第20話 ダイバー
初動の激突からしばらく、両者の均衡はギリギリのところで保たれていた。
最初の内はまんまとその作戦に絡めとられた。だが、前半半分を過ぎたあたりから、相手選手1人の暴走によって、場が混乱し始めた。
「目も当てられないな。」
試合前とは異なり、
・・・
そんな異能を授かった
はたから見れば毎日を充実して過ごせているように見える
それでも
・・・
「どうした。」
ある日、うまく寝付けずに布団から抜け出し居間へ向かったら、親父がテレビでサッカーを見ていた。普段はテレビの奥の人間の海はぼんやりとしか見えないが、その日は違った。絶望的な点差のなか、1人の男が覚醒した。その男はみるみるうちに点差を詰め、最後には逆転を果たしてしまった。後になって知った話だが、これは親父が録画していたもので、今でもなお伝説として語られている一戦だそうだ。そんな情報どころか、サッカーすらやってなかった俺でも分かるほどに、それは劇的なものだった。一寸先も見えないほどに視界を覆う豊かな海が次々と姿を変えながら押し寄せてきた。それは俺の心の深淵すらも覆いつくすほどに、衝動的で、泥臭く、雄大だった。呆けたように立ちすくんでいる俺に、親父が一言言った。
「惚れたか。」
「…あぁ…そうだな…。」
それを認めることの気恥ずかしさなんてものは一切なく、心の底から言葉が出た。
「親父。」
「なんだ。」
「俺、デッカイ漢になってくるわ。」
「そうか。」
噛みしめるように微笑んだ親父は、何かを思い浮かべるようにそっと目を閉じながら応えた。そのときの親父の心境は、海をまじまじと見ずとも分かった。
・・・
あの日から3年。紆余曲折ありながらも、俺は
「これは?」
「あっちは人がたくさんいるからな。」
俺の目のことを心配してくれたのか。こんなの見たことないから特注品だろう。激しいスポーツとはいえ過剰なごつさのゴーグルを見て、口下手な親父が口下手なりに一生懸命俺のことを考えて注文してくれたことが察せられた。本当に、最後まで支えてもらってばっかだな。俺は貰ったゴーグルを首にかけて、出発の準備を整えた。
「じゃ、行ってくるわ。」
「あぁ、行ってこい。」
・・・
親父だけじゃない、今フィールドにいる仲間も、死闘を繰り広げたライバルたちも、俺が出会ってきた全ての人が俺を支えてくれている。だから、1人で抱え込んでるだけのお前は、万が一にも俺に勝てることはない。
前半ラスト。DFの俺のもとへ、孤独なバーサーカーが襲い掛かってきた。自分を追い詰めた甲斐があったらしく、DFが苦手な俺の仲間を次々になぎ倒していく。鎖を引き千切らんとする巨人の熱は周囲の空気を歪め、今日一番の威力をもってゴールを奪い取る気迫が感じられた。だが、それをもってしても俺のほうが強い。一瞬にしてせりあがった水の城壁は、内部の生命と共に留まることを知らずに天へと伸び続ける。バベルのようにせりあがった海壁が示すのは、無数の命とその記憶の神々しさ。
孤独な巨人に、神の裁きが落とされた。
・・・
前半終了のホイッスルが鳴った。
これでもダメなのか。どうしたら、自分は前に進める。理性は前へ進むことを理解している。感情も進めと叫んでいる。なのに、なぜ俺の体は、俺が力を使うことを許してくれないんだ。
そう苦悩する
「答えが欲しいか?」
心を見透かしたかのような言葉に、思わず顔を上げてしまう。ただ目が合ったというだけなのに、
「海ってなんであんなにでかいと思う?」
意味も分からなければ答える理由もない問いに、無言で返す。それを気にした様子も無く、
「海はな、一番低いところで全部を受け止めてるからでっかいんだぜ。」
「…俺はそれに値しないって言いたいのか?」
「おいおい、自分の妄想と会話しないでくれよ。俺はな、DFは海みたいにでっかくなれるポジションだと思ってんだ。GKがどんと構える山なら、DFは海。俺もあんたも他の誰だってそうなれる。」
「…。」
「だからな、あんたの仲間の顔も見てやれよな。」
無我夢中に足掻くことで精いっぱいで、仲間の顔どころか姿すら意識して見ていなかった。
「すんごい気迫だったぜ、あんたのお仲間。あんたが乱した均衡を保つ為に鬼気迫るって感じ。」
「まさか気合の面で上回られるとは思わなかった」と、素直に感心したように
「あんたが本当に答えが欲しいって言うなら、まずは外を見てみるといいぜ。そうしてでっかくなった後に、また自分と向き合えばいい。そしたら答えが見つかるかもな。」
何もかもお見通しですと言わんばかりの
「敵に対して、随分と塩を送るんだな。」
「お生憎様、海からは大量に塩が取れるんでね。この程度屁でもないのさ。」
感謝の言葉すら言えず吐き出した偏屈な言葉も綺麗にあしらわれた。一体俺は何をしているんだ。自己嫌悪に苛まれながらチームのもとへ戻る。
その最中、無意識に観客席へと目を向けてしまった。そこには、先日この試合に招待した人の姿があった。俺が傷つけた相手であり、そんな俺を許してくれた善人でもある
俺は何もできない。
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