第3話 金獄と最高の未来への予感

 百福ひゃくふく きずなは驚愕していた。無能力者が技持ちに勝負を挑むなど、素手の素人が特殊部隊に挑むようなものだと。本気を出す気のない人たちならまだしも、私より後ろの人間をどうにかできるはずはないと。そんな先ほどまでの思考は一瞬にして吹き飛ばされた。

 

 常人とは思えないほどのプレッシャーを放ちながら壁に近づいていったまことは、あっという間に壁を抜き去ってしまった。呆気に取られていた私の意識を、誰かが放った手遅れの警告が引き戻す。かろうじて目で追えるか追えないかという速度でまことが迫ってくる。鬼気迫るそのオーラに、私の体は反射的に黄金の津波を作り出していた。みるみる内にフィールドを黄金に染め上げる波を回避するためにまことは大きく飛び上がったが、無慈悲にも私の黄金はそれを飲み込んでしまう。無念にも零れ落ちてくるボールを、先ほど抜き去られた壁の一人であるかけるが烈火のごとく拾いに来た。

 

 ここで終わりか。微かに期待した番狂わせを、自ら止めてしまった無念がこみ上げてくる。そんな後悔を消し去るように、パリィンという音が鳴り響いた。本来であれば破れるはずのない黄金の繭を破り、まことが飛び出してきた。キラキラと飛び散る黄金をまとい現れたその様は、まるでショーのフィナーレのように衝動的だった。

 

 より気迫を増したまことは、いまだ体にこびりついている黄金を意にも介さずかけるのもとへ飛び掛かる。そのあまりの気迫に気圧されてしまったかけるから一瞬にしてボールを奪い去ると、まことは一直線にディフェンスの神住かすみ吽犬うんけんの元へ向かう。まことは、先ほどまでとは打って変わって覇気を消し、まるで仲間かのような安心感を携え吽犬うんけんへとパスを出した。守備の準備すら整っていなかった吽犬うんけんは、唐突に自分のものになったボールの扱いに混乱する。その混乱を見透かしていたかのように、まことは鮮やかにボールを奪い去っていった。

 

 もはや残すはキーパーの仁王におうのみとなったまことの足元に、神住かすみが発生させた無数の巨大なツタが現れる。まことの体が上空に弾き飛ばされる。本来であれば挽回の余地など残されていない場面だが、まことの執念がそれを許さない。まことの足が届く範囲にボールがある。弾き飛ばされる際にボールが離れないようにしたのだろう。先ほどまでまことへの期待からくる未練で疼いていた心は、今や、この一分にも満たない世界で彼が幾度となく見せてくれたあの感動を心待ちにしている。

 

 足が振り上げられる。異変を察知したツタがもう片方の足に絡みつく。引きずり落とされるその勢いすらも利用し、宙を舞うボールに鋭くかかとが落とされる。空を切る音と共に、ボールはポストすれすれに突進していく。


入れ


 痛みが願いの成就に繋がるとでも言わんばかりに拳を握り、ボールの行く末を見守る。ゴール前に立つ仁王におうが簡易的な異形の手を作り出す。全身全霊が込められたボールがその手にめり込む。数秒、手のひらで回転を続けていたボールだったが、次第に勢いが弱まっていく。まことの全身全霊が込められたシュートは仁王におうの技によって止められた。静まり返った場には、まことの荒い息と、シュゥゥ、というボールの摩擦音だけがあった。

 

 声が出なかった。固まってしまった体は、横たわるまことを凝視することしか許さなかった。そのぼろぼろの姿が、先ほどの劇的な情景を呼び起こす。体の奥底から湧き上がってくる熱い塊が、最高の未来を予感させた。



・・・



 日元ひもと まことは地に伏せていた。

 

 決められなかった。確実に、今までの人生史上最高のパフォーマンスを発揮できていた。それでも足りなかった。悔しかった。地に足がつく瞬間までは、フィールド上の全てに感動していた。ただ楽しかった。だからこそ、ここで決めきれなかったことが、人生を賭けた博打を成功させることができなかったことが悔やまれる。

 

 体力だけでなく、精神的な打撃も相まって、体を起こすことがとても憂鬱だった。だが、意を決して、現実に向かい合うべく体を起こす。顔を上げると、俺のシュートを止めた金獄きんごくが険しい顔で立っていた。


