第14話 激動の時代

 自分のコンマ数秒の油断から生まれた失点を称える声が鳴り響いている。相手の限界を憶測で決めつけていた自分に嫌気がさす。未だにグローブに残るボールの重みを戒めとして刻み、眼前に広がる光景を見渡す。仲間たちは事実が受け入れらずに唖然としている。敵もまた然り。ゴール前に転がる数人を除いて、残りの全員がその場で立ち尽くしている。この場の誰も、僕が点を取られるとは露ほども思っていなかったのだろう。ましてや、それが日元ひもと まことによってもたらされるなどとは考えもしなかったに違いない。その誰もが認める偉業を成し遂げたその男は、ふらつく体でゆっくりと腕を上げ、僕のことを指差した。


「てっぺんで待ってろ。」


 最後の力を振り絞るようにそう言うと、電源が切れたようにばたりと倒れこんでしまった。


「油断したな。」


 倒れた日元くんを見下ろしながら銀河ぎんがが歩み寄ってきた。失敗を指摘しに来た様子はなく、むしろ嬉しそうな顔をしている。


「これでおあいこだ。」


 互いに油断し、日元くんに一本取られたというのになぜそんな嬉しそうなのか。けれど、まあ、なんとなくわかる。彼らが最後に示した力は、僕たちの王座を揺るがしかねないほどのポテンシャルを秘めている。そして、このレベルのイレギュラーは連鎖する。激動の時代が来る。久しく感じることのなかった王座転落の危機が来る。新たなる進化を求められる瞬間が来る。そんな試練が訪れることに気持ちが昂る。最後まで戦い抜いてくれた彼らには感謝しなければ。

 その感謝の意を示すように、日元くんを担架に乗せる作業を手伝う。けれど、三人がかりでもなんだかうまくいかない。人間を担架に乗せるのってこんなに難しかったっけ?それはともかく、近くにいた銀河に助けを請う。


「そいつは、てっぺんで待ってろ、と言ったのだろう。」


 次の展開が読めた。


「ならばこちらが手を貸す必要はない。自分でどうにかするんだな。」


まったく。意識のない人間にまで厳しいのだから。と思った矢先、意識が無いと思っていた日元くんがゴロンと隣の担架に転がった。なんでその状態で意識を保っているのか。また思い込みをしていたというよりかは、彼が常識から外れた存在であるというのが正しいだろう。次戦うときはより一層の警戒が必要だな。

 立ち上がることのできない選手たちが運ばれていくのを見送り、僕たちは中央に整列した。主将である僕の前には、キャプテンのきずなが立っていた。絆自身としては悔いが残っているのだろう。項垂れた様子で目を合わせてくれない。


「絆。」


 名前を呼ばれ重々しく顔を上げた絆は、今にも謝罪の言葉を吐きだしそうな顔をしていた。


「てっぺんで待ってる。」


 そんな言葉を封じるように、朗らかに意思を伝える。絆は再びうつむき、体が震えるほどに歯を食いしばった。そして、意を決したかのように顔を上げた。


「また、会おう。」


 固く握手を交わし、僕たちはフィールドを去った。



・・・



 ふわふわな雲の上をぴょんぴょんと飛び跳ねていた。徐々に客観的にその状況が見えるようになってきて、我に返る。俺何やってんだ?そう思いながらも流れのままに体を動かしていたら、着地するために必要な足がなくなってて、訳も分からないまま雲の中に落っこちてしまった。落下の嫌な浮遊感から逃れようとしたら、目が覚めた。

 日元ひもと まこと百福ひゃくふく宅のふかふかベッドで目を覚ました。急に起き上がった反動で、体に鈍痛が走る。体中に巻かれたテーピングを見るに、割と重傷を負っているようだ。ぎゅるるる~、とお腹が空腹を訴えてきた。外はもう日が暮れそうになっていた。時計を見てみると、やはり7時を指し示している。随分と長い時間気を失っていたんだな。限界を超えて気絶することで活動を終えたのは元の世界以来だな。けれど、元の世界に比べて嫌な感じはしない。

 布団の温もりをスパッと切り捨て、晩ご飯を食べに向かう。ぎこちない挙動の体をほぐしながら、今日の晩ご飯へ思いを馳せる。とろとろのタレに包まれた香ばしい肉も良いし、汁が中までジュクジュクとしみ込んだ煮物とかも良いなぁ。ホールに近づくほどにご飯の匂いが強くなってきてよだれが止まらない。

 ホールに出ると、きずなゆかりさん、えにしさんが食卓を囲んでいた。もう夕飯時なのに、「おはようございます~」とシャレっぽく挨拶すると、全員に無言で目を見開かれた。そんな驚愕するほどのシャレだっただろうか。


