第31話 一流という名の深淵

 南方みなかた たけるは、一代にして大国天原おおくにてんばらの地位を築き上げた。全国大会のトーナメント表はもちろん、地区大会で話題に上がることすらない無名高校。そんな高校を、中高一貫の6年を費やして2位争いができるほどの存在に育て上げたのが南方みなかただった。天才、革命児、次代のリーダー等々、様々な賞賛の言葉が彼を包み込んだ。


「あとは俺がやる。お前は後ろで見ていろ。」


 そんな過去を知ってか知らずか噛みついてくる1年の天津あまつ。見るも無残に敗れたその男に待機命令を出す。何か言いたいのを我慢しているのか、はたまた悔しさばかりでそうするしかできないのか、天津あまつは目を伏せ体が震えるほどに手を握りしてめていた。


 それだけの力を持っているのなら俺の言うことを聞いていればいいものを。たった2歳しか年が違わないというのに、若さゆえの革命精神というものに悩まされるとは思わなかった。内輪もめで負けたとあっては保護者や先生方に面目が立たない。俺にはこのチームを鍛え上げてきた者としての責任があるのだから。人間としてもプレイヤーとしても1流である必要がある。


 さて、若干戦力が減ったとはいえまだ戦いようはある。警戒すべき対象は神住かすみとサイドの小僧、ついでに日元ひもとと言ったところか。天津あまつが崩れたことによってこのチームの指揮権は全て俺に渡ったとみていいだろう。ならば、左サイドに固まっている警戒対象たちを避けるように右サイドから攻めるとしよう。そして、ゴール前で神住かすみと対面するとなった時に、正面突破か裏へのパスかの二択を迫ればいい。数をこなせばいずれ崩れる。まずはこの作戦でいくとしよう。



・ ・ ・ ・ ・



 百福ひゃくふく きずなは嫌悪感を抱いていた。南方みなかたへ、同族嫌悪を抱いていた。南方みなかたの腹の底に、かつての自分と同じようなものを感じたからだ。悪意の無い悪意。己が上で、全ては駒だと思っているかのような腹の内。大人から貼られただけのレッテルを、まるで自分の信念が生み出した正しさかのように振舞うその姿。ほんの少し前の私の姿とまるっきり同じだ。


 こういう人間の面倒なところは、決して害ではないことだ。大多数の人間を幸福にし、多くの者から賞賛を受ける。故に、多少の犠牲であればためらいなく払う。そして、自分の信念に基づかない犠牲が積み重なってきた頃に、その犠牲と向き合うのが怖くなる。あれは正しい行いだったのだと思考を止める。結果、停滞する。


 先のまことかけるの速攻は素晴らしかった。ただ純粋に己の理想を突き詰めた者達が繰り出す衝動という名の凶弾。それを見るたびに私の凝り固まった思考は研ぎ澄まされていく。社会的な意味や、現在最も確からしいだけの歴史・科学・思想、周囲の人間に対する弁明。それらごたごたしたもので覆われて見えなくなっていた理想が、少しだけ顔を見せてくれた。


 勝つのは、私たちだ。



・ ・ ・ ・ ・



 センターサークルへと入った南方みなかたの前に予想外の光景が広がる。勇牙ゆうがごうまことと並んでいたFW陣が、神住かすみきずなまことという配置に変わっていた。


「……何のつもりだ?」


 正面のきずな南方みなかたが問う。


「見たまんまだよ。真っ向勝負の申し込みさ。」


 主力を前面に押し出して相対するというのだからそれはそうだろう。南方みなかたが気にかかっていたのは、あからさますぎることだ。敵に対しても味方に対しても。敵視点であれば、戦法を見たうえで対策を練れる。その対策を練られたうえで勝てる見込みがあるのだろうが、とてもそうは見えない。シンプルすぎる。味方視点からすれば、この前線から外されたメンバーは戦力外だと宣言されているようなものだ。勝利の為になりふり構っていられなくなったか?


「仲間大好きな理想家が本性を現したか。」


「君からはそう見えてしまうのも無理はないだろうね。」


「なに?」


「愚か者が背負いすぎた荷を投げ出した。そう思ってしまったんだろう?」


「……何も違いはないだろう。」


「あぁ、何も違わないよ。でも、それはもっと過去の話だ。今は違う。」


「……で?それがこの勝負に何か関係があるのか?言葉でオシャレを楽しむのは外で存分にやるといい。」


 腹を探るつもりがきずなのペースに飲み込まれそうになっているのを感じた南方みなかたが、突き放し煽るように言葉を吐き捨てた。


「周囲の人間から服を着せてもらっていることにすら気づけない君には、自分の服で着飾る誇らしさが分からないだろうね。」


 その返したきずなの言葉が南方みなかたの怒りに触れた。己で道を切り開いてきたという誇りと、まるできずなのほうが上であるかのような物言いが癪に障った。その怒りを敏感に察知したきずなが、畳みかけるように言葉を投げつける。


「一流を目指した先で周りの人間が弱者に見えるのならば、君は永遠に二流止まりだよ。世界のどこにでもいる、一流という名の深淵に飲み込まれたただの化け物さ。」


「口ばかりで一流を目指したことも無いやつがあまり調子に乗るなよ。」


「まったくもってその通りだ!かたや口ばかりの理想家、かたや一流気取った二流。お互い一流に足りなかった者同士、どんぐりの背比べといこうじゃないか!どちらがより大きな木となれるか、勝負といこう。」


 己の勝利を疑う様子の無いきずな。完膚なきまでに敵を打ちのめすことを決めた南方みなかた。チームを作り上げた者同士の衝突が、共に歩んできた者たちを巻き込みながら試合を加速させていく。次回、前半最後の総力戦。


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