第33話 背番号8番 壕 如月
(どうせ大したことできないだろ)
……おでは、おでを信用してない。
ゆっくりと、
(期待はずれだったわ)
……おでは、おでのことが一番嫌い。
センターサークルへたどり着く前に、
(お前とやるサッカー…つ…つまらないんだよ)
……それでも、それでもおでは……。
・ ・ ・ ・ ・
話は1年前に遡る。
「君すっごい大きいね!なんかスポーツとかやってた?」
「なにもやってないど……。」
「本当!?そりゃ好都合!!どう?一緒にサッカーやってみない?」
「えっと……。」
高校入学直後、
当然、最初の頃はシュートもパスもドリブルも何もかもまともにできていなかった。でも、その先輩は「伸びしろが凄いことになってるだけ」と冗談めかして
そんな先輩の期待に応えたい気持ちが実ったのか、ある日、
先輩たちが「グラビティウォーク」と名付けた技で、
初めての真剣勝負での敗北に落ち込む
試合会場から帰ろうとしたタイミングで先輩の落とし物に気が付いた。幸いにも先ほど先輩が控室へ向かうのを見ていたので、そちらへと向かう。
「マジ期待はずれだったわw」
「ほんとそれw」
「あは…あはは~」
控室へと近づくと、3年の先輩たちの笑い声の中から、世話になっている先輩のぎこちない笑い声が聞こえてきた。
「なに笑ってんの?」
「つうかあれ誘ったのお前だよね?」
「やるのも下手で目利きも中途半端とか、お前の取り柄なんだよw」
「いや…ほんとすいません……。」
「すいませんじゃなくってさ~、お前なんかをチームに入れてやってる俺らになんかないの?」
「もっといいやつ連れて来いよ。」
「
「え、それめっちゃいいじゃん!w」
「いや、でも……
「は?なに?文句あんの?」
「
「あれ誘ったのは失敗だろ。もう限界見えてるし。」
「もっと真摯に謝れよ。あいつを誘ったのは失敗でした。僕の責任です。すいませんでしたって。」
「いや、でも……。」
「なに?」
「いや……。
少しの静寂の後、噴き出すように先輩たちが笑いだしたのが聞こえた。「そんなマジになんなよ」「たかがサッカーだろ」という声を背に、
翌日、普段通り先輩と練習をしていると、通りがかった3年の先輩たちが「ずっこけコンビ頑張れよ~」と声をかけてきた。先輩は気まずそうに笑いながら先輩たちにお礼を言っていた。
帰り際、先輩に昨日の落とし物を渡した。それを渡してきた
「お前、もう部活に来なくていいよ。」
と、先輩が言った。自分に実力が無いことを知っていた先輩は、
「お前とやるサッカー!……つ…。」
(辛いんだよ)
「……つまらないんだよ…。」
言葉を発する前は、
その夜、暗い山の岩壁を前に、
「こんな夜更けに何をやっている。」
その男は、たまたまこの付近のお寺に住んでいた
「おでは……強くならなきゃ……。」
かすれた声でそう言う
「なぜだ?」
「おでは…大事な人に酷いことを言わせだ。おでが弱いがら、へたっぴだがら、一緒に頑張れる存在になれながっだ。おでは、そんな自分がすごい嫌だ。だがら、もっともっと上手にできるようにならなきゃいけないんだど。みんなと同じみたいに、なんでも上手にできるようになんなきゃいけないんだど。」
「なるほどな。」
思い出したように涙を溢れさせる
「お前、俺のチームに入らないか?」
「え?」
唐突な提案に困惑した
「強くなりたいんだろう?」
と、
「強くなりたいが場所がないからこんなところで夜な夜な練習しているんだろう?」
「そう……だけど…。」
「ならばうちに来い。」
「でも……。」
「己の弱さが悔しくて泣けるほどの熱量があるのなら構わん。来い。」
そして
・ ・ ・ ・ ・
そして現在。
「
「うん!見でだ!!」
まるで自分ごとのように喜んでいた
「
「え?」
「最初、
「でも、まだこれだけで証明できるかは分からないけど、俺も一緒に戦える。どんだけお前が前にいても、俺は全力でついていく。だから、俺にパスを出してくれ。
双方が己を弱者と思い込み、相手を強者と認めたが故のすれ違いは、この瞬間に終わりを迎えた。
「わかった。」
・ ・ ・ ・ ・
氷河に、樹海に飲み込まれ、荒ぶる竜巻に引き裂かれそうになった状態で
