第17話 2人の一匹狼

 試合まで残り1日。きずなに強制的に帰宅させられ潔く眠りについた俺は、何に起こされるでもなく自然に目を覚ました。時計を見ると、既に練習開始時間を過ぎている。なんできずなは起こしてくれなかったんだと文句を浮かべながら部屋を出ようとすると、ドアに張り紙を見つけた。


「体の調子が万全であることを確認してからくること」


 その張り紙を見て、きずながあえて自分のことを起こさなかったのだと理解した。昨晩は短い間にいろんなことがあったからすっかり忘れていたが、俺は、重傷のため試合後2日も寝たきりだったのだ。遅刻の焦りをいったん置いておいて、自身の調子を確認する。慣れたことではあったが、重傷と思えた体のほとんどからは痛みがひいていた。なので、一目見ただけで心配されてしまうほどの包帯たちを、むしり取るように外した。圧迫されていた部位が解放される感じが心地よい。ゆかりさんが用意してくれたご飯をたいらげ、一刻も早く練習に参加するために家を飛び出した。


 練習場に着くと、昨日まで練習に来ていなかったらしいメンバーの一人、勇牙ゆうががいた。そして、その近くには義一ぎいち晴己はるきの姿があった。義一ぎいちから聞いた話によると、英熱えいねつ高校戦後、押しかけてきた勇牙ゆうがに頼まれ稽古をつけていたそうだ。チームには断ったうえで来ていると思っていた義一ぎいちのもとに、勇牙ゆうがのことを心配した晴己はるきが来たことによって、勇牙ゆうががチームになんの断りもなく練習をすっぽかしていたことが分かったらしい。


「そんでお前らの練習場に来てみたら全然人数が足りてなかったからよぉ。仕方なく練習に協力してやってんだわ。」


 予選での激闘でハイスタンダードな選手へと成長した義一ぎいちは、その能力をいかんなく発揮し、各メンバーの能力向上に尽力してくれていた。特に、同じ高校の勇牙ゆうが晴己はるきには厳しく指導を行っていた。


「どうした!!そんなもんか!!勇牙ゆうが!!てめぇそんなへなちょこシュートで満足してんのか!!」


「してねぇよ!!」


「ならさっさと俺程度超えやがれ!!晴己はるき!!てめぇはいつまでサポート面してんだ!!自我を出せ、自我を!!」


「今頑張ってるところ!!」


「ならぶっ倒れるまで頑張らせてやるよ!!もう一本だ!!」


 死に物狂いで鍛錬を積む3人に触発されるようにチームの熱も上がってきた。今日限りとは言わず、この先も一緒に練習したいものだ。


 あと戻ってきていないのはチームの両翼を担う2チビ、かけるふうだけだ。きずなたちが家まで出向きはしたそうだが、かけるは話も聞かずに裏山ダッシュ繰り返し、ふうに至っては家から出てすらくれなかったらしい。かけるからは試合に出てくれる希望を感じるが、ふうの様子が気がかりだ。明日の試合はどうなってしまうのだろうか。少し様子を見に行ってみよう。



・・・



 話は英熱えいねつ高校戦の翌日、試合まで残り3日のところまでさかのぼる。

 

 来花くるはな ふうは、練習をサボりゲームに勤しんでいた。その理由は単純で、ただサッカーが楽しくなくなったからだった。トライ&エラーもくそも無い理不尽な敗北。なんであんなのと戦うために練習する必要があるというのか。そんなことするよりも、家でゲームしていたほうが楽しいに決まっている。

 ゲームは最高だ。わざわざ特訓設備を自作する必要もないし、創意工夫次第でどんな敵にも勝つことができる。与えられた条件の中で試行錯誤していく様は、失敗に対して敏感な現実社会を生きるよりもよっぽど生きている感じがする。幸い素質も十分にあるみたいだし、プロゲーマーでも目指してみようかな。


・・・


 同日


 火囃ひばやし かけるは裏山を走り続けていた。自分の中のもやもやを晴らそうと練習場に行ってみれば、まことふう神住かすみもいない。意味が分からず、憤るままにふうの家に突撃したが、あの野郎は居留守を使いやがる。

