第19話 初手で仕留める

『はつらつとした太陽が青空を鮮やかに輝かせる夏晴れの中、満員御礼でお送りしますはレジェンドリーグ敗者側一回戦。敗北の傷を背負いながらも、目の前の勝利を勝ち取りに来た男たちの紹介だぁ!!』


 ショーの始まりを祝すような歓声と共に、コート中央上空でまことたちの映像が流れ始めた。


『最強対最弱。誰もが絶望した力量差のなか、希望に手を伸ばし続けた男たちがいた!48-1というリザルトが告げるのは夢の終わりか!!はたまた伝説の始まりか!!本大会屈指の特異点!!FC vanguard!!!』


 口上の終わりと共に、びりびりと大気が揺れるほどの歓声が響き渡った。その歓声の大きさは、この場の誰もが伝説の始まりを待ち望んでいることを示しているかのようだった。


『さぁさぁ、そんなイレギュラーなやつらを迎え撃つのはこいつらだぁ!!灼熱の砂浜、果てしない海、躍動する生命、愛したものは漢を賭けた真っ向勝負!海の彼方から轟くは気高き漢唄!!常夏の化身!蒼海そうかい高校!!』


 会場の声援に張り合うように蒼海そうかい高校の選手たちが声を上げる。それは、口上通り真っ向から殴り合う意思の表れのようだった。会場も選手もどちらのボルテージも最高潮まで高まった。もう次はない戦いが始まる。



・・・



 日元ひもと まことは、3トップの右サイド、ライトウィングの位置で相手を観察していた。


 試合前の灯理ともりきずなによる解説を思い出す。じょう率いる蒼海そうかい高校のフォーメーションは、守備をじょうとGKのみに任せた超攻撃型フォーメーション。特筆すべきは炎天下の砂浜で培われた足腰とスタミナで、試合の最初から最後までフルパワーで襲い掛かってくる。そんな彼らの必殺ともいえる戦型が、唯一のDFであるじょうすらも前線に加わる形だ。

 それを踏まえたうえで、センターサークル内でキックオフを待つ相手を見る。蒼海そうかい高校のエースであるかん 大人だいじんと、海人かいじん じょうがそこにいた。それが意味するところは明らかだろう。こちらが変化を起こす間もなく、息の根を止める。初手で仕留める気だ。



・・・



 開始のホイッスルが鳴ると、センターサークルから溢れ出てくるように大海原が押し寄せてきた。中央の決壊点で向き合っていた海人かいじんかんは大きく足を振りかぶり、ボールを上空へ蹴り上げた。点取り屋のエースと、チームを支える長が蹴り上げたボールは、地面一杯に広がった大海原だけでなく、周囲の熱すらも吸収し巨大化していった。熱が静まり返った世界で、圧縮された巨大なエネルギーを抑え込むために渦巻く水球体表面の激流の音だけが轟いていた。飛び上がった2人の漢が解放した紺青の爆発の名を、


大海の雫ブルーノヴァ

 

 冷たい敵意に真っ先に反応したのはまこと含むFWの面々と、後衛から駆け出していたSBのかけるふう。技の完成を妨げるように突っ込んだまことは、わずかに間に合わず、噴き出してきた海に吹き飛ばされてしまっていた。完成した技が猛然と突き進む道にまず噛みついたのは、天才に蛮勇と称された男、勇牙ゆうが義一ぎいちとの練習でわずかに精度が高まったかのように思えた技は、未だ大いなる力には敵わず飲み込まれてしまう。機動力の劣るごうより先んじて前線へ到達したかけるふうは、息の合わなさが災いし、技をまとった状態で激しく衝突してしまった。幸か不幸か生み出された火災旋風は、激流の一部を相殺したものの、シュートはごうが生み出す地を凹ますほどの重力をこじ開けながらなおも進み続ける。中盤からはまず灯理ともり晴己はるきが飛び掛かったが、いかんせん技の相性が悪すぎた。晴己はるきが新たに開発した身体強化の白い大翼はあっけなくもぎ取られ、灯理ともりが率いた軍も自然の前には無力だった。残る壁はきずな神住かすみ吽犬うんけん、そしてGKの仁王におう。迫りくる激流は、きずなの黄金の濁流が押し勝つことを許さなかったが、かけるたちによって削られた勢いではその質量を圧倒することはできなかった。そこに乗じるように吽犬うんけんの遠吠えによる音爆が加わり、技の威力は当初の7割ほどになった。

 チームが誇る2人の鉄壁であれば、かろうじて止めることができるかもしれないという中で、鉄壁の1枚、神住かすみに異変が生じる。神住かすみは一瞬の逡巡を見せた後、意を決したかのように筋骨隆々の巨人を召喚した。英熱えいねつ戦で油断はあったとはいえ銀河ぎんがすら弾き飛ばした巨人は、十字架に鎖で縛りつけられ身動きが取れなくなっていた。だが、その巨人が吐き出すおぞましい叫びの壁は、迫りくる必殺の一撃と互角に渡り合えていた。ほんの一瞬両者が拮抗したと思った瞬間、突如神住かすみの巨人が塵となって消えてしまった。当の神住かすみも驚愕したように目を見開いている。

 想定よりもはるかに強い勢いを保ったまま、シュートが仁王におうへと襲い掛かった。おどろおどろしい門から現れた異形の手は、自身よりもはるかに大きな激流の芯を確かに握りしめた。仁王におうは、全身の筋肉が悲鳴を上げるほどの抵抗を見せたが、その勢いの全てを刈り取ることはできなかった。仁王におうごとゴールを貫こうとするシュートを、仁王におうは反射的に拒絶した。その結果生み出された不完全な技がシューㇳの軌道を斜め後方へと変えた。ギリギリポストに当たらずにゴールへ入ってしまいそうなシュートに足を伸ばしたのは、コート外まで弾き飛ばされていたまことだった。オーバーヘッドの形でなんとかシュート阻止をし、一安心と思ったのも束の間、こぼれ球へ無数の敵が詰めてきていた。その敵の集団を吹き飛ばすようにコート中央からかけるが走りこんできたが、多勢に無勢で再びボールを奪われてしまう。大技を受け止めた反動でまだ態勢が整っていない仁王におうのもとへシュートが撃ち込まれる。

 ゴール前の混戦に終止符を打ったのは、巨人を従えた神住かすみだった。フラッシュバックが起きる間もないほどに衝動的、刹那的に展開した技は、一瞬にして敵の集団ごとシュートをコート外へ弾き飛ばした。


「もう負けるわけにはいかないんだよ。」


 自身の理想像とかけ離れた自分の姿に苦しむ神住かすみは、自分自身に強く言い聞かせるように言葉を吐きだした。


「いいねぇ。倒しがいがあるってもんだ。」


 必殺の一撃を防がれたじょうは、いまだこちらの優勢は覆らないと焦った様子は見せない。事実、このまままことたちが何も戦略を立てなければいずれ点は取れるだろう。絶望的な差とまではいかずとも、格上である相手に対してまことたちはどう戦いを挑んでいくのだろうか。



・・・



 神住かすみ 天地あまつちは苦悩していた。


 しっかりしろ。窮地に立たされれば使える程度の精神的問題なんだ。勝ちに来たんだろう。こんな体たらくでどうする。もっとだ。もっと、自分を追い込めば…。

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