VS 将皇学園

第40話 業と業

 大国天原おおくにてんばら戦翌日。FC vanguardの面々は、いつものようにアクティブレストを取っていた。ただ、今回はグラウンドの外に出る決まりが設けられた。なぜなら、誰もかれもが、グラウンド内にいると練習をしたい衝動に負けてしまうからだ。新しく手に入れた力をもっと試したい者、より強い力を求める者など、難敵を降したFC vanguardはこれまでになく士気が高まっていた。


 だが、大国天原おおくにてんばらと戦ったことによる疲労は、そんな中途半端な休みの意識では取りきることができない。加えて、次に戦う相手は、前年度2位の成績を残した将皇しょうこう学園なのだから、より万全の状態で試合に臨みたいところだ。


 ということで、俺、日元ひもと まことは、靴屋の熊店長を尋ねることにした。きずな曰く、熊店長のサービスでいつでもスパイクの無料点検をやってくれるとのことだったので、近況報告のついでに寄ることにしたのだ。


「こんにちは~。」


 そう挨拶しながら店へ入ると、熊店長がガタイの良いお兄さんと話してるところに出くわした。


 店に辿り着くと、開きっぱなしの入り口から熊店長と誰かの話し声が聞こえてきた。


「そんなケチなこと言わないでちょうだいよぉ。私たちの仲じゃない。」


「だからこそ、大先生の肩だけを持つってわけにはいかねぇな。」


「もう!なら、熊ちゃんがどっちの肩も持てるようになるまで居座ってやるんだから!」


「おうおう、好きなだけ居座っときな。ちょうど試作品の評価が欲しかったところだ。」


 渋い声とツヤツヤした声が会話を終えたのを見計らって、覗き込むように店に入る。


「こんにちは~。」


「はぁい、こんにちは……って、あらまぁ!」


 挨拶しながら店に入った俺を出迎えたのは、おそらく熊店長と会話してたと思われるガタイの良いお兄さんだった。俺は全くその人のことを知らなかったが、相手は違うらしい。「あらあらあらあら」と呟きながらこちらに近づいてくる。


「あなたもしかして、FC vanguardの日元ひもと まことくんじゃない?」


「そう、ですけど……。」


「あ!ごめんなさい!!いきなりこんな詰め寄ったりしたら不気味よね。私の悪い癖だわ。」


 「謝るぐらいならそもそもやるなよって感じよね」と、嘘みたいに縮こまったお兄さんは、弱々しく名刺を差し出してきた。


将皇しょうこう学園で先生やってます。大文字だいもんじ のぞみです。サッカー部の顧問もやってます。」


将皇しょうこうって……次の対戦相手!?」


「はいぃ、そうですぅ。」


 後ほど偵察に出向く話はチーム内でしていたが、まさかこんなとこで出くわすとは。


「そこの顧問が、一体どうしたんですか?」


「実は……。」


 大文字だいもんじ先生が話しづらそうにしていると、熊店長がいくつかスパイクを抱えて戻ってきた。


「おお!来たか、兄ちゃん!この前の試合も見てたよ!大活躍だったな!!」


「まだまだ俺は強くなるぞ。」


「ダッハッハ!!そりゃ楽しみだ!ところで、なんで大先生はこんなことになってんだ?」


「実は……。」


 一連の流れを熊店長に話すと、熊店長は呆れた目で大文字だいもんじ先生のことを見ながら、俺に話をしてくれた。


「こいつは元プロ選手でいろいろあって今は部活の顧問してるんだが、その経歴もあって人間の体にとっても興味があるらしいんだ。そんで、兄ちゃんの身体能力は何もかもが未知だから知りたいってなったとき、兄ちゃんのスパイクに俺の影を感じてここに来たってわけだ。」


