第13話 伝説の幕開け

天帝てんてい 銀河ぎんがは凡人という生き様が生理的に嫌いだった。


己を超える努力もせず才能を言い訳に逃げ、他者を貶めることには異様なほどのモチベーションを発揮する生き様が不快だった。


だから、この無能力者もどうせ周りのせいにして逃げ惑うのだろうと思っていた。


日元ひもと まことという男は異常だ。


技の介在しない世界であったとしても、スポーツで怪我をすることはある。


時にそれは命にも関わってくる。


だから、無能力者は技を前にして恐怖する。


抗う術無く暴力に立ち塞がることは、死を想起させるほどの恐怖であるはずだ。


それでもなお立ち塞がるこの男に、なぜ世界は才能を与えなかった?


「お前はよくやった。」


フィールド上に生まれた極小の太陽が、既に限界を迎えている凡人たちをこれでもかと照り付ける。


それから目を離さずに立っているのは、まことだけだった。


「共に戦う仲間に恵まれなかっただけだ。だから……。」


ボロボロで息をするので精一杯の凡人へ、天才としてではなく、一人の人間として忠告をする。


「今は諦めろ。」


お前にはまだ未来がある。


それに対する答えは、ゆっくりと示された。


太陽の前ではみじめなほどに小さな穴に踏ん張りを利かせ、ただ手を広げる。


後方のゴールを、仲間たちをかばうように、ただ手を広げた。


「そうか…。」


それが、お前の答えか。


「ならば、終わらせてやろう。」


その気高さに応えるように、目の前の勇者へ、極小の太陽を打ち込んだ。



・・・



極限まで凝縮され、人間の胴体と同程度ほどに小さくなった太陽は、そのエネルギーを示すかのように白く輝いていた。


そしてその小さな太陽は、目にも止まらぬ速さでまことに襲い掛かった。


まことの体の芯を捉えたシュートは、まことごとゴールへ突き進んだ。


0-48


仁王におうが、技と技に挟まれるまことの身を案じている間に、シュートはゴールへ突き刺さった。


「ガ……ァア。」


ゴールしたにも関わらず、なおも威力を落とさないボールとネットに挟まれ苦悶の声を上げるまことの様子から、仁王におうの判断は正しかったと言えるだろう。


腹部を抉るようなシュートは、今にもまことの意識を刈り取ろうとしていた。


幸か不幸か、まことの意識が完全に途切れる前に、シュートは勢いを失った。


まこと!!」


仁王におうが、ぼろぼろになったまことへ駆け寄る。


心配してくれた仁王におうへ、ぼろぼろのまことはこう言った。


「悪い…。止める手伝いしたつもりだったんだけど…。かえって邪魔しちまってた…。」


「なにを…。」


何を言っているんだとすら言葉にできなかった。


自身の身を案じるでもなく、相手へ不満を漏らすでもなく、仲間への謝罪が先に出てくることに仁王におうは驚愕した。


元々仲間を重視する人間であると認識していたが、ここまで一本筋を通して仲間に貢献しようとする様に、狂気すら感じた。


「ええい、今はそんなことはいい。すぐに担架を!」


「いらない!」


戸惑っている場合ではないと我に返り、仁王におうが救援を要請しようとしたら、鬼気迫る声でまことがそれを拒否した。


「何を言ってるんだ!!二度とサッカーができなくなるぞ!!」


その迫力に気圧されないように、仁王におうも大声で反発する。


「それでいい!!」


サッカーができなくなるという言葉は、まことにとってとても痛い言葉だと思っていた。


けれど、その予想に反した答えが間髪入れずに返ってきて、仁王におうは怯んでしまった。


「ここで戦うことができないのなら、二度とサッカーができなくなっても構わない。」


ダメージを負った体でありながら、しっかりとした動きでまことが立ち上がる。


「なんでそんなに必死なんだ。」


そう尋ねたのは、戦うことを諦めていた神住かすみだった。


普段のおだやかな様子とは打って変わって、冷たい声でまことに尋ねる。


「ここで身を削って戦うことに一体どれほどの価値があるというんだ。」


「…ここで俺が止まったら…お前らが戻ってくる場所が無くなっちまう。」


「戻るも何も、まだトーナメントが終わったわけじゃない。今頑張る必要はないだろう?」


「トーナメントが終わって無くても、意志は尽きる。」


徐々に呼吸が整ってきたまことが、真っすぐ神住かすみの目を見据え言葉を伝える。


ここで諦めてしまっても、まだ敗者側で戦うことができる。


その神住かすみの言葉は間違いではない。


けれど、敗者側で勝ち上がれば、再び英熱えいねつ高校と戦うことになる。


