自己紹介
一人の天才による蹂躙を前にして、観客たちは静まり返っていた。
時折、俺たちへの慈悲を求める悲鳴のような甲高い声や、銀河の蹂躙を面白そうに囃し立てるものもいた。
どれも銀河が観客席へ蹴りこんだボールによって黙らされていたが。
ハーフタイムに入り、ロッカールームへ向かう仲間たちの足取りはゾンビみたいだった。
足腰がガタガタになり、体幹を保つことも難しいほどの疲労となればそうなるのも仕方ないことだろう。
どうやったらあんなのに勝てるのか、自分は今まで何をやってきたんだ、と頭を悩ませているのが見て取れる。
疲労で顔の上がらない状態での苦悩はどんどんと内側に向かっていく。
このチームはその様子が顕著だった。
ロッカールームに着いたというのに一向にミーティングが始まらないほどだ。
「…この試合は諦めよう。」
灯理がそう切り出した。
「なっ!それはちげぇだろ!!確かにキツイ試合だけどよ!諦めるのはちげぇだろ!」
「じゃあどうしろっていうんだ!!」
勇牙の言葉に灯理が強く言い返したことで、静まり返っていたロッカールームに緊張が走る。
「初めから厳しい戦いであることは分かってた。でも、こんなの度が過ぎる。ワンチャンスのきっかけすら掴ませてもらえない。負けるたびにどん底に叩き落されてるみたいな気分だ。」
「それでもやるしかねぇだろ!後半になればチャンスがあるかもしれねぇじゃねぇか!」
「何も変わらない。早すぎたんだ。」
首をもたげ、意思疎通を拒絶する灯理に対してかける言葉が見つからず、勇牙は周囲を見渡す。
だが、誰も勇牙と目を合わせるものはいなかった。
共に戦う意思を持つ仲間の存在がいないことに、自分が少数派であることに気づき始めた勇牙の顔に驚愕の色が浮かび上がってきた。
その勇牙が次に視線を向けたのは俺だった。
「真…。」
お前は違うよな、と訴えかけるような視線を真正面から受け止める。
俺だって諦めたくはない。
けれど、灯理の言う「早すぎた」という意味も分かる。
何も成長のヒントを得ることができないほどに銀河は強い。
きっとチームとしても優れているのだろう。
それに対して、俺たちのチームは連携も大して取れずやみくもに単騎で戦うばかり。
連携を取ろうにも試合前にたてていた作戦はとうの昔に破綻していた。
即席で連携を取ろうとしようとしても、味方が何を求めているのかが分からずうまくいかなかった。
今にして思えば、仲間の「やれる」ことは知っていても、「したい」ことはほとんど知らない。
ドリブル技が使えるとは知っていても、どうドリブルしたいのかが分からない。
仲間の動きの意図を理解しきれていない。
ずっと一人でやってきた弊害がここにきて響いてきたか。
逆境の真っ最中に過去の後悔に頭を悩ませることになるとは。
いや、逆境だからこそ過去のツケが響いてきているのか。
ああしておけばよかった、こうしておけばよかったという後悔を振り切るように周囲を見渡す。
なまじここで負けても敗者側トーナメントが残っているがゆえに、より諦めがつきやすくなってしまっているのだろう。
誰も口を開こうとする様子はなく、頭をもたげている。
こうやってロッカールームで重々しい空気の中ミーティングするなんて俺の人生史上初めてのことなんじゃないか。
こうやって、悔しそうに歯を食いしばり、無力感に苛立ち、責任感で自己嫌悪に苛まれてるやつらと…
なんだ…。
誰も諦めてなんかいないじゃないか。
俺が勝手にそう思い込んでただけだ。
口で何と言おうと、絶望したような態度でも、抗おうとする意志が滲み出てきている。
知らぬ間に、元の世界で俺に蹂躙されたやつらと仲間たちを重ねてしまっていた。
どうせ圧倒的な力に打ちのめされれば諦めるのだろうと思ってしまっていた。
こいつらは違う。
やっぱりこいつらは俺の光だ。
だから…
「俺は、お前らの力になりたいと思ってる。でも、このざまだ。」
「真は十分支えになってるだろ!」
「精神的な力だけじゃなく、プレイヤーとしても力になりたいんだ。それが俺の理想で、そのためにここに来た。」
「そう…か…。」
