第37話 シュート馬鹿

 白狼はくろう 義一ぎいちは、観客席から友を見ていた。


 現在の状況は、やや大国天原おおくにてんばらが優勢。それもそのはず、大国天原おおくにてんばら国立くにたちの守りが増えた分できることが増えたのに対し、vanguard陣営は敵のカウンターを許さないほどに完璧な攻撃を行わなければならないという縛りが増えてしまった。攻守に携われる主力の人数だけ見ても、大国天原おおくにてんばらは攻2守3、vanguardは攻2(+真)守2で劣勢だ。神住かすみごうは攻守ともに担える存在だが、ごうは機動力が、神住かすみは守備の比重が大きいゆえに両方をこなすことができない。ごうを守備に回したとしても、神住かすみを攻撃に加えるのは無謀だろう。あと一人、攻撃側に主砲がいれば、この状況をどうにかできるかもしれない。


「いつまでも燻ってんなよ、勇牙ゆうが。」


 お前の積み上げた事実は、誰にも負けてねぇはずだ。



・ ・ ・ ・ ・



 黒血くろち 勇牙ゆうがは何もさせてもらえなかった。


 シュート技以外持っていない彼は、今この場において最も不必要な人間だった。ボールと向き合い続けて18年。生まれた瞬間からボールと戯れていた彼は、今日初めてボールを追うことを諦めた。


 自分以外の全員が、微力ながらも戦いに貢献している。無能力のまことですら、針の穴を縫うような立ち回りで戦いに参加している。にもかかわらず……いや、だからこそ、俺はあそこに飛び込めない。今この状況は、極限の拮抗状態で成り立っている。それは、技の使えない人間の干渉で一瞬にして瓦解するレベルに張り詰めたものだ。まことレベルでようやくの状況に俺なんかが参戦したら、一瞬にして有利は敵に傾く。俺が何もしないことが、一番チームの為になる。


 ごうすらも守備に回り、いよいよフィールド中央に残ったのは俺だけになった。フィニッシャーが立つべき場所に、大した力をもたない自分が立っている。


 その事実についてぐるぐる考えているうちに、脳みそが疲れきってしまった。疲れた脳は、思考を止め、身体に電気信号を送ることだけに専念するようになった。視界から情報が溶けていき、人の区別をつけることができなくなる。ただ、その代わりにボールを正確に目で追えるようになった。そして、視覚、触覚、聴覚、本来機能しないはずの嗅覚や味覚までもが、動き回るボールを受け取るべきベストポジションを示した。唾液が溢れそうなほどの芳醇な獲物へ飛びついた勇牙ゆうがのもとへ飛んできたのは、身体を貫くような剛速球だった。



・ ・ ・ ・ ・



 話は、大国天原戦の1日前へと遡る。


 もはや日課となったまこととのチーム練習前のシュート練習。といっても、各自壁に向かってシュートを打つだけの個人練習のようなものだが、なんとなく1人でやるのとは感覚が違うからそう言ってる。


「ふ~~~む。」


 そう唸りながらまことが足を止めた。まことはよくこうやって動きを止める。俺はてっきり、まことは寝食を惜しんででも練習をし続けるぐらいの狂気を持っているものだと思っていた。そうじゃなきゃ、あの人間離れしたサッカースキルの理由がなくなるからだ。でも、まこととの練習を通してそうじゃなさそうだと考えを改めた。


「今度は何考えてんだ?」


「いやぁ~なんかぁ~このぉ~言葉にしようとするとぉ~あのぉ~。」


「あぁあぁ悪かった悪かった。つい気になっちまってよ。」


「気になる……。そう!それだよ。もし俺がかけるだったらどうシュート打つかと思ってさ。」


「あ~、例のあれか。」


「例のあれだ。」


 英熱えいねつ高校戦以降、まことかけると練習をすることが多くなった。ときには師匠のように教え、ときには弟子のように学ぶというなんだか奇妙な関係だ。何かと仲間というものに執着があるように見えるまことは、そのこととなると気にしすぎなほど考えることがある。ただ、こうやって考えて話すまことよりも、フィールド上でありのままを突き付けてくるまことの無言の語りのほうが俺は好きだ。それはそれとして……