希望の糸すら掴めないほどに惨敗した相手が待っているトーナメントに、どれほど高いモチベーションで挑めるだろうか。


ここで希望の糸を掴み取らなければならないのだ。


このチームの存在に否定的な神住かすみは、それ故に、まことの言葉の真意を理解していた。


相手に遠慮するような馴れ合いの関係では、いづれこの壁にぶち当たると予期していた。


「分不相応な夢に破れて勝手に絶望している奴らの意志に、救う価値など無いだろう?」


神住かすみが冷たく言い放ったその言葉は、自身のトラウマにも突き刺さっていた。


神住かすみは、己も他のメンバーと同様に価値の無い存在だと考えていた。


まことにこんなにも噛みつくのは、まるで自分に価値があるかのように錯覚してしまうほどのまことの献身を止めたかったから。


希望を持ってしまうことへの恐怖と、救われるかもしれないという期待がない交ぜになっていた。


「絶望は、一人じゃ抜け出せないから絶望なんだ。」


張り詰めた神住かすみの神経を緩めるかのように、静かにまことが切り出した。


「かつての俺もそうだった。一人でどんどんと闇に呑まれていった。」


神住かすみは黙ってまことの言葉を待つ。


「そんな俺にとって、お前らは光だったんだ。絶望の底から俺を救い出してくれた光だった。」


過去に、この世界での自分の原点に思いを馳せたまことは、己の意志を告げる。


「お前らを救う価値は、俺自身だ。」


まことの言葉に熱がこもっていく。


「俺という一人の人間を救って、今も絶望できるほどに本気で理想を追い求めてる奴らが、こんなところで終わって良いわけがない。」


真っ向からの生き様の肯定に、神住かすみは目を見開いた。


「今度は俺だ。俺がお前らの光になってやる。」


言葉を失っている神住かすみを後に、まことは中央へ歩を進める。


残り時間から次のプレーが最後になることが分かる。


中央に座する天才はもはや言葉を発しない。


その威圧感がこの場の全ての人間に語りかける。


本来成立するはずのない、無能力者と天才の真剣勝負。


戦いの行方を見守る全ての人間が、まことの苦闘が報われるのを願っていた。


そんな空気はつゆ知らず、まことはセンターサークルの中へ、真剣勝負の間合いへ足を踏み入れた。



・・・



始まりは特殊な形になった。


センターサークル内まで足を運ぶ人がおらず、バックパスを受け取れる仲間もいない関係上、目の前の銀河ぎんがへパスを出すことになる。


銀河ぎんががボールに触れた時点で、まことにもボールに触れる権利が付与される。


パスを受け取った銀河ぎんがは、すぐにまことへボールを返した。


挨拶のような妙なやり取りが行われたのも束の間、勝負は一瞬で最高潮まで到達する。


フィールドを目一杯に使い技を食らわないようにするまことに対して、銀河ぎんがは全方向に対応するブラックホールを展開した。


一瞬にして端まで走り抜けたまことだったが、空間が歪むほどの引力を生み出すブラックホールに吸い込まれてしまう。


無事ボールを奪い取った銀河ぎんがは、試合を終わらせる前に後方のまことを目に焼き付けようとした。


この時点で、銀河ぎんがの興味はまことにしかなく、FC vanguardの面々の一人として脅威と感じていなかった。


振り向き眺めるまことの姿は予想通りのもので、技に吸い込まれ、地面に打ち放たれてもなお両手両足で立ち上がりこちらに襲い掛かろうと構えていた。


ただ一つだけ、その表情だけは予想していたものと違っていた。


険しく困難に足掻くような表情をしていると思ったが、その表情はどこか歓喜の色を帯びていた。


銀河ぎんがが気にも留めていなかったFC vanguard陣営を見ていたまことの目には、怒涛の勢いで迫ってくる神住かすみの姿が写っていた。


まことの様子を見て前方へ振り返った銀河ぎんがだったが、わずかに遅かった。


神住かすみが召喚した狂気的な筋肉をまとった巨人は、衝動のままに雄たけびをあげ、周囲の人間を敵味方問わず吹き飛ばした。


歯を食いしばり苦しそうに技を放った神住かすみは、絞り出すように言葉を発した。


「一度だけだ…」


そして、敵MFの頭上を越えるように吹き飛ばされたまことに対して思いを託す。


「やってみせろ、まこと!!!」


ドクンと心臓が跳ね上がる。


神住かすみから託された思いと共に、空中でボールを確保する。


みぞおちからこみ上げてくる感動が、体全体へ熱となって伝播していく。


この感動のままにゴールが決められたらどれほど素晴らしいか。


