第30話 背番号6番 火囃 駆

大国天原おおくにてんばら戦の一日前。


かけるってなんでサッカーやってるんだ?」


「なんだよいきなり。」


 技の練習中にまことがそう聞いてきた。


「速さだけを追い求めるならサッカーじゃなくてもできるだろ?なのに何でサッカーを選んだのか気になってさ。」


「そんなの……なんでだろ?」


 なんかいろいろ理由はあった気がするけど、よく思い出せない。そんな俺の反応を見ておかしそうにまことが笑うから腹が立った。


「そうやって笑ってるまことはサッカーやってる理由言えんのかよ!」


 収まりかけの笑いと一緒に「俺?俺は…」とまことが言葉を続ける。



「サッカーを信じてるから。」



 そのシンプルだけど聞いたことの無かった答えが、妙に腑に落ちた。サッカーをやってる理由を考えたときに浮かんできた映像たちが、その一言によって整頓されたような気分だった。


 俺が1人で呆けていると、まことが急に腕を組みながら唸りだした。


「何してんだ?」


「いや、さっきの自分の答えでなんか良いアイデアが降ってきそうな予感が……。サッカー、サッカーが鍵な気がするんだよな。」


 「うーん、うーん」と数十秒ほど捻ったまことは、何かを閃いたと言わんばかりに顔を上げた。


「俺のサッカーとかけるのサッカーって違うんだ!」


「?」


 こいつは急に何を言い出すんだ。俺のその冷たい反応に気づいたのか、まことが俺への説明を試みる。


「俺のサッカーは超能力とか存在しない駆け引きのサッカーだけど、かけるのサッカーは技と技をぶつけ合う力のサッカーなんだ。だから、俺の概念を伝えてもかけるには上手く伝わらなかったのかもしれない。」


 それすらも俺は上手く理解できなかったが、なんかまことはすっきりした様子だった。まぁなんとなく、緩急が駆け引きに用いられていたのだなとは分かった。いまいち緩急によってスピードの実数値が上がるイメージを持てなかったのはきっとそういうことなのだろう。


「その考え方でいけば……。かける!こういうのはどうだ?」


 そう言ってまことが示したものは、俺の常識を塗り替えるような面白いものだった。



・ ・ ・ ・ ・



火囃ひばやし かけるは中央で行われる攻防に見入っていた。


 身体能力にモノを言わせるようなサッカーではなく、相手の脳内を上回っていくかのようなサッカー。何か一つの要素で上回っているというよりは、サッカーそのもので上回っているようなそのまことの姿と、「サッカーを信じてる」という言葉が繋がっていく。


 思考が繋がっていくような感覚と共に瞳孔が開いていくのが分かる。開かれた瞳に対してぼやけていく視界の中、鍵となる思考、いや、思想が浮かび上がってきた。


『あいつに勝ちたい』


 そのためにもっと速く。そのために火力を。そのために……。俺の成長の鍵となるもの、いや、俺の成長を妨げていたものはすぐ近くにあった。



「俺が……敵か。」



 その瞬間、全てのピースが急速に埋め込まれていった。敵に勝つという手段が目的になっていて、速さというものを見失っていた。俺が信じた速さは、こんなものじゃない。相手に勝つなど意識せずとも、否応なく相手が散っていく。速さが持つ可能性が、俺の思考をグングン加速させていく。自分の世界観を敵視できたことによって、まことの言っていた言葉まで理解できた。速さの脅威、緩急、そして……


(線の速さでは頭一つ抜けることができない。自動車が新幹線になるぐらいの成長は誰でもできるだろう。だから、点の速さだ。俺がこの世界に来たときのような、ワープするような速さってどうだ?)



・ ・ ・ ・ ・



天津あまつ 御雷みかづち火囃ひばやし かけるへ迫っていた。


 無能力者のほうは厄介だが、こっちはなんてことない。猪突猛進だけの雑魚だと侮っていた。そんな天津あまつを出迎えたのは、普段の姿とはあまりにかけ離れたかけるの姿だった。


 風すらも音を鳴らすことをためらいそうなほどの静止。ボールに添えられた片足は、自分が本来いたはずの場所を探すかのようにゆっくりとボールの縁をなぞっている。そして、その足とボールで1つの作品だったのだと錯覚させるほどの異様な完璧さと共に、得体の知れない圧が天津あまつを襲った。無防備なはずなのに近づけない圧。かけるまことに勝つことを心に決めた一番最初の大博打。あの瞬間まことが取った構えとかけるの姿が重なった。


 天津あまつは、己の判断が間違いであることを察知していた。こいつに襲い掛かるのは誰から見ても間違いであると。だが、その圧に、先ほどまで脅威でなかったものに脅かされているという事実が、彼をその場からはじき出した。1m、1cm、1mmと距離が近づくにもかかわらずかけるは動かない。そしてついに両者が接触したと思った瞬間、かけるの姿は陽炎のように霧散した。まるで天津あまつの体をすり抜けたかのように背後に現れたかける天津あまつの足元が次の瞬間放出される熱量を暗示するかのように妖しく揺らめいた。


煉獄不知火れんごくしらぬい


 居合後に刀を鞘に収めるときのように踏み込まれた足は、かけるの通った道に置き去りにしていた煉獄を解放した。地獄の窯が口を開けたかのような爆発音とともに、かけるがゴール前へと走り出す。


「勝負だ!まこと!!」


 ゴール前で待つまことへ、己の速さを知らしめるべき相手へ宣戦布告する。


「来い!かける!!」


 身構える南方みなかたを嘲笑うように斜め後方のかけるに向かってまことが走り出した。


 英熱高校との試合で奇跡的に噛み合った2人の力。それを再現しようとまことかけるに協力を願っていた。だが、今この時に至るまでその奇跡を再現することはできていない。そして今この瞬間もそんな奇跡は起こらない。なぜなら、まことは別の世界の住人だからだ。この世界の住人であれば、蒼海戦での神住かすみきずなのように思いの力が実ることもある。だが、まことに限っては、淡々と事実が投影されるのみだった。故に、この合わせ技は成功しない……はずだった。


 轟轟と唸るかけるの炎へ突進したまことを待っていたのは一瞬の静寂。炎どころか、かけるすらも姿を消した。驚きの感情を抱えたまま息をするようにシュート体勢へ入ったまこと。その万力の脚力がボールを振りぬかんとするその瞬間、ボールに小さな足が添えられていることが分かった。それと同時に、振りぬく足にジェットが付いたかのような推進力が加わる。自身の「読み」を上回る未知の感動。それはみるみるうちに、まことの顔を恐ろしいほどに好戦的な笑顔へと染め上げた。


欠損した地獄アナザーヘル


 亜音速の獄炎弾が目にも止まらぬ速さでゴールへと突き刺さった。


 1-1


 ぐっと握りしめられた小さな拳は、己の勝利を、そして速さの証明への歓喜を押し震わせながら天へと掲げられた。


「しゃあああぁぁぁぁぁああ!!!!」


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