 分からないことに腹が立つ。鍛え上げてきた速さが一切通用しなかったことも、目覚めてからテレビで見たまことの大活躍も、なんでか練習しに来ないやつらのことも、何もわからなくて腹が立つ。どうしたらあいつに勝てる?どうしたらまことのように弱いままに相手を凌駕できる?分からないまま終わりたくない。でも、メンバーが揃わないと終わってしまう。何一つ自分一人では変えられない。自分の弱さに腹が立つ。


・・・


 試合まで残り2日


 今日も今日とて、来花くるはな ふうはゲームに勤しんでいた。オンラインランキング一位を取ることもでき、順風満帆にゲームを楽しんでいた。ただ、それも終わりを迎えた。物足りない。与えられた条件の中でできることをやりつくしてしまった今、ゲームという枠組みは、ふうの想像力を閉じ込める檻でしかなかった。もしこんなことができたら、敵がこんなことをやってきたら。窮屈さが、より想像力を掻き立てる。その果てに思い浮かべたのは、見捨てたはずのサッカーのことだった。勝てる気のしない相手が脳裏に浮かび、あの手この手で攻略を試みるが敵わない。そのたびにゲームで憂さ晴らしをするが、気づけばまた仮想敵を思い浮かべている。悔しさなんかじゃない。もっと根深い強い強い欲望がふうの衝動を掻き立てていた。



・・・



同日


 今日も今日とて火囃ひばやし かけるは裏山を駆け上がっていた。より強い脚力で、より速い速度で走るために体を追い込んでいた。だが、一向に成長の兆しはつかめない。事実、かけるの小さい体では、敏捷性ならまだしも、かけるが求めている爆発力を手に入れるのは難しい。それを補うために爆発的な加速を生む技を習得するに至ったが、その技も通用しなくなってきた。

 坂道を駆け上がるたびにカラカラと鳴るふうの練習用具が耳に障る。幼いころから、つかず離れずの距離で互いのことを意識していた。速さが最強だと主張するかけるに対して、相手を攻略する柔軟性こそが重要だとふうは主張する。仲良くする気などさらさらなかったし、なんなら目障りですらあった。でも、そんなやつがいないことにイラついている自分がいる。

 そんなもんなのかよ。まだ強くなれるのに、諦められるのかよ。敵うはずがないからって諦められるのかよ。違うだろ。俺もお前も、そんな賢い人間じゃないだろ。だから、さっさとそこから出て来いよ。



・・・



 そして、時は現在に至る。


 カラカラ、カラカラ。森中に張り巡らせた自作の障害物たちが、スピード馬鹿のダッシュによって音を立てる。騒音というにはあまりに小さな音だった。でも、ふうにはそれで十分だった。かつてその障害物たちを使って成長した記憶が、そのときの何にも代えがたい高揚感が無造作に呼び起こされる。自分の意志とは関係なく、カラカラと木材がぶつかり合う音を聞くたびに熱い衝動が湧き上がってくる。まるで、隣で新品のおもちゃを見せびらかされてるような苛立ちがあった。うるさい。うるさい。うるさい。分かってる。分かったから。


「うるっっさい!!!」


 気づけば僕は、外に飛び出していた。いつも通り、何の考えも無くただひたすらに山を駆け上がる馬鹿に対して怒りをぶつけていた。


「やっと出てきたか。」


 出てくることは分かってましたと言わんばかりの態度により一層腹が立つ。


「もっと静かにやれよ!無駄に音鳴らしてばっかで耳障りなんだよ!!」


「うるさいなぁ。これが俺のやり方なんだよ。」


「ボロボロに負けたやり方にこだわってるとか、滑稽だね。」


「負けるのにビビッて逃げたやつには言われたくないね。」


「ビビってなんかない。飽きただけ。」


「あっそ。」


 いつも通り互いの痛いところを突き合うようなやり取りが交わされる。例えそれが真実だったとしても、決して口では認めない。理屈とかではなく、プライドの話だった。双方ともに、相手がその姿勢を崩さないことは分かっていた。けれど、自分の正しさを証明するために、相手を負かしたかった。その結果2人が辿り着いた決着のつけ方は、シンプルなものだった。


