第11話 試合開始、そして…
「・・・作戦は以上だ。」
コンクリートと人の熱気でむせ返っていた外とは打って変わって涼しい控室で、作戦の最終確認が行われた。
強大すぎる敵に対して、己の力量を確かめられると意気込んでいるもの、戦えるかどうか不安になるもの、試合とはまた違う意気込みを持っていそうなもの。
それぞれの思いを胸に、狭い出口から順に入場用通路へ向かう。
ゲートの近くまで来ると、既に整列を完了させている
初対面の相手をまじまじと確認する俺とは対照的に、
こんなゲート前に私情を持ち込むのは場違いか。
相手チームに触発されるように意識を試合のほうへ向ける。
入場の合図とともに通路を抜けると、目が眩むような日差しと共に、会場いっぱいの歓声が俺たちを包み込んだ。
びりびりと肌を揺らす声に胸が高鳴る。
ほとんどの歓声が俺たちに向けたものでないと分かっていても、久方ぶりのこの熱量は心地が良い。
じりじりと焼き付けてくる日差しと共に歓声に身をゆだねていると、隣を歩いていた
「あそこにこの前のチビどもが見えるだろう。」
「本当だ。見に来てくれたんだな。」
先ほどとは打って変わって気さくな会話を持ちかけてくるなと思っていたら、想像だにしない言葉が
「これから貴様ら凡人どもは、俺様達に惨敗し、羞恥と絶望でサッカーを引退せざるを得なくなる。今のうちに純真無垢なあの姿を目に刻んでおくといい。」
「…気を使ってくれてありがとう?」
「なに、貴様らの心を折るために力を尽くしたというだけのことだ。感謝するほどのことではない。」
チケット渡したのは俺なんだけど。
その後に念押しでもしたのだろうか。
そんな些細なことは歓声の波に流されどうでも良くなっていた。
フィールドの中央で
その顔には、格下に対する侮りと、自分に対する絶対的な自信が浮かんでいた。
試合前の作戦で伝えられたことの中で最も重要なことがある。
試合中に成長しない限り俺たちに勝ちの目は無いということだ。
圧倒的な力の前でどこまで自分を高めることができるか。
俺たちの真価が問われる戦いが始まる。
・・・
試合は
センターサークル内には銀河一人。
事前の情報通りであるならば、既に危機的状況だ。
これがこの世界での常識らしい。
銀河はなぜか自分からボールを取りに行かない。
故に、銀河へのパスさえカットできればなんとかなる。
というか、できなければ試合にならないらしい。
だが、キックオフの瞬間はどうしようもない。
早速訪れた失点必至の状況に、全員の緊張が極限まで高まる。
しかし、その緊張を裏切るように銀河は俺にパスを出してきた。
「観客の興味もある。まずは貴様から潰すとしよう。」
あからさまな挑発だった。
まるで、自分は技を使いませんよ、と言わんばかりに手を広げながら近づいてくる。
「どうした?かかってこい。無能には惜しいチャンスだぞ。」
勝てる。
あまりに俺を侮りすぎているその態度に勝機を見出し抜き去ろうとした瞬間、異変に気づく。
俺の動きを確かに捉えたうえで、銀河はわざと何もしなかった。
「本当に、大金星を前に凡人は飢えた獣のようだ。いとも容易く罠に掛かる。」
計画通りと言わんばかりに笑みを浮かべた銀河。
それに呼応するように、銀河の背後に控えていた4人のMFが俺に襲い掛かってくる。
決して突っ込むことはせず、各々が俺の2手3手先を読みながらフォローし合う理想的な連携がなされていた。
だからどうした。
技を使わない世界で、俺以上は存在しない。
相手の想定を超えた瞬発力による急停止・急発進であっという間に2人を抜き去る。
その後、敵の前に蹴り出したボールにバックスピンをかけ残りの2人を吊り上げる。
戻ってきたボールをその勢いのままに背面に回し、相手にボールの位置を把握させずに置き去りにする。
睨むように背後の銀河の様子を確認し、その驚愕した姿から作戦はここまでであることを確信して前に向き直る。
一拍おいて、ワアッ、と湧き上がった歓声とともに更に前線を押し上げる。
DFは5人。
そのうち特に注意が必要なのが、
しかし、ここも俺の攻めに対してなんのアクションを起こす気が無い。
仮に銀河に指示されていたとしても、こんな簡単に突破されたら焦るもんじゃないのか。
そちらがその気なら、こちらの最大火力をかましてやる。
今回の作戦の要である、
この前の
大気が裂けるような振り下ろしから放たれた彗星ようなシュートが猛然とゴールへ迫る。
依然動きのないDFの背後で、GKの
静かに片手がかざされると、先ほどまで轟音を轟かせていた彗星が一瞬にして霧散してしまった。
話に聞いてはいた。
かつて勇牙たちがこの技に敗れたことを。
新技を獲得し、今度こそは打ち破ってみせると息巻いていた勇牙にはあまりに残酷な結末だった。
ギリッ、と勇牙が歯を食いしばる音が頭上から聞こえてくるようだった。
「だから侮らないほうがいいと言っただろう。」
英がゴールに向かって歩いてくる銀河へ苦言を呈する。
「まさか貴様に説教される日がくるとはな。」
銀河は特に気にした様子もなく笑い飛ばす。
「確かに侮りすぎた点はあった。だが・・・」
そう言葉を区切ると、英からボールを受け取った銀河が天高く飛び上がった。
