第26話 大国天原

 きずなまこと灯理ともりは次の対戦相手である大国天原おおくにてんばら高校の偵察に向かっていた。


「そんな簡単に偵察とかできるのか?」


「遠征してきた高校用の公開練習場があるから、そこを覗くことはできるよ。ただ、大体はすぐに追い返されるね。」


「ならもっと少人数のほうが良かったんじゃ?」


「短時間だからこそ複数人で情報を盗みに行くんだよ。」


 「なるほど」と半分ぐらいの納得と共に目的地へと向かう。

 公開練習場のすぐそこまでたどり着いた途端、ビシャアァァン!!と落雷が落ちた。晴天からは想像もつかないほどの落雷が空気を割ったかと思うと、間髪入れずに巨大な竜巻が逆巻いた。竜巻が立ち上るその姿は、落雷によって目覚めた竜がゆっくりと首を持ち上げるかのように雄大で殺意に満ちていた。期待していた以上の情報の山が待ち受けている予感に胸躍らせながら、一行は公開練習場へ駆け出した。



・・・



 大国天原おおくにてんばらの主将、国立くにたち みことは、先ほどの天変地異が生み出したクレーターの横で口論になっている2人を見ていた。


「今まで積み上げてきた戦い方を鍛え上げるのが、一番優勝に近い方法だ!」


「そう言ってきた先輩たちの言葉通りにしてきた結果が今でしょ!?もうその考え方は古いんだよ!」


「だからといって、全部白紙に戻せば良いわけでもないだろう!?ベースは今までのやり方を維持していくべきだ!!」


「そういって一体何度俺たちの意見を押しのけてきたと思ってんだよ!!もうあんたらの言葉に信用なんてねぇんだよ!!俺たちは俺たちのやり方でやる!」


 新1年生が入ってきてからずっとこうだ。3年の南方みなかた たけると1年の天津あまつ 御雷みかづちは互いに優勝を志すが故に衝突し続けてきた。その衝突は部全体に及んで、今や南方みなかた派と天津あまつ派なんてものができているぐらいだ。ちなみに国立くにたち派はない。……一応主将なんだけどな。


「はいはい2人とも落ち着いて。勝者側で負けて悔しい気持ちは一緒でしょ?だから、次の相手に勝つことをまずは考えようよ。」


「「必要ない。」」


「まぁまぁそんなこと言わずに。ほら、神住かすみくんとか、あと日元ひもとくんとか動画でチェックしておいたほうが良いんじゃない?」


「確かに神住かすみは全国上位レベルの実力を手にしはしてるが、それだけだ。他が雑魚なら敵ではない。」

日元ひもとなんてチェックするまでも無いですよ。あんなたまたまシュートが入っただけで馬鹿みたいに騒がれてますけど、結局前回の試合何もできてなかったじゃないですか。」


 う~む。これが何の調べもせずに出した結論なら何か言いようがあるんだけど、ちゃんと真面目なんだよなぁ。二日前の試合もチェックしてるならもう何も確認することないよね。そして……


「このタイミングで格下と当たれるのは幸運だ。戦法の実践練習ができる。」

「そこに関しては同意するけど、その実践する戦法をどうするかって話でしょ。」


 と、再び2人はどちらの戦法が優勝の為に適しているかの言い合いに戻ってしまった。

 僕たちのチームの評価は、万年2位争いのチームだ。六道りくどう率いる古豪 将皇しょうこう学院との2位争い。王者 英熱えいねつには届くはずもないだろうという意見がチクチクと突き刺さってくる。正直、そんな英熱えいねつから1点もぎ取った日元ひもと君のことは尊敬している。あんだけ力強い意志を証明出来たら仲間も心強いことだろう。僕もあんなふうにかっこよかったらもっとチームをまとめられたのかな。と考えていたら、なんかいるんだけど。