「構えろ。」


 ボールを構えたかけるが、ふうに決闘の合図を出す。決闘内容は技と技とのぶつけ合い。互いの集中が極限まで研ぎ澄まされていくのが肌で感じられる。相手の準備ができたかどうかなどお構いなしに、自分の仕掛けたいタイミングで仕掛けるという暗黙の了解が、瞬間的な超集中をもたらした。

 戦いの予感に森が静まり返るのすら待たず、勝負は始まった。爆発的な推進力をもって走り出したかけるは、間髪置かずに2段、3段とギアを押し上げた。その速さは、空気が痛々しく金切り声を上げるほどのものだった。それに対してふうは、光すらも歪みそうなほどの乱気流を発生させ立ち向かった。火災旋風すら見劣りするほどの竜巻を作り出した2人の衝突は、かけるの勝利で決着がついた。


「もう一回!!」


 当然、敗者側がその結果に納得するはずもない。いつもはシーソーゲームのように勝ち負けを繰り返し、最後は互いに力尽きて終わる。そして、因縁は明日に持ち越され、腐れ縁が続いていくという関係だった。だが、今日は違った。何度繰り返そうとも、ふうに勝ち星が輝かない。どう足掻いても埋まらない差が、このたった2日の間にできてしまったようだった。

 ついには、ふうの体力が尽きてしまった。息が整わない苦しさよりも、悔しさがふうの体を蝕む。それに追い打ちをかけるように、かけるふうに声をかけた。


「俺の勝ちだな。」


 ぐうの音も出ない真実に、脳が反射的に反発した。


英熱えいねつには勝てないくせに。」


 何の反論にもなっていない負け惜しみだった。反論になっていないどころか、相手に大いに隙を与えるようなみじめな言葉だった。


「そうだな。」


 それ故に、かけるの肯定に驚愕した。どんな非難も跳ね除けてきたのにもかかわらず、なんでこのタイミングで僕の言葉を認めたのか。


「満足したか?」


「は?」


「俺が英熱えいねつに勝てなかったことを認めれば、お前の心は満たされるのかって聞いてんだよ。」


「そんなの…。」


 ぐつぐつと屈辱が湧いてくる。こいつを打ち負かせたら、英熱えいねつを打ち負かせたら、どれほどまでに気持ちがいいだろうか。その景色を渇望する。強さが欲しい。まだ、まだ、


「満足するわけないだろうが。」


「でも、飽きたんだろう?」


「飽きたら飢えるに決まってるでしょ。頭使いなよ。」


「そっちこそ賢ぶってんじゃねぇよ。みっともないよだれが透けて見えるぞ。」


「それをみっともないって言う時点で程度が知れてるね。」


「なんだぁ?」


 しょうもない舌戦を終えて、少し腹を割った話に移行する。嫌だけど。できるならしたくないけど。


「で、実際どうやって勝つのさ。」


「分からん。けど、やっときたいことはある。」


「それはなに?」


「それは…」


 と、かけるの言うとっかかりの子細を聞こうとしたら、


かける~!ふう~!元気だったか~!」


 と、まことがやってきた。まるで、夏休みぶりの再会かのような様子に気が抜ける。


「あれだ。」


 探していたものを見つけたかのような表情で、かけるがそう言う。まことかけるのやっときたいこと?どういうこと?

 そう疑問に思っていると、ボールを持ったままかけるまことのほうへと駆け寄っていった。


まこと!」


 常日頃からかけるに勝負を仕掛けられ、理不尽に吹き飛ばされている真

《まこと》は、また技を使われると思ったのか、臨戦態勢を取っている。ただ、その警戒は杞憂に終わった。

 まことのもとまで近づいたかけるは、少し間を置いた後、意を決したかのようにまことへ頭を下げた。



「俺に、サッカーを教えてほしい。」



「へ?」


 まことから素っ頓狂な声が漏れた。

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