第15話 それぞれの原点
夕日が山に隠れ、目に優しいオレンジ色が夜に飲み込まれていく頃、俺たちはいつも使っている練習場がある自然公園の中を歩いていた。会話もなく、視界も暗くなってきたせいで、夏の騒がしい音や、少ししつこい自然の匂いがより強く感じられた。
結局、どちらからも会話を切り出せずに練習場に着いてしまった。一応ボールを持って来はしたが、だいぶ見辛いな。それもまた楽しいか。
「
会話のきっかけづくりに
「甘い甘い。」
そう言いながら、俺は難なくそのパスをトラップする。夜の闇に邪魔されてうまく
さて、ぼちぼち本題に移ろうか。
「
会話のボールを渡すように、緩くパスをする。
「メンバーが集まらないことかな~。」
「それはもちろん手伝うけどさ~、なんかもっと、
俺の中で緊張が走る。踏み込みすぎではないか。まだ
そんな俺の気持ちを空振らせるように
「特にはないかな~。」
と、ボールを返してきた。
「そっか~。」
意を決した質問は不発に終わった。寂しいと同時に悔しかった。かつて1人で悩みを抱えることにあれほどまでに苦しんだというのに、いざ友人を救おうとなったら悩みを聞くことすらできない。お母さんみたいに上手くいかない。印象的な部分は思い出せるが、そこに至るまでの過程が再現できない。
会話の無いままパス回しが続く。思考が言語化できないほどに加速してしまった結果、俺の頭は真っ白にショートしてしまった。そんな俺が出すパスを、
どこか驕りがあったのかもしれない。自分の得意分野で上手くいっていたというだけで、サッカーを取ったら俺はただの食いしん坊でしかない。お悩み解決の専門家じゃないんだ。そんなただの友人に、いきなり「個人的な悩みはないか?」なんて聞かれて素直に話すだろうか。俺なら遠慮する。でも、それでも、
・・・
「俺と
何も考えず心地よくパス回しをしていたら、
「そうだね。」
私は未だに何も為せていないのに対して、
ならば、チームの課題解決の協力を約束してもらえた段階でパス回しを切り上げればよかったじゃないか。心地よさに甘えてしまった。こんなにも差がある私たちが、ボール一つを通して繋がれているような感覚に浸っていたくなった。本当に、不甲斐無い。
「俺は
…劣った環境に生まれながらも私より活躍している人間に、私の苦悩は分からないだろう。自分でも吐き気を催すような言い分が頭に浮かんだ。
「そんな俺じゃ、
思考を読まれたかのような発言にギクッとした。まさか
「けど…」
ごくり、と固唾を呑む。
「一緒に頭を悩ませるぐらいのことはできるつもりだから。だから、もし一人で背負うのが苦しくなったら、いつでも話してくれよ。」
その言葉は、とても自信がなくて、拍子抜けで、けれど、
「随分と自信がないみたいだね。」
「仕方ないだろ。サッカー以外のことは自信ないんだよ。」
「そうだったね。……ありがとう。少し肩の荷が下りたよ。」
「そうか。良かった。」
会話の余韻に浸るように数回パスを交わした後、「帰るか。」と、
「
ただその前に、少し話をしたくなった。
「少し寄り道していかない?」
そうして私たちは、自然公園の森の中にある段ボール小屋へと向かった。
・・・
「これが私。」
ライトで照らした写真の中央を指差しながら
「両隣の2人は
「そうだよ。」
一通り笑い終えた俺は、再び写真の話題に戻った。
「小さいころはしょっちゅう2人と遊んでてね。この秘密基地も、サッカーの特訓所として作ったんだ。これはその時に撮った写真。」
秘密基地の話をしていたときは朗らかだった
「中学校を卒業した後、私は学業に専念する道を取ったんだ。2人には何も話さず。周囲の期待に応えるために学業以外の全てを断とうとした。でも、できなかった。そして、恥知らずにもまたサッカーに戻ってきた。だから、せめて今まで捨ててきたものに見合うような夢を叶えようと思った。テンとリクに恩を返せて、周囲の期待を裏切ったわけではないと示せるような自分にとって理想のチームを作ろうとした。だけど、そのどれも上手くいかない。そう絶望したときには、気づいたら自分の理想まで分からなくなってしまっていた。やりたいことは山のようにある。けれど、それが理想かと問われれば違うんだ。こんなんだから上手くいかないのだろうね。」
対する俺は、少し嬉しい気持ちに包まれていた。悩みを話してくれたこともそうだが、
「理想って、気づいたら見失ってるよな。」
「
「あるよ。こんなところが共通点になるなんて、なんか複雑な気分だな。」
「そうだね」と、
「最初はただなんとなく楽しいからやってたんだ。でも、お母さんとの約束とか、お父さんとの関わり方とか、チームを破綻させてしまった責任とか、後戻りができなくなってしまったような焦燥感とか、いろんなものが重なって沼にはまっちまった。そして、理想がなにかも分からないまま行きつくところまで行きついてしまった。」
あの頃の絶望感を思い出して気が重くなる。一緒に頭を悩ませることによる解放感よりも、果てしない悩みへの憂鬱のほうが募ってしまいそうだ。でも、その絶望感が形になることを俺は知っている。
「そのときの絶望は、否応なく俺の積み上げてきたものを否定した。でも、そのおかげで、何のしがらみもない純粋な俺自身の理想を見つけることができた。俺の理想を包み隠していたごてごてしたものを、絶望が削ぎ落したんだ。」
「結局、その理想を叶えられる環境が無いことに気づいてまた絶望するんだけど」と、おちゃらけた様子で付け加えた俺の言葉に、
「だから、
「…そっか。」
大して間を置かず、
「結局お悩み解決できてしまったね。」
「運が良かったな。」
「
「……また、不甲斐無いとか思ってんじゃないだろうな。」
悩みが解決したというのに、どこか気落ちした様子の
「…そうだね。」
誤魔化そうと逡巡した様子が見えたが、結局素直に答えることにしたようだ。まったく、
「それに関してはちゃんと文句あるからな。」
そう言った俺をキョトンとした顔で見てくる。
「お前自信がこのチームのことをあぶれ者の集まりって言ったんだぜ。不甲斐無くていいじゃねぇか。むしろ、あぶれ者どもを束ねるリーダーなら、そんぐらいさらっとやってもらわなきゃ困るぜ。」
「不甲斐なくていい?」
「そう!あぶれ者精神極まりすぎて全然集まらないやつらのことを見習って欲しいもんだ。」
「不甲斐なくていい」と、繰り返しその言葉を咀嚼した
「原点回帰ってやつか。」
満足のいく答えに辿り着けたようだ。本当に、
・・・
行きとは打って変わって、俺たちは楽し気に話しながら山を下りた。
「まだ帰らないの?」
「練習場に戻る」と言った俺に、
「やんなきゃいけないことを思い出したからさ。」
「その様子じゃ、何を言ってもやめる気はないんだろう?」
「えへへ。」
「まったく…。怪我にだけは気を付けてね。」
「あいよ。」
遠くなっていく
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