第12話 自己紹介
一人の天才による蹂躙を前にして、観客たちは静まり返っていた。時折、俺たちへの慈悲を求める悲鳴のような甲高い声や、
どれも
ハーフタイムに入り、ロッカールームへ向かう仲間たちの足取りはゾンビみたいだった。足腰がガタガタになり、体幹を保つことも難しいほどの疲労となればそうなるのも仕方ないことだろう。
どうやったらあんなのに勝てるのか、自分は今まで何をやってきたんだ、と頭を悩ませているのが見て取れる。疲労で顔の上がらない状態での苦悩はどんどんと内側に向かっていく。
このチームはその様子が顕著だった。ロッカールームに着いたというのに一向にミーティングが始まらないほどだ。
「……この試合は諦めよう。」
「なっ!それはちげぇだろ!!確かにキツイ試合だけどよ!諦めるのはちげぇだろ!」
「じゃあどうしろっていうんだ!!」
「初めから厳しい戦いであることは分かってた。でも、こんなの度が過ぎる。ワンチャンスのきっかけすら掴ませてもらえない。負けるたびにどん底に叩き落されてるみたいな気分だ。」
「それでもやるしかねぇだろ!後半になればチャンスがあるかもしれねぇじゃねぇか!」
「何も変わらない。早すぎたんだ。」
首をもたげ、意思疎通を拒絶する
共に戦う意思を持つ仲間の存在がいないことに、自分が少数派であることに気づき始めた
その
「
お前は違うよな、と訴えかけるような視線を真正面から受け止める。
俺だって諦めたくはない。けれど、
それに対して、俺たちのチームは連携も大して取れずやみくもに単騎で戦うばかり。連携を取ろうにも試合前にたてていた作戦はとうの昔に破綻していた。即席で連携を取ろうとしようとしても、味方が何を求めているのかが分からずうまくいかなかった。
今にして思えば、仲間の「やれる」ことは知っていても、「したい」ことはほとんど知らない。ドリブル技が使えるとは知っていても、どうドリブルしたいのかが分からない。仲間の動きの意図を理解しきれていない。
ずっと一人でやってきた弊害がここにきて響いてきたか。逆境の真っ最中に過去の後悔に頭を悩ませることになるとは。いや、逆境だからこそ過去のツケが響いてきているのか。
ああしておけばよかった、こうしておけばよかったという後悔を振り切るように周囲を見渡す。なまじ、ここで負けても敗者側トーナメントが残っているがゆえに、より諦めがつきやすくなってしまっているのだろう。誰も口を開こうとする様子はなく、頭をもたげている。
こんな重々しい空気の中ミーティングするなんて俺の人生史上初めてのことなんじゃないか。こうやって、悔しそうに歯を食いしばり、無力感に苛立ち、責任感で自己嫌悪に苛まれてるやつらと……。
なんだ……。
誰も諦めてなんかいないじゃないか。俺が勝手にそう思い込んでただけだ。
口で何と言おうと、絶望したような態度でも、抗おうとする意志が滲み出てきている。知らぬ間に、元の世界で俺に蹂躙されたやつらと仲間たちを重ねてしまっていた。どうせ圧倒的な力に打ちのめされれば諦めるのだろうと思ってしまっていた。こいつらは違う。やっぱりこいつらは俺の光だ。
だから……
「俺は、お前らの力になりたいと思ってる。でも、このざまだ。」
「
「精神的な力だけじゃなく、プレイヤーとしても力になりたいんだ。それが俺の理想で、そのためにここに来た。」
「そう……か……。」
「なんやかんや全員には言ってなかったからな。知らなかったろう?俺も
「俺は……!」
「まあまあ、焦って言わなくていい。……この場の全員、良かったら俺の話を聞いてほしい。」
そう言い、反応があるか確認する。数人顔を上げてくれた人はいたが、ほとんどは未だに顔をもたげたままだった。その状態のままでもきっと聞いてくれていると信じて言葉を紡ぐ。
個人として大敗を喫することになるであろう俺たちが、チームとして再始動するための言葉を。
「改めて、自己紹介といかないか。」
訴えかけるようにゆっくりと話を続ける。
「本気の挑戦に敗れる瞬間、お前らはどう負けたい?」
後ろ向きな質問だろうか。でも、これが今の俺たちにもっとも適している自己紹介だと思った。
「俺は、最後まで抗うぞ。」