「なんやかんや全員には言ってなかったからな。知らなかったろう?俺も勇牙のちゃんとした理想は知らない。」
「俺は…!」
「まあまあ、焦って言わなくていい。…この場の全員、良かったら俺の話を聞いてほしい。」
そう言い、反応があるか確認する。
数人顔を上げてくれた人はいたが、ほとんどは未だに顔をもたげたままだった。
その状態のままでもきっと聞いてくれていると信じて言葉を紡ぐ。
個人として大敗を喫することになるであろう俺たちが、チームとして再始動するための言葉を。
「改めて、自己紹介といかないか。」
訴えかけるようにゆっくりと話を続ける。
「本気の挑戦に敗れる瞬間、お前らはどう負けたい?」
後ろ向きな質問だろうか。
でも、これが今の俺たちにもっとも適している自己紹介だと思った。
「俺は、最後まで抗うぞ。」
一呼吸空けて、俺はいち早くロッカールームから出た。
仲間に言葉を発することを許さずに外へ出た。
この行動が果たして本当に正しいのかは分からない。
けれど、俺たちの始まりにはこれが相応しい。
俺が一方的に思いを伝えて、強引に仲間を巻き込んで、認めさせる。
入団試験から何も変わらない。
思いは行動でしか伝わらない。
もし皆が俺の行動に応えてくれるのであれば、その時俺たちは真にチームとなれるだろう。
覚悟の後半戦が始まる。
・・・
いつか世界で一番強いストライカーになりたいという夢が。
0-26
けれど、現実は残酷だ。
後半に入り、もはや挑むことすらも許されない。
0-27
天才に勝てないだけならまだしも、成長の限界まで感じる。
昇っていた階段の終わりが天井に直接つながっていたような絶望感。
0-28
「諦めんな!」
静まり返った観客席から義一の声が聞こえた。
俺も、お前みたいになれるかと思ったんだけどなぁ。
0-29
真の言葉を覆したかった。
負け方?俺は勝つ為に抗うぜって。
諦めないと決めた精神に反して、肉体が限界を迎えた。
・・・
『期待はずれだったな。』
『でかいだけのでくの坊。』
そう存在を否定された過去を拭い去るという決意が。
0-30
おでは…期待はずれじゃない。
そう抗おうとしたが、幾度も肉体に刻まれた技の痛みが反射的に逃避を選ぶ。
0-31
真ぐんの言葉で一度は覚悟ができた。
こんなふうに負けるのは嫌だなと思えた。
でも、おでは君の期待に応えられない。
おでには気高く負けることができない。
・・・
人間の本質に辿り着きたいという目標があった。
そして、今まで学んできた数多の学問を切り捨て、ここに身を投じた。
0-32
初めは心が躍っていた。
頂点に近い人間とまみえれば、彼らを頂点へ突き動かした衝動を知ることができるのではないかと。
そしてその衝動から人間の本質を考察することができるのではないかと思っていた。
何も、分からなかった。
0-33
真の言っていることはよくわからない。
なぜ負け方を考える必要がある。
ましてやそれが自己紹介になるはずない。
ここにあるのは圧倒的な敗北という事実だけだ。
次のことを考えるのが合理的だ。
・・・
肩書に囚われ捨てた理想があった。
どうにかできたチームはまだ未熟だが、自分の力は示せると思っていた。
テンに、リクに帰ってきたぞ、と見せてやれると思っていた。
0-34
現実を受け入れられなかった。
何度目かも分からない。
この日のために鍛え上げた技がいとも容易く破られる。
0-35
真の意図は分かった。
ここで諦めてしまってはチームが崩壊するまである。
けれど、45分間、心折れずに立ち向かい負け続けるという行為の気の遠くなることよ。
今、一歩でも動いたら立っていられなくなる。
だから、せめて、この場所だけは譲らない。
足を黄金で地面と固定し、再び迫りくる太陽に立ち向かう。
・・・
部活を去った勇牙を追いかけるようにこのチームに入ったに過ぎない。
勇牙のような人間が終わって良いはずがない、僕はそんな人間を支え導きたい、と必死に訴えて入れてもらったっけ。
実際、何か自分を変えたい気持ちはあった。
けれど、明確な像は持っていなかった。
0-36
