第18話 勝ちにいくということ

「俺に、サッカーを教えてほしい。」


「へ?」


 てっきりまた吹き飛ばされるものだと思っていたのもあって、素っ頓狂な声が出てしまった。まさか、かけるが俺に頭を下げるだなんて思いもしなかった。しかも、その理由がサッカーを教えてほしいからだなんて想像だにしなかった。しかし…


「教えるも何も、かけるのほうが俺より強いだろ。」


 そう。技の使えない俺は、かけるよりもはるかに弱いプレイヤーだ。教わることはあれど、教えることなど無いように思えた。一体どうして俺に教えを請おうと思ったのだろうか。


「俺がまことより強いからこそなんだ。何するにしても俺のほうがまことより強い。でも、まことに勝った気がしない。入団試験の時も、セレクションの時も、英熱えいねつ戦のときも。どれだけまことを吹き飛ばしても、どれだけまことより強くても、勝った気がしない。俺は、どうやったらまことに勝てる?どうしたら、まことに勝てる強さを手に入れられる?どうしたら、もっと強くなれる?」


 胸がすくほどの正直な言葉に、驚きを通り越して感慨深くなってしまった。まるで弟子の成長を目の当たりにした師匠のような気分だ。別に師弟関係ではないけど。それはともかく、俺でも力になれそうな相談内容でよかった。この理論は俺の持論でしかないが、参考程度にはなるだろう。


「自分の何が相手にとって脅威となり得るか考えたことあるか?」


「考えたことはないけど、スピードだろ。」


「そうだな。じゃあかけるにとって、俺のどこが脅威か説明できるか?」


「ん~~、何してくるか分からないところとか?」


「悪くないな。じゃあ、最後の質問だ。かけるの脅威はどうしたら俺の脅威に勝てると思う?」


「……分からない。というか、それが知りたいんだよ。」


「まあまあ、そんなに答えを急ぐなよ。多分、これまでかけるは戦えば勝てていたんだろう?自分の得意とすることを押し付けて勝ってこれた。けれど、そのやり方に限界が来た。」


「…だから頭下げたんだろ。」


「そうだな。だから、俺が築き上げた勝ち方を授けよう。」


「勝ち方…。」


「まず一つ目。勝ちはもぎ取りにいけ。」


「そんなこと前からやってるよ。」


「いぃや、まだ甘いね。かけるは今まで、戦った結果勝つことが多かったというだけで、勝ちをもぎ取りにいっていたとはいえない。なぜなら、勝ちをもぎ取るためには、相手のことを知る必要があるからだ。」


「だから、初めにあんな質問してきたのか。」


「その通り。今、かけるが、俺、はたまた他の奴らから勝ちをもぎ取れる気がしないのは、ひとえにそいつらの脅威を正確に把握できていないことにある。そして、それを正確に把握できていないのは、かける自身が自分の脅威の大きさを正確に把握できていないことが原因だ。」


「そうなのか?」


「あくまで俺の持論だけどな。相手の本当の脅威は、自分の本当の脅威を通してしか見れないと思うんだ。」


「なる…ほど…?」


「まあ、この理屈の真偽はどっちでもいいかもな。大事なことは、相手の脅威と自分の脅威を正確に把握するってことだ。その二つが分からなければ勝ち筋は見えてこない。そしてその勝ち筋を死に物狂いで掴み取りにいくのが、勝ちをもぎ取りにいくってことだ。」


 我ながら綺麗に説明ができたような気がする。そんな自己評価とは裏腹に、まだ理論を咀嚼しきれていない様子のかけるが、頭をぐねぐねと揺らしている。上手く伝えることができなかったことを無念に思いながらも、自分が発した言葉について一生懸命に考えてくれてることが、何とも言えない嬉しさを湧き上がらせてくる。


「自分の脅威を知るってどうやったらいいんだ?スピードが俺の全てだぞ。」


 不完全ながらも咀嚼が終わったような顔でかけるが疑問を投げかけてきた。なるほど、話が抽象的すぎて個人の問題を解決するには不十分だったのか。確かに、自分という殻を破るのが一番大事なことであり、一番難しいことだったな。本来であれば、そんな難しい問題について俺が助言できることはないのだろう。けれど、今回は1つだけ、俺のサッカー人生を通して得た学びを授けることができる。


「スピードの形は1つとは限らないぜ。」


 その返答にかけるが再び難しい顔になる。頑張ってこらえていたが、ころころと変わる表情が愉快で、笑いが漏れてしまった。笑われたかけるは、髪を逆立たせながらギャンギャンと怒った。それすらどこか愉快で、ヒーヒー笑いながら謝ると、不満気な顔をしながらかけるは怒りを収めてくれた。


「夕飯前の考え事でひらめけなくても仕方ないさ。食って寝て、そっから考えたほうが良い。」


 そう言いながら、かけるたちが使ってたと思われるボールへ足を運ぶ。


「とりあえず俺に勝ちたいんだろう?なら、やろうぜ。俺もやりたいことがあるんだわ。」


 かけるもこういうのが性に合っているようで、勉強を終えた学生が鬱憤を晴らすときのように生き生きとしている。


「どんな勝負にする?」


「夕飯までに多く勝ってたやつの勝ちで。」


「いいよ。かかってこい!」


 暴れまわる炎とじゃれる俺の姿を眺めていたふうは、気づいたらいなくなっていた。楽しくて視野が狭くなっていたかと反省していたら、ふうの家族っぽい人たちがBBQセットを抱えてやってきた。それと同時にかける家からもぞろぞろと人が出てきた。