まこと…起きたのか…?」


「起きた…よ…?」


 ふざけている様子が微塵もない3人の様子に困惑する。まだ食べ終わっていない食事を後に、絆が俺の容態を確認しに寄って来た。


「体は大丈夫か?怪我は?痛むところはない?」


「慣れてるから。そんな気にしなくても大丈夫だよ。」


「2日も寝たきりだったんだ!気にして当然だろう!!」


 その絆の言葉を聞いて謎が解けた。てっきりまだ日は変わっていないと思っていたが、まさか2日も経っていたとは。そりゃこんな反応にもなる。

 待てよ。2日も寝て潰したということは…。


「次の試合はいつだ?」


「明後日だよ。」


 なんということだ。敗者側は勝者側よりも多い試合数を同じ期間で行わなければならない。そのため、試合間に3日しか練習日を設けられない。俺はそのうちの2日を寝て過ごしたため、もろもろの調整を明日だけで済まさなければならなくなった。自分だけではない、チームの調整にも迷惑が掛かってしまっただろう。せめてこの2日間の情報だけでも入れておかなければ。


「チームの調整はどんな感じだ?」


「…。」


「絆?」


 絆は神妙な面持ちで黙り込んでしまった。その様子から何となく現状を察することができた。


「…誰が来てないんだ?」


「…神住かすみふう勇牙ゆうがかけるも途中から来なくなった。」


 自己嫌悪でため息を吐き出しながら絆が現状を説明してくれた。黙り込んでしまったのは、事実を隠そうとしたというよりかは、己のふがいなさに言葉が詰まったからだろう。それにしても、4人か。しかも、自分に一本筋が通ってるタイプのメンバー中心に来なくなっている。


「すまない。私が不甲斐ないばかりに…。」


「不甲斐なくなんかないだろう。そもそも絆がいなきゃチームになることすらできなかったんだ。」


 それでも…、と自己否定の言葉を続けようとした絆は、その言葉をぐっと飲みこむように押し黙った。その言葉を表に出すことすら己の不甲斐無さの現れだとでもいうように言葉を選び続けている。


 ぎゅるるるる~


 あぁ、もう。なんで今鳴るかな。でもしょうがないじゃん!2日ぶりにあんな美味しそうなご飯見たらお腹減っちゃうよ!


「あ~。とりあえずいったんご飯食べない?」


 自分としては恥ずかしいことこの上ないのだが、絆の表情が少しほころんだから良しとしよう。

 食事中の会話はいつもと違い、サッカーの話題を避けるように気を使った会話だった。全然話が弾まないものだからあっという間にご飯を食べ終わってしまった。その後も、ホールにはカチャカチャと皿を洗う音だけが鳴り響いていた。洗い物の最中、絆が自室へ戻っていくのが見えた。隣で一緒に洗い物をしていたえにしさんは、いつもより少し辛そうな様子に見えた。


「あの、えにしさん。」


「ん?なんだい?」


「この後、きずなと外行って来てもいいかな?」


 少し暗くなってきたから許可を取ろうとしただけなのだが、その奥にある意図のせいでなんとも言えない気恥ずかしさが芽生えた。皿洗いが終わって完全に手持無沙汰になっているのも相まってそわそわする。肝心のえにしさんは凄い優しい笑顔をしていた。


きずなを気遣ってくれているんだね。ありがとう。」


「いや、そんな、ちょっと体動かしたいな~ってだけで。大したことはできないというか。いや、別になんかするというわけではないのだけれど。」


 凄いしどろもどろになってしまった。きずなに気を使ってのことであるのは間違いないのだけど、自分ならできると思っているかのように見られることに恥ずかしさを感じた。今から俺がすることは、ただ俺のお母さんの言葉を借りるだけのことだから。でも、それはきずなのもやもやを少し晴らしてくれるはずだ。


「助かるよ。」


 挙動不審な俺の言動を見て爽やかに笑ったえにしさんは、わが子を助けたいという思いと、自分自身での成長を見届けたいという気持ちの狭間を眺めるようにきずなの部屋のほうへ目を向ける。


「あの子には、今、隣にいてくれる友達が必要だ。」


 えにしさんの言葉を聞いて、自分のこれからの行動に自信が持てた。誰よりもきずなを近くで見てきた人がそう言うのだから大丈夫だろう。まだ若干恥ずかしさはあるけれど、まあいいだろう。もう今に限っては、俺がお母さんってことにしよう。今行くわよ!絆!……やめとこ。



・・・



「絆~!!外行こうぜ~~!!」


 机で頭を悩ませていると、突然ドアが開け放たれた。開いたドアの先には、サッカーボールを抱えたまことが仁王立ちしていた。もう日も暮れたというのにどうしたのだろうか。


「何をしに行くの?」


「なまった体を慣らしに行く。」


「まだ痛みはあるんじゃなかった?」


「無問題!俺は元気!!」


 まことは元気さをアピールするようにキビキビ動いてみせた。そんなに動けるなら慣らす必要もないんじゃなかろうか。そこを指摘するのは野暮か。

 チームの問題を解決する必要はあるが、この2日間何の進展もない。ここでまことの力を借りることができれば、もしかしたらまたチームが集まるかもしれない。…大層な肩書を背負っていても、結局私一人では何もできないのだな。それが分かっていたからこのチームを作ったんだっけ。けれど、それも上手くいかなくって。…私は何がしたかったのだろう。危ない危ない、また自己問答に沈むところだった。このままでは埒が明かない。とりあえず、まことに導かれるまま外に出るとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る