「こいつらが弱いことに変わりはない。」
ゴールからゴールへの超ロングシュート。
目の前の勇牙を薙ぎ払い、敵陣へと向かう。
ディフェンス陣がそろってシュートブロックのための技を展開するが、脈動する獄賞の太陽が生み出す驚異的な推進力によっていともたやすく打ち砕かれてしまう。
残されたGKの仁王も渾身の力を込めて止めにかかるが、一切の抵抗も許されず穿たれてしまう。
0-1
英が止め、銀河が打った。
たったそれだけのことだった。
俺たち11人は、当然のことのように2人の人間に敗北した。
・・・
劇的な得点によって会場全体が英熱コールで湧く中、俺たちはどうにか均衡を保っていた。
保たせてもらえていた。
相手のDFとMFが技を使い戦うようになったため、俺は先程までと打って変わって影に徹することになった。
両サイドの駆と風、ストライカーの勇牙が絶えず攻め続けるが、GKどころかDFを打ち破ることすら叶わない。
相手がなにがなんでも銀河へボールを回そうとするので、それをカットして攻めを継続することはできているが、まるで虫かごの中の虫になったようだ。
執拗に観察され、銀河という圧倒的な力を持つ人間の気分次第で簡単に霧散する矮小な存在としてあがき続ける。
俺たちのチームは個の力でしか戦う術をもっていない。
故に、より強力な個の前に為す術が無くなってしまった。
うまく中盤を抜けたとしても、その後が続かない。
右サイドから駆け上がる駆は、山王地が作り出す岩壁に弾き飛ばされ、風は溟碧の生み出した大海に呑まれてしまう。
勇牙のシュートも守天の城を穿ち抜くことができない。
そして、守りは銀河一人の手によって崩壊する。
生殺しの状態だった。
「目障りだな」
銀河がボソッと呟く。
その視線の先には勇牙がいた。
絶えず続けられる前線での攻防に、ゆっくりと近づいていく。
銀河が自陣へ入り込むにしたがって戦場が中央へ寄っていく。
敵との距離が近づいていくなか、大空にボールを蹴り上げたのは勇牙だった。
そして、それを待っていたと言わんばかりに銀河が勇牙と同じ高さまで飛び上がる。
勇牙のシュートに合わせ、力の差を分からせるように足を振りぬく。
いともたやすく打ち砕かれた勇牙の技は、銀河の技を減衰させることなどできるはずもなく再び得点を許してしまう。
0-2
「認めよう。」
先程の呟きからは想像のつかない言葉を銀河が発する。
「何度打ち砕かれようと直向きに努力し続け再び俺様の前に立ちはだかり技をぶつけてみせた。貴様は凡人には成し得ない偉業を成し遂げた。おめでとう。」
本心ではないことがわかっているのに、まるで心の底から言っているような気持ち悪さに勇牙も気圧されている。
「これで後悔なく終われるな。」
「何言ってんだ?」
「ここで負けても清々しく終われるだろうと言っているのだ。」
「んなわけねぇだろ。」
「なぜだ?まさか…本当に俺様に勝とうとしていたのか!?その程度の実力で!?」
「こいつ!・・・せいぜい煽ってろよ。」
「煽ってるのは貴様だろう。」
突如腹の中に隠していた不快感をあらわにした銀河に勇牙の言葉が詰まる。
「天才打倒などという目標達成の1手段にすぎないものに人生を賭けている程度の貴様が、俺様の大義を打ち破れると、本気でそう言っているのか?」
「本気に決まってんだろうが。」
「最近の達観した若者なら一度の敗北で理解できると思うのだがな。貴様の脳みそははるか昔のもののようだ。古い存在はさっさと絶滅したほうが良いぞ。新しい時代の枷となる。」
「なにを・・・」
「ああ、もう話さなくていいぞ。面倒だがしょうがない。これも天才として生まれた者の責務だ。凡人に己の無力さを分かりやすく教えてやらねばな。ほら、戻れ。もう一度だ。」
シッシッ、と小虫を払うように銀河が俺たちに帰陣を促す。
「なんなんだぁ、あいつ。」
「あんま気にすんな。つぎつぎ。」
そう言いながらも、もう一度だ、という言葉に勝機が見えなくなる。
銀河が動かないことで仮初めの均衡を保てていたが、この言葉はそれが崩れることを意味していた。
…何にしろ俺は俺ができることをやろう。
声出して、走って、プレッシャーかけに行って、できること全部やろう。
それがきっとチームの為になる。
俺の為になる。
・・・
前半残りわずか。
0−25
勇牙を始めとして、フィールドの全員が等しくいたぶられていた。
打ち抜かれ、弾き飛ばされ、それでも足掻こうと走り回った結果、まともに顔を上げる体力すら尽きようとしていた。
「なんだ?抗うことすらできなくなったか。」
汗1つかいていない銀河が、見下し嘲笑うようにシュート態勢にはいる。
もはや空に跳び上がることもなく、地上で簡易的に技を放つ。
無意味だと分かっていながらも、俺はシュートに足を伸ばす。
毎度毎度足がもげてしまうのではないかというほどの威力を足で受け止めようとするが、新幹線に蹴りかかるような無力感とともに吹き飛ばされる。
守備の面々が疲労の色が滲む技で俺に続こうとするが、なんの障壁にもなれず穿たれる。
0−29
なんの打開策も編み出せないまま、前半が終わった。
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