かけるならドリブルじゃないのか?」


「そうなんだけど……、なんか別の視点でもあればもっとうまく発想できるんじゃないかと思ってさ。」


「別の視点ねぇ……。」


「なんか引っかかるか?」


「いやぁ、理屈っぽく説明することはできねぇんだけどよ。あいつはそういうんじゃねぇんじゃねぇかなぁ。」


「……俺も、若干そんな気はしてた……。」


 まことはそう言うと、「ふ~~~む」とまた唸り始めた。これは時間がかかりそうだなと思い練習に戻ろうとすると……


勇牙ゆうがも同じだよな。」


 と、まことが聞いてきた。


「俺は別に、できるんならドリブルもできるようにはなりたいぜ?」


「え、そうなの?」


 とても驚いたという顔をまことがする。


「てっきり、シュート一本で勝負してんのかと。」


「それができるに越したことはねぇけど、やっぱ勝つためにはいろいろできるようなっときたいだろ。」


「……そう、か。」


 歯切れの悪い相槌をうつまことの前で、自分の心にも何かモヤつくものがあるのに気づいた。けど、それが何のせいで生まれてるのか見当もつかない。俺もまことと同じように唸り始めそうになる瞬間、再びまことが問いかけてきた。


英熱えいねつ戦の最後、勇牙ゆうがは何であそこにいたんだ?」


「え?」


「全員が満身創痍で、誰一人として前線に上がってなんかいなかったのに、勇牙ゆうがだけは絶好のシュートポジションに飛び込んでたろ?あれ、どうやったんだ?」


「どうって言われてもなぁ……。」


 正直な話、なんとなくとしか言いようがない。全神経が、そこに飛び込めと叫んだから飛び込んだだけのことだ。


「なんでまた急にそんなこをを。」


「さっき勇牙ゆうがが言った「いろいろできるようになっときたい」っていうのは、理解できるけど勇牙ゆうがっぽくないなと思ってさ。いろいろ理屈こねた勇牙ゆうがの言葉よりも、あの瞬間の飛び込みのほうがずっと印象的だったから、なんかあんのかなと思って。」


「……なるほどなぁ。」


 まことほどの人間に印象的だったと言われて嬉しくなってしまったことと、こいつも俺と同じような感想を俺に持ってやがったという気持ちが合わさって複雑な気分だった。とはいえ、そんな感情があの瞬間の仕組みについて詳しい説明をくれるわけでもない。まことへ何の役にも立たない言葉を返す。


「本当にただ、最高のシュートが打てそうな場所に身体が勝手に反応したってだけなんだよなぁ。」


「……その瞬間、他のことは考えなかったのか?」


「他のことって?」


「さっき言ってたみたいないろいろなことだよ。それこそドリブルとか、パス、敵の位置、味方の位置、技を進化させるためにはなどなど、たくさん考えることはあったんじゃねぇの?」


「……たしかに。」


 そう言われてみれば、あの瞬間考慮すべきことなんざ無限に存在してた気がする。でも……


「シュートのことしか考えてなかったなぁ……。」


 その俺の答えに、まことは嬉しそうにほほ笑んで言った。


「やっぱ勇牙ゆうがかけると一緒だな。」


「悪かったなぁシュート馬鹿でよ。」


「なんも悪くなんかないだろ。そりゃ、理屈で考えればシュート以外もできたほうが良いだろうし、シュートしかできないやつがシュート馬鹿って笑われんのも理解はできる。けどさぁ、それでもシュート一本貫くってんなら……」



「すげぇかっけぇじゃんか。」



 心臓がドクンと高鳴った。一瞬だけ、全部の歯車がかみ合ったような気がした。そして、すぐにその賛辞に応えるためのシュート技を考えようとして、歯車が狂った。


 自分の中でギラリと牙を剥く鋭いシュートへの誇りと初めて相対した気分だった。どれだけ理屈こねて捨てようとしても捨てれない、本物の自分みたいなものをその日見た。ただ、それはまだ俺に力を貸そうとはしなかった。



・ ・ ・ ・ ・



 目を覚ますと、チームの奴らがそこにいた。


 どうやら、剛速球によって一瞬だけ気を失っていたらしい。30秒ほど試合が中断されてたとのことだ。審判が調子を尋ねてくるので問題ないと答える。そして、あの瞬間あの速度のパスを出せる奴のほうへ目を向ける。


 まことは、特にこちらの心配をする様子もなく静かにこちらを見ていた。ある程度余裕があるときの嬉々とした様子は消え、ただ事実を突きつけてくる修羅のような様相。言葉は無くともビシビシと意図が伝わってくるようだった。ただ、伝わってくるその事実は、決して非難などではなかった。お前ならやれるだろという圧。うちのチームのFW3人のうち2人が機能している今、残った俺に遅れをとるなと脅迫してくるようだった。


「やってやるよ…。」


 小さく覚悟を現実に吐き出す。誰の手も借りずに飛び起き、まことへ言い放つ。


「もう一本!!」


 もう、何も迷わねぇ。

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