「敵情視察みたいなものではないんだ。」


「こいつ曰くそうらしいが、万が一兄ちゃんが不利になるようなことを言っちまったら面目立たないからな。お引き取り願ってたんだが……。」


「偶然居合わせた俺を見て、我慢ができなくなったと。」


「まったく、困った奴だ。」


 もはや豆と言っていいほどに萎むきった先生に、俺は交渉をしてみることにした。


大文字だいもんじ先生って、この世界のサッカーのことに詳しいんですか?」


「この世界……?まぁ、分野にもよるけど、詳しい部類の人間だと思うわ。」


「じゃあ、その情報と引き換えで先生の望み叶えてあげます。」


「まあ!ほんとう!?もう何でも聞いてちょうだい!!」


「なんでも答えちゃったらチームの不利になっちゃうんじゃないですか?」


「そこはもちろんヒ・ミ・ツ。」


「そりゃそうか。」


 導入が一段落したところで、さっそく本題に入ることにする。


「俺は、技を使えるようになりますか?」


「申し訳ないけど、何とも言えないわね。まだまだ技については未知の要素がたんまりあるのよ。」


「そっかぁ。」


「やっぱり技は使いたい?」


「使いたいです。」


「その技がどれだけ弱くとも?」


「はい。」


「……面白いわね。この質問したとき、弱い技は嫌だという子がほとんどなのだけれど……。」


 そう言うと、大文字だいもんじ先生は少し考え込んだ。言葉が見当たらないというよりは、どの言葉を選んだらいいか悩んでいる様子だ。その後、己の無力さを嘆くように息を吐き、言葉を続けた。


「こういう悩みを解決できるようになるために努力してきたつもりだったのだけどね……。ごめんなさい。何も力になれそうにないわ。」


「いや、俺も難しいこと聞いちゃってすいません。」


「謝る必要はないわ。私の想像力が足りなかっただけよ。あなたの非は1つも無い。」


「そう、ですか。」


「あと、脚を見せてくれる必要もないわ。私は何も答えられなかったのだから。」


「そう……。いや、やっぱ見てってください。」


「だめよ。つり合いが取れないわ。」


「つり合いは取れてます。とても思慮深い人が顧問をやってるという情報が手に入った。こちらも何か返さないと。」


「……そう?なら、遠慮なく♪」


 ルンルンと膝をついて俺の脚を観察し始めた先生は、みるみるうちにその顔を青ざめさせていった。


「アキレス腱断裂の治療跡、異様に発達した筋肉の各地にある窪みのようなものは……まさか、筋肉が断裂したことによるアンバランスな発達?足の甲に至っては、なにこれ……鉄板?骨?訳が分からない……。」


 触診もほどほどに顔を上げた先生は、思いつめた顔で俺に聞いてきた。


まことくん。あなたは、なぜそんなにも技にこだわるの?」


「仲間と肩を並べたくって。」


「十分並べられてると思うわ。慢心させようという意図じゃなく、客観的に見た話よ。」


「う~ん。なんか上手くは言えないんですけど、他の人たちとは違う形で認められてる気がするんです。弱さを受け入れてもらったうえで認められてるっていうか……。本来無いほうが良い弱さに、特別な価値が宿っちゃった感じがするんです。」


「そう……。それは、ごうが深い悩みね。」


 先生はまた考え込むと、覚悟決めたように言葉を発した。


わざというのは、ごうである。」


「え?」


「ある学者さんが提唱した説でね、技の発現には、本人では制御できないごうが関わっているっていうものがあるの。ごうっていうのは、前世の報いとか、理性で制御できない感情とかね。非科学的な話よ。」


「へぇ。」


「私はね、この説は少しだけ合ってる気がするの。前世とかは知らないけど、技を使う人たちはみんな、何かしらのごうを背負ってると思うの。そして、あなたのそれは、今まで私が見たなかでとびっきりに重いごうよ。」


「つまり?」


「あなたもきっと技を使えるようになるわ。それも、時間の問題でね。」


「そっか。」


 特に根拠のある言葉ではなかった。けれど、それでもその言葉を言ってくれることの意味が、先生を先生たらしめているような気がした。


・ ・ ・ ・ ・


 店から去る直前、先生が一言残していった。


「今頃うちの子たちがあなたのチームの子たちにお世話になってる頃でしょうから、よろしく頼むわね。」


 その言葉の意味するところを知るのに、大して時間はかからなかった。

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