第29話 相性有利

日元ひもと まこと天津あまつ 御雷みかづちと相対していた。


 1点のビハインドを抱えた状態で最初にボールを持ったのがまことだった。そして、それに噛みつくように天津あまつが襲い掛かってきたのだ。


 なぜ天津あまつが無能力者のまことに苦戦を強いられているのか。天津あまつの技が周囲へ影響を及ぼすタイプの技ではないこともあるが、だとしても、雷鳴と共に電光石火で迫ってくる天津あまつを無能力者が捌ける理由にはならない。天津あまつの攻撃を認識する前に天津あまつの行動すべてを読み切っていなければ、対等に戦うことなど不可能だ。そして、そんなことは常人にはできない。そう、常人であれば。


 まことの過去に起因する超人的な能力は、その身体能力だけではない。尋常ならざる実戦経験の数と、己より強い相手を想像しシュミレートを繰り返したことによる「読み」の深さがこの現状を作り出している。それはさながら、プロ棋士が無数の棋譜を脊髄で思い起こし、ほんの一瞬にして何十、何百と先の手を読むかのようだった。


 フィールド中央で繰り広げられる闘牛のような攻防に、観客たちは息を呑まざるを得なかった。天津あまつが攻撃側の場合、まことはどうしても技をまとった天津あまつのボールと接触する瞬間があるので、よくてもあいこにしかならなかった。だが、まことが攻めとなれば話は変わってくる。技を使う者達特有の一撃で踏み込んでくる単調なディフェンスを躱し続けるだけでいいのだ。


「くそっ!」


 天津あまつの苛立ちが募っていく。こんな醜態を晒している場合じゃない。このままでは派閥争いにも負けてしまう。仲間の期待を裏切ってしまう。

 その焦りと苛立ちも空しく、伸ばした足は空を切る。抜き去られることだけは避けたい一心で自陣側へと戻った天津あまつによって攻防は一時休戦となった。飲み込んでいた感動の声を溢れさせるように会場が揺れる。その会場の様子とは裏腹に、天津あまつは己の背後にいるチームメイトたちの責めるような視線に貫かれている気分になっていた。


「随分余裕そうだな。」


 その様子を察知したまこと天津あまつに声をかけた。当人からすれば何も余裕ではない。未知の試練によって仲間からの信頼を損なおうとしているのだから当然だ。だが……


「……余裕に決まってるだろ。技の使えないお前なんかすぐに倒してやるよ。」


 例えそれが虚勢であっても己のため、仲間にアピールするためにそう言う他無かった。それを聞いたまことが乾いた笑い声を漏らした。その声は、嘲りとかそんな生ぬるい音ではなかった。内なる狩猟本能が目覚めてしまうような殺意の音だった。


「俺らにはサッカーしかないんだよ。サッカーで己の存在を証明するしかない。人の目を気にしてる余裕なんざ一切無い。まして、目の前に敵がいる状態でそれを気にすることなんざできるはずもない。だからさ、それができるお前に、負けてなんかいられねぇんだよ。」


 格が違う。まことのプレッシャーを浴びた天津あまつは反射的にそう感じた。それと同時に、その強さへ敬意を抱いた。サッカーさえできれば尊敬されるなどということはないと思っていた。人格や肩書もあってこその敬意だと。でも、今、目の前にいる会ったばかりの男に対して敬意を抱いた自分がいる。ただの尋常ならざるサッカーへの献身、それだけで、人間としての強さを分からされた。


 このまことの言動によって、天津あまつまことへの警戒度を跳ね上げた。無思慮に踏み込むことはせず、相手の動きの隙を逃さぬ構えを取った。ボールが前進してきた瞬間を刈り取る構えを取った。その姿を見て、まことが不敵に笑った。


「は?」


 天津あまつの警戒の外、すなわちまことの背後へとボールが勢いよく飛んでいった。あれだけ啖呵を切っておきながら、まことは後ろへパスを出したのだ。


「くそっ、逃げんのかよ。」


「託したんだよ。俺が信じたサッカーを。」


 本音の迫力によって敵の動きを膠着させたまことは、その隙を突いてボールを託した。天津あまつ同様、背中からビリビリと感じていた熱源へ。火囃ひばやし かけるへ。

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