第28話 今に見てろよ

勇牙ゆうが!」


 この試合3度目のパスが俺のもとへきた。1度目は玉砕。2度目は少しでも立ち塞がる壁の枚数を減らすためにふうへパスを出したが、ふうは最後までパスを出さずに南方みなかたに敗れた。


 大国天原おおくにてんばらは攻めの強さだけ見れば蒼海そうかいよりもマシだが、というより成長した神住かすみのおかげで楽ができているが、守りの固さが尋常じゃない。1枚1枚の硬さはもちろん、全員がサボらずにディフェンスをするせいで一向に道が開けない。そして疲弊しきったタイミングで南方みなかたの鉄壁にぶつかる。


 今の俺らがこいつらに勝つ方法は1つだ。


(ロングシュートこそ花形なんだよ)


 俺が全ての壁をぶち破る。そのためには、より威力が高く、それでいて研ぎ澄まされていて、もっと相手がしんどそうなシュートを……何かが違う。……けど、やるっきゃない。


 勇牙ゆうがは、3度目の正直と言わんばかりに大きくボールを蹴り上げた。その瞬間、勇牙ゆうがの背に悪寒が走る。シュートコースから敵が捌けていき、相対するのは南方みなかたとGKを残すのみとなった。かつて英熱にやられたような、侮りと絶望を示す陣形が組まれていた。


 打ったら止められてその後は……。雑念とともに放たれたシュートは、かつてないほどに弱々しかった。もはや、普通に蹴ったほうが威力が出るのではないかと思うほどにへにょへにょと飛んだ。そのボールを見て、他の何でもなく自分に苛立ちを覚えた。



・・・



「なんだこのへなちょこシュートは。」


 予想を遥かに超えた弱さのシュートに南方みなかたは憤っていた。


「舐めているのか?」


 もっと完璧な形が整うまで使わない予定だったが、我慢ならん。


「カウンター!!」


 南方みなかたのその号令に合わせて、大国天原おおくにてんばらのメンバーが、主に南方みなかた派の人間が走り出した。号令でこそカウンターと言っているが、その様相は到底カウンターとは言えないものだった。勇牙ゆうがのロングシュートを止めた後、既に態勢を整えつつある敵陣に対して風穴を開けるように特攻を繰り出した。


 大国天原おおくにてんばらのDFラインが攻め上がる。それぞれが1対1を制し、ラインを上げていく。それはまるで、対人専用に建てられた城が突撃してくるようだった。地力を極限まで高めた定石の攻め方でみるみるうちに最終ラインまで辿り着いた彼らは、最後の壁 神住かすみに目標を定めた。攻め上がってきた5人のうち、南方みなかたを除いた4人が神住かすみを削るために襲いかかった。氷柱と樹木が絡みつき、滝のような雨と割れる大地が技を刈り取る。完全に態勢を崩された神住かすみの隙を見逃さずに、南方みなかたが襲いかかる。


龍神風たつかみかぜ


 龍のように巻き起こった竜巻はあっという間に十字架を引き裂き、ゴールへと突き刺さった。


0-1


 敵陣をなぎ倒すパワープレイからの得点で会場が沸き立つ。その一方で、南方みなかたはなんの感慨もなく自陣へと戻っていた。それを妬ましく睨む天津あまつ南方みなかたへと噛みつく。


「1点取ったぐらいで調子に乗るなよ。」


 その言葉を聞いた南方みなかたは、それを一笑に付した。


「たかが1点だ。なにも騒ぐことはない。」


 その1点すら決めることができていない人間たちの劣等感に、その言葉が突き刺さった。天津あまつもその1人だった。そんな天津あまつに追い打ちをかけるように南方みなかたが言葉を続ける。


「お前は人のことよりも自分のことを気にしたほうがいいんじゃないか?無能力者ごときに手こずっていては話にならんぞ。」


「っ……!!」


 南方みなかたがカウンターを決行するまでに、何度も天津あまつがボールを持つ機会はあった。天津あまつは、単体であれば南方みなかたを凌ぐほどの攻撃力を持っている。だが、まことという存在がイレギュラーすぎた。強いものが弱いものを淘汰するだけの戦いだったのが、じゃんけんのような相性戦へと持ち込まれた。


「まぁ、せいぜい頑張るんだな。もっとも、お前がいなくても勝てそうだが。」


「……今に見てろ。」


 もはや相手のことなど眼中にないかのように争う2人を見て、GKの国立くにたち みことは頭を抱えていた。


「仲良くしてくれよ~。」



・・・



 火囃ひばやし かけるは苦悩していた。


 さっきから自分が抜かれるたびにまことがフォローしてくれている。何も、何もさせてもらえていない。まことからはたくさんのことを教えてもらったが、1つを除いてまったく身につかなかった。俺は速くなりたい。緩急とかみたいな小技でも精神論でもなく、速くなりたいんだ。まことも、天帝てんていも、この世の全てを打ち負かす速さを手に入れたい。もっともっと、もっと速く。


「よう、調子はどうだ。」


 そう考えていたら、まことが脳天気に声をかけてきた。一応点を取られたばっかなのに。


「嫌味かよ。」


「苦しそうだな、とは思ってる。」


「ふん!今に見てろよ!!あんなやつあっという間にぶち抜いてやるからな!!」


「あぁ、待ってるよ。」


 先程までの脳天気な様子から翻って、真剣な表情になった真が言う。


「ゴール前で待ってる。」


 何かはわからないが、負の感情が湧き上がってくる。教えることもできてないくせにとか、俺はなんでこんなやつに敗北感を感じるんだとか。出会ったときからずっと憎たらしい。


 でも、それと同じぐらい尊敬してる。こいつが話す言葉の意味を芯まで理解できないことが悔しいぐらいには、こいつの力を認めてる。心の底からこいつに勝ちたいと思うほどに焦がれてる。そのために、あいつに勝つために……。


(お前の脅威はどうやったら俺の脅威を超えられると思う?)


 ふと、真の言葉が頭をよぎった。なにか、なにか掴める気がする。無数の記憶が1つに結びつきそうな、そんな衝動が……。天津に勝つためには……真が伝えたかったことは……唯一あの言葉だけ理解できたのは……。


 あと一つ、あと一つ何か足りない。ゴール前に待つ真を意識するたびにちらつく何かが。俺を覚醒へと導く、何かが。






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