「これが、お前の全力か」


 沈黙を破るように金獄きんごくが聞いてきた。


「そうだ」


 早くなる鼓動を抑え、問に答える。そうか、と俺の答えに関心がなさそうに金獄きんごくがつぶやく。博打こそ成功しなかったが、チームに認められるかどうかはまだ決まっていない。この後告げられる自分の未来を思うと、心臓が破裂しそうになる。ゆっくりと周囲を見渡した金獄きんごくが口を開く。


日元ひもと まこと、で合ってるか?」


「ああ。」


 先ほどまで強張っていた金獄きんごくの表情がほぐれ、使い込まれた手が差し出された。


金獄きんごく 仁王におうだ。よろしく頼む。」


 ほろほろと曖昧な返事をしながら現実を噛みしめていく。認められた。


「よろしく!」


 差し出された手を力強く握り返した。


日元ひもとくーん!!」


 後ろから駆け寄ってくる声に振り返ると、満面の笑みで走ってくる後ろに髪をなびかせた男がいた。その男は近づくや否や、両手で俺の手を包み込んだ。


「僕は舞鶴まいつる 晴己はるき日元ひもとくん!さっきのプレーは素晴らしかったね!!思わず見惚れてしまったよ!!」


 舞鶴まいつる 晴己はるきと名乗った男は、こちらが気圧されてしまうほどの勢いでまくし立ててくる。


「ったく、困ってんだろぉ。程々にしとけよ、晴己はるき。」


 そうやって晴己はるきをなだめるようにやってきたのは剃りこみモヒカン。


黒血くろち 勇牙ゆうがだ。よろしくなぁ」


 拳を差し出されたのでそれに応じるように拳を合わせておく。


「おい!」


 少し離れたところにいるチクチク頭のチビがボールを踏みつけながら呼びかけてきた。

  

「止めてみろ!」


 どうしたのだろうと思う間もなく仕掛けてくる。当然、炎に包まれながら猛進してくる彼を止められるはずもなく吹き飛ばされる。ふん!、と勝ったのにも関わらずどこか不満げなチビを不思議そうに仰ぎ見る。

 立ち上がると、先ほどチビが呼びかけてきた方向から、まこと~、と声が聞こえてきた。嫌な予感がしながらも声の方向を見ると、ふわふわ頭が同じようにボールを構えて立っていた。


「行くよ~」


 そう言うと、ボールと自身を大小様々に分裂させながら舞うように仕掛けてくる。分身したもの全てが風をまとっており、触ることができない。再びどうしようもなく抜かれてしまった後に、各々がまとっていた風が解放され、俺の体を吹き飛ばす。うんうん、と嬉しそうに頷くふわふわ野郎を仰ぎ睨む。


「二人がごめんね。大丈夫?」


 そう俺を心配してくれたのは、白髪の、地面からツタを生やす男だった。


「僕の名前は神住かすみ 天地あまつち。あの二人は…」


火囃ひばやし かける!!


来花くるはな ふうだよ~!」


 自分で名前ぐらい言える!、と言わんばかりに名を名乗るチビ二人に神住かすみがほほ笑む。「吽犬うんけん」と、神住かすみが自分の背後にいる子犬みたいな人物に紹介を促す。

 

獅子神ししがみ 吽犬うんけん


 名前だけ言うと、何も言わずこちらを睨んでくる。見たこともない技を捌くのは不可能だと判断して、技を出させる間もなく抜き去ったのが原因だろう。最初は多少の軋轢が生じるのもしょうがないか、と考えていると、急に影に包まれた。振り返ると、夕日を背負うように筋骨隆々の男が立っていた。


ごう 如月きさらぎだど」


 野太い声でそう言ったごうという男は、その体躯に似合わぬ柔和な笑顔を浮かべながら手のひらを向けてきた。俺はその大きな手のひらにハイタッチし、挨拶する。あと名前を聞いていないのは、ヘアバンドをつけた男だけだ。周囲を見渡すと、ヘアバンドの男は、腕を組み、手を顎に当て、考え込んでいるようだった。


「彼は灯理ともり 点睛てんせい。少しそっとしておいてあげて。」


 そう声をかけてきたのはきずなだった。きずなは唐突に「謝罪させてほしい」と、言ってきた。


「皆に紹介すると言った私自身が君を侮っていた。申し訳ない。」

 

 そんなこと気にしなくていいのに。謝罪を終え晴れやかな気分になったのか、きずなの顔は、喜びを嚙みしめるような笑顔に変わっていた。「改めて」と、きずなが俺に手を差し出す。


「ようこそ。私たちのチーム、FC vanguardへ。」


 差し出された手を握り返す。この日から、俺の異世界サッカーライフが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る