「おい、バレたっぽいぞ。」

「声かけられるまではバレてないってことで。」

「これ大した情報手に入らなくないですか。」


 植木の根元でごそごそしだした3人に天津あまつ南方みなかたも気づいた。


「おいおい、な~に覗いてんだぁ?」

「噂をすればというやつか。」


「これは失礼。ただの敵情視察だから気にしないで続けて下さい。」


「続ける訳ねぇだろうが!さっさと帰りやがれ!!」

「お前らが雑魚だからといって、みすみす勝率を上げさせるわけにはいかない。さっさと帰って心残りなく負ける準備をしたほうがいいぞ。」


 彼は確かvanguardのキャプテン百福ひゃくふくくんだったかな。3人を代表するように2人と話をし始めたが、南方みなかたの言い方がひどい。そんな煽るようなことをしなくてもいいのに。

 そう内心そわそわしていたら、穏やか……というより落胆したかのように百福ひゃくふく君が切り出した。


「確かにこれ以上ここにいても得られるものはなさそうだし、帰ろうか。こちらがベストを尽くすまでもなく勝手に自滅していきそうだ。」


「は?」

「随分な言い草だな。」


「だってそうでしょ?サッカーに限らず、チーム競技っていうのは仲間の行動に意味を与えるからこそチームである意味があるんだ。にもかかわらず、派閥ができるほどに対立して歩み寄ることもしない君達がなぜチームとして強くなれると?」


「ぐぬぬ…。」

「…口では何とでも言える。お前は理想を語っているだけで現実が見えてないんじゃないか?事実として強いのは俺たちのほうだ。」


「なぜまだ戦ってもないのに断言できるんだい?」


「客観的な判断だ。」


「客観的ね…。なら、私の理想と君の現実のどちらが強いか勝負といこうじゃないか。そして思い知らせてあげるよ。君の言う現実がただの妄想に過ぎないということを。」


「良く吠えるな。」


「私単体では弱者だからね。でも、それでいい。チームが勝てるなら、それで良い。」


「ふん。後でほえ面をかく姿を見るのが楽しみだ。」


 急にボルテージが高まった舌戦を終え、偵察班の人たちが帰路についた。大人しくて上品そうな人だなと思っていたけど、とんでもなく好戦的じゃないか。でも、彼が放つ言葉は凄く胸に響いた。仲間の行動に意味を与えてこそチームスポーツか。僕は、仲裁をしてきはしたけど、みんなの行動に意味を与えれたことはあったかな。



・・・



 帰り道、まことが仰天したような表情で聞いてきた。


「お前…なんだって急にあんな煽りだしたんだよ。びっくりしちゃったよ。」


「ごめんごめん。侮られたまま負けられたら後味悪いからさ。やる気出してもらおうかと思って。」


「別に隙を突いて1点かっさらうぐらいのことはしても良かったんじゃないですか?」


「いや、どうせ勝つなら真っ向から勝ったほうが良い。」


「でも、それで負けたら元も子もないじゃないですか。」


「勝つんだよ。その先にしか、私たちの理想はないのだから。」


 勝たなければ理想は手に入れられない。かといって、小細工ありきの勝利では理想に手は届かない。現実を見ていないと言われるのもしょうがない大博打だ。けれど、この世界はすでに妄想で成り立っている。モラルも経済も何もかも、人間が都合の良いように妄想して全員がなんとなく納得しているから成り立っているだけだ。そんな世界で現実なんてものを見たってしょうがない。私は、私たちが理想に生きることは、きっと誰かの理想に繋がるはずだ。……そうだ。私の理想の始まりは、こんな感じだった。何か自分の原点への取っ掛かりを得たはいいものの、残り1日でそれを実らせられるかは分からない。とりあえず今は、チームの勝利の為に動こう。


 早々に切り上げた偵察を終えた後、私たちは練習に戻った。急にチームの管理を任せた神住かすみから愚痴を言われてしまった。正直予想はついていたが。

 今日は個人練習の形をとっているが、各々誰かと相談しながら技を磨いてるようだ。自然とこのような形になるのは1つの理想形だろう。


 終了時間になったのでまことと共に帰宅しようかと思ったが、なにやらまだしたいことがあるらしい。かけるごうの2人と何か話し合っているらしい。明後日の試合でどんな仕上がりが見れるか楽しみだ。

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