 かけるふうが衝突して火災旋風を巻き起こした時は、来花くるはな家と火囃ひばやし家の両家でパーティーを開く習慣があるそうだ。そして、たまたま来花くるはな家がBBQをやるところだったので、全員でBBQパーティーをすることになったらしい。俺も誘われたので、きずなに夕飯はいらないという連絡を入れたところ、きずなも来るという。数分後、両手にBBQの食材を抱え、上機嫌なきずなが現れた。メンバー全員が試合に出てくれることが分かってきずなも安心したのだろう。きずなが持ってきた追加の食材に、パーティーもより盛り上がった。

 明日は敗者側トーナメント一回戦。そこに誰も欠けず出場できることを今は祝っておこうと思う。あと、野菜は炭で焼くと甘くなるようだ。肉とはまた違うみずみずしいジューシーさと、心地よい歯ごたえがとても美味しかった。



・・・



 試合当日


 海開きをするなら今日ほど適した日はないだろうというほどの夏晴れ。そんななか、まるで船に酔ったかのような顔色の男がいた。


神住かすみ、お前、体調大丈夫か?」


「大丈夫…。」


 さっきから誰が何を聞いても「大丈夫」しか出てこない時点で、何も大丈夫ではないのだが。きっとその場の全員がそんな顔をしていたのだろう。神住かすみが生気の無い顔のまま背筋を正し、ゆっくりと口を開いた。


「本当に大丈夫だ。この試合の重大さは全部わかってる。俺はここに勝ちに来た。」


 先ほどまでの覇気の無さは掻き消え、この世に未練を残した亡霊のような迫力を発する神住かすみを前にして、心の中で静かな闘志が宿るのを感じた。


「とってもクールだね。」


 そんな俺の隣に、見知らぬ男がやってきた。灼熱の太陽にこんがりと焼かれた肌に映える明るい髪をしている。そして何よりも特徴的だったのが、潜水用のゴーグルのように武骨なサングラスだった。その不思議な男が、こちらを不思議そうに見てくる。


「ん~、ユニークどころの話じゃないねぇ。さすが、噂されるだけあって面白いものを見せてくれるね。センキューセンキュー。」


 何を言っているのか分からないままに握手をされ、ぶんぶんと手を振り回された。


「あの…誰?」


「おっと!これは失礼。あまりにも珍しかったからつい興奮してしまったよ。」


 大げさに俺の手を離すと、豊かに表情を変えながら俺たちの前へと移動した。男はゴーグルを首まで下すと、不敵な笑みを浮かべながら話し始めた。


「俺の名前は海人かいじん じょう!九州地方代表蒼海そうかい高校サッカー部部長であり、今日君たちの前に立ちはだかる絶望さ。」


 不思議な雰囲気だった先ほどとは一転、強者としての風格を感じさせるふるまいに気持ちが昂る。海人かいじん じょうと名乗ったその男は、俺たちの反応を楽しむように全員を流し見した。


「いいね。決して美しくはないが、生存を求める泥臭さが伺える良い海だ。なかでも際立つのは……君と君だね。」


 そう言いながら、じょうは俺と神住かすみのほうを見た。海とは一体何だろうか。なかでも際立つというのは、俺の特異性に関係しているのだろうか。だとしたら、神住かすみは何なのだろうか。体調を海に例えてるとか?俺はまだ万全じゃないのかな?


「ま!何はともあれ、今日は良い試合にしよう!!よろしくよろしく。」


 場を荒らすだけ荒らしたじょうは、天気雨のようにスパッと去って行った。


「なんなんだあいつは。」


 ボソッと神住かすみが漏らした。ほんとになんなんだろうか。



・・・



 海人かいじん じょうは、鼻歌交じりにフィールドへ赴いた。


 片や無。片や海の形ごと変えてしまうのではないかと思うほどの胎動。全体的には、不安定ながらも強い意志を持った良い海だ。良い海だが、俺たちには及ばない。一つ懸念点があるとすれば、不安定が上振れた際の覚醒だ。前試合の映像から、彼らが逆境に追い込まれれば追い込まれるほど上振れるチームだというのは良く分かった。ならば……


「試合終了まで切り札を隠してしまおうか?」


 そうチームに問いかける。すると、仲間の心の海は燃えるように逆巻いた。


「そうだよな。違うよな。」


全員の意志を確認するように、ゆっくりと全員と目を合わせる。おや、3年間付き添ったやつらは、俺がやることを分かりきっていたようだ。不安で揺らいでいた波が凪いでしまっている。長いこと付き合っていれば、さすがにこの悪癖もバレるか。あえて相手の海が過剰に反応しそうな言動をとってその反応を知りたがるこの癖。だが、それでいい。たとえ、もう敗北が許されない崖っぷちの状況だったとしても、俺たちがやることは変わらない。


「初手から必殺の一撃をぶちかます。相手が覚醒しようがしまいが関係ないほどに差を広げる。これが俺たちの勝ち方だ。」


 俺たちの夏を決める試合が始まる。

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