(どうせ大したことはできない)
おでは、おでを信用してない。なにも器用に上手にできない自分のことを信用してない。
(期待はずれだったわ)
おでは、おでのことが一番嫌い。誰の期待にも応えられない自分が大嫌い。今だって、1年前と何も変わらないやり方で負けてる。
でも、それよりもずっと嫌なことがある。それは、おでのことを、そしておでの大事な人たちを悪く言う人たちが自分の心に住むことを許してしまったこと。おでが自分のことを嫌いなのを理由に、勝手に君に期待して、心の中の悪者たちが言うがままに勝手に君に失望したこと。君に悪者たちを重ねてしまったこと。また同じ傷を負いたくないからって、自分がされて嫌だった、過去と今だけを見て人を評価するということを君にしてしまった。あんなことを君が言うはずがないのに。
(お前とやるサッカー……つ…つまらないんだよ)
ずっと、ずっっと心残りだった。こんなどうしようもないおでに手を伸ばしてくれた人に何も返せなかったことが。おでの未来に賭けてくれた人たちに何もできなかったことが。だから、今度こそ、おでは……
(俺はついていくぞ)
君の誠意に応えたい
その覚悟を切り裂くように、背後から迫ってきた
「おおおおおおおお!!!!」
血管が浮き出るほどに隆起した肉体は、雷撃のしびれをそのままに森羅万象を引き千切り、竜巻の暴力のなか、そびえ立つように足を振り上げた。
シュルル……
先程までの破壊音が夢だったかのように、非日常的な日常が訪れた。人智を超越したパスは、何事も無かったかのように
「ナイスパス。」
足に残る未知の感触を確かめながら、
・ ・ ・ ・ ・
崩れ落ちる技と共に視線を落とそうとしていた。ようやく思いが実ったと、達成感で足を止めようとしていた。そんな
「止まんな!
「
「ついていけ!!!」
ドクンと心臓が脈打った。目線を再びパスを出した人の方へ向ける。ゴール前にそびえ立つ巨岩に立ち向かう大きくも小さい背中。同じ目線に立てた今だからこそ分かる、君が向き合ってきた現実。
今度は、おでがついていく番だ。
・ ・ ・ ・ ・
ゴール前で、
「さすがに、君1人では突破できないよ。」
「そうだな。こっちにきてから、俺1人の行動の無意味さには驚かされてばかりだよ。」
そんな
「なにを……?」
「うちのキャプテン曰く、チーム競技というのは仲間の行動に意味を与えるからこそチーム競技足り得るらしい。」
不吉に笑いながら振り向いた
「チームの力を思い知れ。」
ズドオォォン!!
突如大地を踏み破るかのように宙から落下してきた
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
ペナルティエリア全体を支配する場の重力が1段、2段と圧力を増すたびに、選手たちの身体の芯へ衝撃が轟く。誰にも邪魔されない空間で思うがままに振り上げられたその足は、まるで兵器か何かを思わせるほどの破壊力を場に知らしめていた。
放たれた全身全霊の一撃は、その勢いが故に、一瞬ボールに足がめり込み歪に凹んだ状態で静止した。次の瞬間、まるでボールが空間という壁に遮られてたから動かなかったのだと言わんばかりに、バリバリバリと目の前の空間がシュートによって砕かれていく。これを止めれる未来が見える人間は、その場に存在しなかった。世界が割れるついでに破壊された巨岩の姿は、疑いようのない失点を物語っていた。
2-1
・ ・ ・ ・ ・
全てを振り絞った先の感覚は、まるで現実感のないものだった。息を吐き出しながら、呆然とゴールネットから転がり落ちるボールを眺める。キーンという耳鳴りが静まると共に徐々に徐々に現実が湧き上がってくる。轟く歓声、ぱらぱらと落ちる土の音、そして……
「
背中に飛び乗ってきたその人に目を向けようとして、2人そろって空中ブリッジのような形になった。そんな不器用を、自分たちの成したことを心の底から笑い合い称えあうことのできる仲間ができたよ、先輩。
「……良かったな、
テレビの奥で、1人の男が言った。
怒涛の前半戦は、大喝采の中終わりを迎えた。
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