一呼吸空けて、俺はいち早くロッカールームから出た。仲間に言葉を発することを許さずに外へ出た。
この行動が果たして本当に正しいのかは分からない。けれど、俺たちの始まりにはこれが相応しい。俺が一方的に思いを伝えて、強引に仲間を巻き込んで、認めさせる。入団試験から何も変わらない。思いは行動でしか伝わらない。
もし皆が俺の行動に応えてくれるのであれば、その時俺たちは真にチームとなれるだろう。
覚悟の後半戦が始まる。
・・・
0-26
けれど、現実は残酷だ。後半に入り、もはや挑むことすらも許されない。
0-27
天才に勝てないだけならまだしも、成長の限界まで感じる。昇っていた階段の終わりが天井に直接つながっていたような絶望感。
0-28
「諦めんな!」
静まり返った観客席から義一の声が聞こえた。俺も、お前みたいになれるかと思ったんだけどなぁ。
0-29
・・・
(期待はずれだったな。)
(でかいだけのでくの坊。)
そう存在を否定された過去を拭い去るという決意が。
0-30
おでは…期待はずれじゃない。そう抗おうとしたが、幾度も肉体に刻まれた技の痛みが反射的に逃避を選ぶ。
0-31
・・・
0-32
初めは心が躍っていた。頂点に近い人間とまみえれば、彼らを頂点へ突き動かした衝動を知ることができるのではないかと。そしてその衝動から人間の本質を考察することができるのではないかと思っていた。
何も、分からなかった。
0-33
次のことを考えるのが合理的だ。
・・・
0-34
現実を受け入れられなかった。何度目かも分からない。この日のために鍛え上げた技が、いとも容易く破られる。
0-35
今、一歩でも動いたら立っていられなくなる。だから、せめて、この場所だけは譲らない。足を黄金で地面と固定し、再び迫りくる太陽に立ち向かう。
・・・
0-36
美しいと思った。これほどまでに気高く自分を表現できる人間を。観客であればよかったのに。なぜフィールドに立ちたいと思ってしまったのだろう。僕という存在がフィールドを汚している。
0-37
・・・
0-38
泥にまみれて勝利の可能性に嚙みついていたいわけじゃない。ただ自分が楽しくやれてればいい。こんなのは望んでいない。
0-39
負け方なんか知らない。こんなにも苦しいのなら真剣勝負などしなかった。なんでこんな苦しいことをしたがるんだ。
・・・
0-40
あの事件があってから自分の考えなしの無鉄砲さに嫌気がさして完璧を求めた。ただ、完璧を求めれば求めるほど壁が大きくなっていく。完璧になって、皆が楽しく笑えるような世界にしたいと思ってたんだけどなぁ。
0-41
僕はなにもかも完璧じゃない
・・・
0-42
このチームに愛着などなかった。自身の贖罪のための踏み台ぐらいにしか認識していない。守備の技だけで十分通用することを証明して、
0-43
負けも勝ちもどちらでもいい。ただ自分の望みを叶えられればそれでいい。でも、正しいと思っていた贖罪は意味をなしていなかったようだ。なら、どうしたらいいんだ。
・・・
0-44
己の正面に立ち塞がる岩壁。
0-45
負けて良いわけがない。速さが世界で一番優れていて、それを極めた自分は世界で一番強くなければならない。どんな壁であっても、速ささえあれば穿ち抜けるはずなんだ。だからもっと速く。……これ以上の速さなんてあるのか?
・・・
0-46
なんだこのざまは。止めるどころか一瞬減速させることすらできていない。自分の熱に応えてくれる人間が欲しいだと?今の自分は味方の熱にも、敵の熱にも応えられていないじゃないか。
0-47
初め
否。
最後まで光を見失うな。
・・・
見るも無残なフィールドで、もっとも無残な姿をしている者がいた。無能力なのにもかかわらず、全てのシュートに身を投げ出し続け、守備に貢献しようとした男がいた。
試合時間残りわずか。
この惨劇も残り数プレーで終わろうというなか、その男だけは得点を意識していた。その結果引き起こされた奇跡が、世間に無能力者、
後に伝説の始まりと呼ばれるようになる瞬間が訪れる。
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