいの赤い重箱が人数分ひっさげられていた。その箱の中には、ほかほかのウナギのかば焼きがご飯と共に入っていた。お祝いとして夕飯に用意されたウナギは、衝撃で涙が出てしまうほどに美味しかった。

 明日は月曜日、皆の学校が終わるまでフィールドで練習をしよう。

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