第36話 共に立つ

 国立くにたち みことは、走馬灯を見ていた。


 わずかに減衰したごうの一撃に砕かれる己の岩壁が、ゆっくりと壊れていく。窮地における思考は言語化している余裕などなく、映像で流れていくのだなと、不思議なほどに自分を俯瞰して見れた。


 国立くにたちが見ている映像をあえて言語化するならば、「なぜ自分が部長なのだろうか」だろう。


 FC vanguardのメンバーたちが、次々に共鳴していく様を見て、ただ羨ましく思っていた。なぜなら、国立くにたちはお飾りの部長だったから。部の運営に関する雑務をこなし、フィールド外で少し大変な思いをするだけのお飾りの部長だったからだ。


 ただ、国立くにたちは、それほど自分の肩書を悪いものとは思っていなかった。お飾りであったとしても部長であることによって、南方みなかた天津あまつのいざこざを仲裁する立場に立てたからだ。その瞬間だけ、無意味な苦労に意味が宿ったような気がした。チームの中心に混ぜてもらえている気分になれた。


 ……あまりに小物すぎる。古豪を名乗れるだけのチームを背負うに値する存在だとはとても思えない。明らかに南方みなかたが部長であるほうが良い。なぜなら、南方みなかたはこのチームを愛しているからだ。


 きっと、この勝負に負けたら、南方みなかたは悔しさで涙を流す。他の部員たちも、それにつられて泣くかもしれない。けれど、自分だけは、ようやく重荷を下ろせると安堵するだろう。雑務に追われていた日々を、キツイ練習を、そして、身の丈に合わない肩書を手放すことができて、心の底からホッとするはずだ。貼りつけた悲哀の顔で、まるで開会式のプラカード係のようにチームを引き連れて観客席へ挨拶し、夏休みが終われば、チームメイトだった彼らとは、ただの知り合い程度の関係となるのだろう。今までだったら、その結果も受け入れられた。虚勢が剥がれて現実がやってきただけだと、渋々ながらも積み上げてきた時間を諦めることもできた。


 でも、今は違う。このまま終わらないのだろうと思っていた主力2人の諍いが終わりを迎え、歯車が大時計を動かす瞬間を初めて目撃するときのような期待感が吹き抜けた。彼らの生き様をずっと見てきたからこそ感じられる、とんでもないやつらが手を組んでしまったという高揚感が、腹の底から湧き上がってきた。


 今、自分がこのシュートを止められなければ、自分はその輪の中にいられない。なんなら、ここで僕が皆の奮起に応えることができなかったら、奮起した者たちの評価すら濁るかもしれない。一丸となって戦っていない、プレーは良くても人間的にダメなのだ、所詮2位争いしかできないチーム。負けてしまったら、負けた理由だけが突き付けられる。彼らの努力を、積み上げてきた時間を知りもしないやつらに、そんなことは死んでも言わせない。


 自他ともに認めるハリボテの存在であっても、足を止めることのできなかった誇りがある。何度捨てようと思っても捨てられなかった、仲間がいる。僕は、部長だ。


 岩壁を貫く弾丸に、大きな影が落ちる。


天大岩戸あまのおおいわと


 FC vanguardの太陽ともいえる一撃を封じるかのように、しめ縄の結界を纏った隕石が、大空から降臨した。光すら飲み込むほどの粉塵のなか、外界からの攻撃を防ぎきった岩戸が口を開く。岩戸の隙間から漏れ出る光は、まるで日の出のように輝いていた。


「カウンター!!」


 堅守速攻。大国天原おおくにてんばらの積み上げてきた戦法が、最も驚異的な形で成立した。守の南方みなかた、攻の天津あまつという構図が、守の国立くにたち、攻の南方みなかた天津あまつという形へと進化を遂げた。


 相対するFC vanguardの守備陣は2人。神住かすみきずなという守の二大巨塔が立ち塞がる。この瞬間に至るまであるようでなかった完全な正面衝突。未だ晴れない大岩戸が生み出した砂塵が吹き荒れる中、両雄が激突する。


龍神風たつかみかぜ


 吹き荒れる砂塵の勢いを利用するように、南方みなかたが強引にシュートを放つ。


十字架の上の神話ミシックオンザクロス


 それに対抗するように、神住かすみが断罪の剣を振り下ろす。ドリル状に突撃してくる竜巻のかまいたちに切りつけられるたびに、神住かすみの化身は憤怒と共に力を増していく。両者の技が臨界点へと達した瞬間、嵐を晴らすようにボールが上空へと弾け飛んだ。嘘のような青空へ舞い上がったボールを見上げるきずなの視界へ、細い稲妻が映る。


逆罰さかばち


 4名全員を無差別に強襲する落雷と共に、ボールは地へとたたきつけられた。停止する時の中、きずなの体だけが、体内で暴れる黄金の力によって敵を排除しようとしていた。


偽王の誇りプライドオブミダス


 凝縮された黄金の雫から放たれた金の嵐は、覚醒寸前の天津あまつたちを一瞬にして黄金漬けにしてしまった。しかし、天津あまつの技への対策の為に己の周囲へ竜巻を生み出していた南方みなかたの行動が、黄金の壁に亀裂を生んだ。金粉をまき散らしながら巨大化していく竜巻は、ボールを吸い込むついでに天津あまつの塗装もはがしていく。部分的に削れた面から闇雲に雷を打ち放ち拘束を解いていく天津あまつ。振出しへと戻ったかに見えた両者の戦いは、1つの偶然によって瓦解した。


 竜巻の中舞い踊る金粉。それに、天津あまつの放った雷の1つが反応した。まるで竜巻の中を黄金の竜が駆け上るかのような瞬間を目撃した4者全員の心臓が跳ね上がった。


神住かすみ!!」

「来い!天津あまつ!!」


 きずなたちは、その現象に対して阿吽の呼吸で反応した。技の完成の前に、2人でボールを奪還するという意思のもと、南方みなかたたちへと襲い掛かった。しかし、人間が雷の速さに敵うはずがなかった。


 光すら飲み込む黒い竜巻と、それを取り巻く雷竜。二重の渦を纏った災禍が、抵抗する2人の人間を襲う。


無双禍陽むそうかづち


2-2


 敵の技すら利用した合技は、天地に双び立つものは無いと言わんばかりに猛り狂い、敵の城を食い破ってしまった。


 この瞬間をもって、両者ともに敵の喉笛を食いちぎる手段を持つに至った。この先は、いかにそれを防ぎ、いかにそれを通すかの戦いとなっていく。無論、互いの戦力に変化が無ければの話だが……。


 



 

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