第32話 逆罰

 開始早々展開された南方みなかたたちによる合技未満の荒業。仲間の生み出す森羅万象を巻き込みながら狂暴化する竜巻を従え、きずなへと襲い掛かる。南方みなかたが暴力的なまでの足し算で突破を試みるのに対し、きずなは己の黄金を自身に纏わせ、可能な限り技の規模を収縮させていた。まるで世間の声に呑まれるかのように黄金に蝕まれていくきずなの体は、きずなの意に反するかのように不自然に反り返り、宙へと浮かび上がる。「ガ……ァ……」と悶えながらも、きずなは侵食してくる黄金を体の中心へと封印した。封印された黄金から漏れ出した透明の結晶が、地面へと零れ落ちていく。


偽王の誇りプライド・オブ・ミダス


 着地した結晶は一瞬にして花開き、チリチリとした結晶の風を感じた人間を弾き飛ばすかのように神々しい黄金の樹氷を生み出した。その空間にいることを禁じられたかのように弾き飛ばされる面々のなか、南方みなかただけが荒ぶる竜巻のなかできずなの技に抗っていた。未完であっても5人の力が合わさった技。きずな南方みなかた両者のぶつかり合いは、互角に終わる。


 崩壊した竜巻が生み出す突風に巻かれるように黄金の花びらが散っていく。両者の技の残滓が残る空間に打ち上げられたボールを先に獲得したのは、南方みなかただった。技の反動で硬直するきずなの横をすり抜け、南方みなかたが単独で前進する。興奮したように勢いよく進む南方みなかたの前に、左サイドにいた神住かすみが立ちはだかる。神住かすみは単独であれば難なく南方みなかたを止められるだけの力を持っている。きずなは己を囮にして南方みなかたを刈り取る作戦を立てていた。シンプルだが、技と技とがぶつかり合うこの世界ではそれが最適解になることがほとんどだった。


 綺麗に術中にハマってくれた南方みなかたの顔を見た神住かすみは、読み負けたと思わされた。それほどまでに、南方みなかたの顔は自信に満ち溢れていた。


「俺の勝ちだ。」


 神住かすみが技を発動するその瞬間、南方みなかた神住かすみがいなくなったサイドへとボールを蹴り出した。本来であれば、そこには誰もいないはずだった。ましてや、逆サイドに固執していて、南方みなかたと反りが合っていなそうな天津あまつがいるだなんてことはありえないはずだった。そんな予想を裏切るように、完璧なタイミングで天津あまつがサイドを駆け上がってきた。


 「そうだ、それでいい」と笑う南方みなかたの視界に、異物が写り込む。出したパスの先にいた天津あまつの姿が、来花くるはな ふうの姿と重なり消えた。完璧だと思っていたパスが、カットされた。猛り狂った天津あまつふうに襲い掛かるが、なんと、ふうはその技を生身のままひらりと回避した。


 陸上競技などでよく見られる現象だが、100m走である1人が9秒台を記録した後に、他の選手も次々と9秒台を記録しだす現象がある。この原因は分からないが、きっと「人間ってここまでやって良いんだ」という意識に起因しているのではないだろうか。先ほどまことが見せた生身対技の攻防。それが、ふうの潜在意識に革命をもたらした。


 とはいえ、ふうまことほどの技量はない。天津あまつがボールをカットするより先に、難易度の高い行動の代償としてボールコントロールを失ってしまった。方向転換の為に天津あまつがブレーキをかけている間に、逆サイドにいたまことがこぼれ球を拾う。ひらりひらりと天津あまつを躱しながら、駆け付けたかけるのもとまでボールを運ぶ離れ技を意図も容易くやってのけた。


煉獄不知火れんごくしらぬい


 不気味に揺らめいたかけるが、再び天津あまつを天高く弾き飛ばした。あとは守りの薄くなったゴールへ飛び込むのみ。


「私たちの勝ちだ。」


 技の硬直から解放されたきずなの言葉に、南方みなかたが苦虫を嚙みつぶしたような顔になる。まるでもう決着がついてしまったかのように悔しさを顔に出していた。



・ ・ ・ ・ ・



 打ち上げられた状態で、天津あまつは不思議なほどに穏やかに思考していた。


 中高一貫校である大国天原おおくにてんばらに入学して、何不自由なく暮らしていた。もう既に歴史は紡がれていて、自分ができることなど何もないと思っていた。というか、既にできることという名の地図が埋まりきっているせいで、何ができるのかすらよくわからなかった。ちょくちょくしょうがないなと思うようなことはあったけど、大して反発心とかは湧いてこなかった。


 でも、あるときその考えが変わった。自分に、サッカーの才能があることに気づいた。それと同時に、空白など無いと思っていた地図が、己の空想で紡がれていることに気づいた。事実を見れば、どこまでも改善できる余地があることに気づいた。


 そうと分かれば行動は早かった。神のように思っていた南方みなかた先輩に直談判しに行き、新しい体制でてっぺんを目指そうと提案した。だが、あの人は俺の話を聞かなかった。「急すぎる」「確証がない」「このやり方でやってきた」と受け入れてくれる様子がなかった。俺はそれを聞いて、自分が否定されたと思ってしまった。古いやつらはさっさと若いやつらに席を譲れよと思ってしまった。6年間積み上げてきた実績を放棄しろよと思ってしまった。そんな不条理を願った結果が今だ。


 俺が正しくてあいつが間違ってるとかじゃなかった。強いて言うならどちらも間違っていた。あいつは成功体験に囚われてしまっているし、俺は不満ばかりで実績が無かった。どちらも全国で1位を取るという目標は同じだったというのに。成長は一直線じゃない。古いやつらの道を繋いでいくために新しいやつらがいるわけじゃない。全員で円の中心を目指して切磋琢磨するために俺たちはチームになったんだ。


 この逆境は俺の罪だ。他人を蹴落とすことばかりで己を見失っていた俺自身の罪だ。故に、つべきは駆・真てきと己である。


逆罰さかばち


 瞬間、青い雷が空中の天津あまつごとかけるたちをち抜いた。それを見ていた観客は、視覚の情報として己の身を襲う暴力を理解することはできたが、その刹那の間に、身体を防御へ移行することが不可能な絶望も味わっていた。空間が裂ける音とはこのことかと思わせるほどの轟音が、圧倒的なエネルギー波となって世界を貫いた。


 時が止まったように全員が行動を奪われている間に、ボールはころころとある男の足元へ転がっていった。止まった世界で一番初めに動き出したのは、足にボールが当たったその男と、天津あまつだった。勢いよくその男へ襲い掛かった天津あまつの視界が一瞬にしてブラックアウトする。正確には、空前絶後の重力によって一瞬にして顔面を地に伏せられてしまった。天津あまつを押さえつけたその巨人の顔には、もはやかつての臆病さは無く、ただ一つのことを成し遂げるという意思が宿っていた。


ごう!!!」


 遠くでまことが巨人の名を呼ぶ。その心に呼びかけるように、思いを叫ぶ。


「いるぞ!!!」


 その思いに応えるために、ごう 如月きさらぎは重く熱い一歩を踏み出した。

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