第2話 宣戦布告
今日もまた、条件に合った人間を見つけることができないまま、この運動場を貸し切って練習を行っている。やはり、私の望みを叶えることはできないのだろうか。
ミニゲームを行いながら今後のことを考えていると、貸し切りの運動場に一人の男が入ってきた。普段から貸し切り状態に気づかず人が入ってきてしまうことはあったが、この男の様子はそれとは異なっていた。こちらを見つめたまま、まとまりのない笑顔を浮かべてどんどんと近づいてくる。異様な雰囲気のその男を警戒しつつ、波風立てないように事情を説明することにした。
「こんにちは。すいませんが、私たちの練習の際に事故が発生しないように現在この運動場は貸し切りになっていま」
「あんたたちは、高校生か?」
私の言葉を遮るように目の前の男が質問してきた。
「そう、ですが」
唐突な質問に面食らった私の返答に対して、その男はより笑みを強くした。質問の意図が読めない。何をしに来たのか、様々な可能性に考えを巡らせていると、その男が嬉しそうに言葉を発した。
「俺も高校生だ」
「そう、ですか」とその男の圧に気圧されるように相槌を打つ。なぜそんなに嬉しそうな顔をするのか分からない。気まずくなり顔から視線をそらすと、その男がサッカーシューズを履いていることに気づいた。まさかの予感に期待が高まる。
「一緒にサッカーをやらせてくれ」
予感が確信に変わり、心臓が跳ね上がる。まさか自ら志願してくる人間がいるとは。今すぐに歓迎したいところだが、私が人数集めに手こずっている最大の理由を確認しなければいけない。
「…一つだけ教えてほしい」
このチームの根底にある、シンプルで重要なコンセプト。
「君は、何を求めてここに来た?」
私の問いを聞くと、彼の笑顔は確固たる決意を携えた表情に変わった。
「二度と、手に入らないと思っていた仲間を求めて」
ただの対人関係に問題のある人物と断定するには、彼の熱量がありすぎた。彼の熱量の根底を知りたいと思った。
「二度と手に入らない仲間とは、なんだい?」
「フィールドにある熱を、勝負に賭ける想いを共有できる仲間だ」
そういうことか。ならば、何も問題はないだろう。多少実力が足りなくとも、これだけの想いを秘めた人間はそれだけで価値がある。細かいことを考えるのは後にしよう。逼迫した今の状況で条件を満たす人間が現れた。十分だ。私はこの男を、共に戦う仲間として迎え入れることにした。
「私の名前は
彼は、一瞬息をのむと、安堵と嬉しさが合わさった満面の笑みで応えた。
「俺は
・・・
「みんな、急ですまないが新メンバーを紹介させてほしい」
「じゃあ、自己紹介してもらえるかな。」
「
隣の
ホラ吹きとして信頼を損なわなかっとことに安堵しつつ、世界に名の轟いているらしい俺の名前に誰も触れないことから、ここが本当に異世界であることを理解する。超能力も使えず無名の人間がチームの一員として認めてもらえるだろうか?いや、認めさせる。
俺が緩んだ気持ちを引き締めると同時に、ヘアバンドを付けた男が質問してきた。
「君はどんな技が使えるの?」
嫌な緊張感が全身を走った。技が使えないことがどれほどまでに重くとらえられるか。最悪を想定しながら、ありのままに答える。
「使えない」
空気が一変した。メンバーが俺への興味を急激に失っていくのが肌でわかった。うすうす察してはいたが、やはり技を使えないということは致命的な要因だったようだ。それでも実力を見てもらえばチャンスはあるはずだ。
そんな想いを伝える間もなく、集められたメンバーたちが場を去って行く。落胆や呆れ、怒りなど三者三葉の面持ちで練習へ戻っていく。何もできないままに全てが終わってしまうことに焦りを覚えた。このままで終わるわけにはいかない、と遠ざかっていく背中に縋るように叫ぶ。
「待ってくれ!!」
足は止まらない。心臓がぎゅっと潰れそうになり、喉の奥に悪寒が走る。このまま希望を失うのは嫌だ。注意を引くために、俺はなりふり構わず全力で頭を地面に打ち付けた。ドゴン、と唐突に鳴り響いた非日常的な鈍い音に驚いたのか、足音が止んだ。今しかない。俺は持てる限りの言葉を尽くして願いを叫ぶ。
「頼む!!どうか!!俺にチャンスをくれ!!」
頼む
「俺が!!18年間かけて磨き上げた力を!!」
どうか
「俺の生き様を!!その目で見極めてくれ!!」
どうか どうか
「そして!!それが必要ならば!!」
どうか 届いてくれ
「俺を!!チームに入れてくれ!!!」
静寂が訪れる。震えるほどに力んだ手は、離せば希望が潰えると言わんばかりに地面を握りしめている。ざっ、ざっとなる足音に歯を食いしばる。
「気に入った」
はっ、と顔を上げると、そこには仁王像を思わせる荘厳な男が立っていた。
「その世界を豪語する実力を見せてみろ」
差し伸べられた救いの手を、まだ震える手で掴む。望みがつながった。「ありがとう、ありがとう」と、溢れ出る感謝を伝える。「
「5対5のミニゲーム形式でいいかな?」
と、先ほどまで絶句していた
「悪い」と、
その方法は…
「俺対お前ら全員だ」
もう後戻りはできない。俺の無謀な発言に驚きながらも受けて立ってくれるもの。力量の差も測れないほどに愚かなのだと一周回って寛容な態度のもの。その場にいた全ての人間がフィールドへ向かう。見える背中のどれもが、俺より格上だ。その事実に心が湧く。元の世界では、本気になることすらできなかった。だが、今この場には俺の本気でも太刀打ちできないであろう格上しかいない。夢を賭けた博打だというのに不安よりもワクワクが勝る。このワクワクを失わないためにも、この賭けに勝ってみせる。
コートの中心に立ち、ヘアバンドの男からボールを貰う。無能力者なら技を使わずとも囲めば止められる、と言わんばかりに俺の目の前には五人の人壁ができていた。中盤には
俺の心臓は、格上に挑む緊張と、確信にも近い成長の瞬間への期待に激しく脈打っていた。俺の積み上げてきた年月が、この強敵をまえにして花開く予感があった。高鳴る鼓動が俺の体に血を巡らせる。
「行くぞ」
ゆっくりと敵陣へ踏み出した俺の様子を見るように人壁はじりじりと近づいてくる。嵐の前触れを思わせるほどに凪いだ集中が、不要な情報を視界から溶かしかしていく。壁まで残り2メートル。ピタリと足裏に止めたボールに体中の神経が吸い込まれていく。軽く息を吸い、決壊寸前だった衝動のままに体中の全感覚を爆発させる。「来るぞ」と、誰かの声が聞こえたとき、既に俺は壁を抜き去っていた。
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