美しいと思った。
これほどまでに気高く自分を表現できる人間を。
観客であればよかったのに。
なぜフィールドに立ちたいと思ってしまったのだろう。
僕という存在がフィールドを汚している。
0-37
日元くんの言葉は僕に沁みる。
どう負けたいか。
僕は全人類を感動させるように散っていきたい。
けれどその力は僕にない。
だから、せめて、気高く美しい君を支えたい。
無防備に技を浴び続け、この場の誰よりもボロボロになってしまっている君を。
・・・
湧き出るアイデアを受け入れられないつまらない人間たちと別れて、一人で山の中遊んでいた。
ただ、自作のしかけでは限界があったから具合の良い環境へ身を投じたというだけだった。
0-38
泥にまみれて勝利の可能性に嚙みついていたいわけじゃない。
ただ自分が楽しくやれてればいい。
こんなのは望んでいない。
0-39
負け方なんか知らない。
こんなにも苦しいのなら真剣勝負などしなかった。
なんでこんな苦しいことをしたがるんだ。
・・・
その顔に大きな傷を携えた片割れは今、敵として蹂躙される僕のことを傍観している。
0-40
あの事件があってから自分の考えなしの無鉄砲さに嫌気がさして完璧を求めた。
ただ、完璧を求めれば求めるほど壁が大きくなっていく。
完璧になって、皆が楽しく笑えるような世界にしたいと思ってたんだけどなぁ。
0-41
僕はなにもかも完璧じゃない真のことを認めてない。
勝利しか意味のない世界で負け方なんて。
負ければ全部意味がない。
…じゃあ、僕も意味がないの?
・・・
本家の跡取り息子として強要された生き様に耐えきれず、惨劇を引き起こした。
そこから彼の贖罪は始まった。
0-42
このチームに愛着などなかった。
自身の贖罪のための踏み台ぐらいにしか認識していない。
守備の技だけで十分通用することを証明して、阿狛への、家族への贖罪とするつもりだった。
だが、その相手は苦しそうな表情でこちらを見ている。
0-43
負けも勝ちもどちらでもいい。
ただ自分の望みを叶えられればそれでいい。
でも、正しいと思っていた贖罪は意味をなしていなかったようだ。
なら、どうしたらいいんだ。
・・・
最も速いものがこの世界で一番かっこよくて強いんだと信じていた。
だから全てを速さで叩き潰し、己の持論を証明し続けた。
このチームに入ったのも、相応しいディフェンスがいたからだった。
0-44
己の正面に立ち塞がる岩壁。
英熱高校の山王地の技を突破することができなかった。
何度も何度もぶつかったが、びくともしない。
そんなの許されない。
0-45
負けて良いわけがない。
速さが世界で一番優れていて、それを極めた自分は世界で一番強くなければならない。
どんな壁であっても、速ささえあれば穿ち抜けるはずなんだ。
だからもっと速く。
これ以上の速さなんてあるのか?
・・・
戦いにかける熱を共有できる人間であれば能力は問わない。
仲間が成長するまで自分が背中を支えてやろう、と自分の敗北を考慮していなかった。
しなくてもいいほどに、強かった。
0-46
なんだこのざまは。
止めるどころか一瞬減速させることすらできていない。
自分の熱に応えてくれる人間が欲しいだと?
今の自分は味方の熱にも、敵の熱にも応えられていないじゃないか。
0-47
初め真と仕合ったとき、真は大いに俺に負けた。
あれは俺たちの心に真という人間像を刻み付けた。
そんな真が今、呼びかけている。
これに応えずに、理想が語れるか。
否。
最後まで光を見失うな。
・・・
見るも無残なフィールドで、もっとも無残な姿をしている者がいた。
無能力なのにもかかわらず、全てのシュートに身を投げ出し続け、守備に貢献しようとした男がいた。
試合時間残りわずか。
この惨劇も残り数プレーで終わろうというなか、その男だけは得点を意識していた。
その結果引き起こされた奇跡が、世間に無能力者、
後に伝説の始まりと呼ばれるようになる瞬間が訪れる。
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