目の前のDFに対して無力な自分への葛藤が更に体を熱し上げる。


まことおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


その熱を象徴するかのような炎をまとったかけるが右サイドから駆け上がってきた。


「よぉこぉせぇぇぇぇぇ!!!」


一歩踏み出すごとに熱量を増すかけるに、自分の熱を託すようにボールを送る。


魂が燃え上がるほどの加速をしながら、かけるは前方に出されたボールを受け取り、その流れのままに敵の岩壁へ突撃した。


超高速の炎弾と荒々しく隆起した岩壁の衝突は、スタジアムが破壊されるのではないかというほどの轟音となって現れた。


ジェットエンジンのように燃え盛る炎によって押し込まれたボールは、岩壁にめり込むように突き刺さっていた。


だが、なおも隆起し続ける岩壁の、もはや山と言って過言でないほどの質量に負けるのは時間の問題だった。


なんで俺の速さが通じない。


この試合最高速を出してなお穿てない岩壁が、巨大な影を落としながらかけるを飲みこもうとする。


ガゴン!!


突如、かけるを押しつぶそうとしていた岩壁に巨大な亀裂が走る。


先ほどまで自分の足だけが突き刺さっていたボールに、新たに勝ち色のスパイクが突き刺さっていた。


まこと…!?」


本来、かけるが生み出す炎の壁を突破することすらできないはずのまことが隣にいた。


燃え盛る激流の中、白目を剥き、限界を超えた様子のまことに度肝を抜かれる。


今までは技が使えないというだけで無意味となっていたまことの無双の力が、かけるの技と掛け合わされたことで本来の力を発揮するに至った。


「進めえぇぇぇ!!!!」


まことの叫びがかけるの魂に響き渡る。


反発心、尊敬、決意、それらが合わさり、隣の無能力者を遥かに超えたいという衝動となってかけるを突き動かす。


「ああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


五感の処理すらも削り研ぎ澄まされた技は、音速の壁をぶち破れるほどの推進力を持つに至った。


それぞれの命を削るような2人の特攻は、山のように巨大な岩壁を真っ向から穿ち抜いた。


かけるの意識はそこで途絶え、再びボールはまことに託された。


だが、ここまで好き放題にやられて敵も黙ってはいない。


崩れる土砂の粉塵を抜けた先に待っていたのは、無能力のまことを相手取るにはあまりに過剰な人数の狩人たちだった。


中央へ切り込む道はもちろん、前後すら封じられ、完全にサイドへ閉じ込められた。


囚われの身となったまことが活路を見出したのは空だった。


そこには、先ほどまで立つことすらままならなくなっていた勇牙ゆうがが飛び込んでいた。


最後の望みを込めたボールが天空へ放たれる。


手負いの獣のような勇牙ゆうがに、決して侮るべきでないこの現状に、はなぶさの気も張り詰める。


もはや空中で体勢を整えることもできない勇牙ゆうがは、全身に散らばったわずかな力を一点に集め、体ごと投げ出すようにシュートを打ち放った。


放たれたボールは、巨大な隕石となってはなぶさへ降りかかる。


しかし、その隕石が隆盛を誇ったのはほんのわずかなことだった。


隕石は己の勢いに負けるように空中でボロボロと瓦解し、塵と化していった。


残されたボールには、欠片ほども技の力は残っていなかった。


不発。


故に、生じた油断。


そのわずかな隙に糸を通すように、落下するボールへ再び命を吹き込む男がいた。


はなぶさがその男の姿を認識し、彼の体が警報を鳴らしたときには、既にボールは彼の顔面を捉えていた。


脊髄反射によってどうにか差し込まれた手を削るようにギャリギャリとボールが襲い掛かってくる。


強烈な弾丸は否応なく上体を仰け反らせ前進する。


ゴールへ押し込まれていく体を止めるために踏ん張っていた足は、土ぼこりを上げながらフィールドに傷を刻む。


今まで築き上げてきた年月がプライドとなって力に変わる。


点を取られるわけにはいかない。


全身の血管が浮き出るほどに力を尽くし抗った。


その結果、踏ん張る足はゴールライン上で停止していた。


しかし、のけ反った上体は、手の平にめり込むボールは、ゴールラインを割っていた。


1-48


昨年度無失点の王者から今年度初の得点を勝ち取ったのは、無名のクラブに所属する無能力の男だった。


試合の終了を告げる歓声が、スタジアムを超え、街中へ響き渡った。

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