エピローグ

「ラーメンが食べたいぞぉ!!」


「じゃあチケット配りのバイトをしてもらおうかな。」


 先日のファイナルセレクション後に食べたラーメンがとても美味しかったので、また食べたいときずなに言ってみた。


 住所不定の俺がバイトをするのはなかなかにハードルが高く、かといってただ奢られるのも申し訳ないので、全国大会のチケット配布を手伝うことにした。お金をもらう必要はなく、ただ配ればいいだけらしい。


 労働というには慈善的だが、配りきらなければ出場が認められないとのことなので、はりきって配ることにした。


「やはりこの世界のサッカーは興行的な面が強いなぁ。」


「そうだなぁ…じゃねぇんだよ。なんで俺の家知ってんだぁ?」


勇牙ゆうがに聞いた!」


「個人情報はもっと大事にしてほしいんもんだなぁ。」


 ということで最初の一人として義一ぎいちにチケットを配りに来た。いろいろ言いたいことはありそうだが、拒絶されているわけではなさそうなので話を進める。


「チケットいりませんか~?」


「あぁ、そういうことかぁ。まあ貰っといてやるよ。」


 ピッ、っとチケットを受け取った義一ぎいちは「ちょっと待っとけよ」と言うと家の中に引っ込んでいってしまった。数分待つと、大きな菓子袋を持った勇牙ゆうがが再び玄関から顔を出した。


「これ持ってけよ。」


「このチケット別に有料じゃないぜ?」


「有料だったら金持ってきてるわ!なめんな!」


「じゃあなんでこんなたくさん。」


「お前にはいろいろ世話になったからなぁ。せめてもの礼ってやつだ。」


「あんたみたいな子を育てた覚えはないわよ?」


「やかましいわ。とりあえず貰っとけ。」


 断る理由もないのでありがたく菓子袋を受け取る。帰ったらきずなと一緒につまむとしよう。じゃあまた、と別れを告げる直前、伝え忘れたことを思い出したので伝える。


明日勇牙ゆうがとかとサッカーするんだけど、義一ぎいちも来るか?」


「明日はバイトだぁ。また今度な。」


「そっかぁ。」


 しぶしぶ帰路につこうとした俺に、今度は義一ぎいちが声をかけてきた。


まことぉ、全国大会頑張れよぉ。」


「おーう!」


 元気に別れを告げ、夏の太陽が照りつく晴天の中、次の目的地へ歩を進める。


・・・


ボヨヨン、ボヨヨン


 俺は、以前訪れた靴屋でまた凝りもせず天井に頭をぶつけていた。この天使の羽が付いたスパイクは本当に需要があるのだろうか。在庫が一つ減っているからあるんだろうな。


 そう考えていると、これまたあの日のようにガタイの良い店員さんにキャッチされた。


「何の御用だ。」


「全国大会のチケットいらないかと思って。」


「なんだ、スパイクのことじゃないのか。」


 シュンとした様子の店員さんに優しくベンチに下ろされる。そっとチケットを差し出してみると、何も言わずそれを受け取ってくれた。おじさんといって差し支えない容姿の熊店員さんは、俺の差し出したチケットをまじまじと眺めていた。


「あのスパイクの調子はどうだ。」


 おもむろに店員さんが切り出してきた。


「すごい良いよ!足の動きがそのまんまボールに伝わるんだ。」


「それはなによりだ。」


 うんうん、と嬉しそうに頷く店員さんが俺に何かを伝えるように目を合わせてきた。


「苦労してきたんだろう。」


「え?」


「最初お前さんの足を見せてもらったとき、その歪に鍛え上げられた姿にビビったもんだ。そのくせお前さんはそんな過去なんざ無いみたいにはしゃぎやがる。」


「だって面白そうなものばっか置いてあるから。」


「今も店のもので遊んでたぐらいだからよっぽど気に入ったんだな。あんな迷走品を褒められると複雑な気持ちになるが……それはともかく、お前さんに渡したスパイクは、お前さんの足の全てを保護するように丹精込めて作り上げた。だから、思う存分楽しんでこい。それこそスパイクがぶっ壊れちまうぐらいにな。」


「ありがとう!大事にするよ。」


「そうかいそうかい。なんにしろ大いに楽しんでこいよ兄ちゃん。」


 がっはっはっ、と満足そうに笑いながらバックヤードに戻っていく店員さんが最後に、


「応援しに行くから頑張れよぉ!」


 と残していった。


「はーい!」


 と、応援された喜びそのままに返事をし、残りのチケットを配りに店を出た。想像をはるかに超えて応援してもらったので、自然と笑みがこぼれていた。


・・・


やーい、やーい


「技無しの泣き虫小宇宙こすも~。」


 ぶらぶらと歩きながら次はどこにいこうか考えていると、たまたま通りがかった公園からちびっ子たちの声が聞こえてきた。


「泣いてないもん!!」


 泣き虫とからかわれてた少年、小宇宙こすもは、なんとあの天使の羽がついたへんてこスパイクを履きながら涙ぐんでいた。


「ずるスパイク履いても勝てないなんて恥ずかしぃ~。」


「ずるじゃないもん!使えるもの使ってるだけだもん!」


「公式ルールでダメならずるなんだよぉ~?そんなことも知らないのぉ~?」


 何も言い返せなくなったのか、真っ赤なほっぽをパンパンに膨らませてちびっこ軍団を睨み返している。


 こどもらしいなぁ、とにこやかに通り過ぎようと思っていたが、小宇宙こすもと名乗る少年がちびっこ軍団に襲い掛かって、もみくちゃの喧嘩が始まってしまったので止めに入る。


 多勢に無勢だった小宇宙こすもをさっと拾い上げて距離を取らせる。目をつぶって手を振り回す小宇宙こすもにはぽこぽこ叩かれるわ、ちびっ子集団たちからは、不審者だ~、と指さされるわで散々だった。


「お兄ちゃんだれぇ?」


「通りすがりのサッカーお兄ちゃんだよぉ。」


 嘘だ~、不審者不審者~、小宇宙こすもを返せ~、と非難は止まらない。


「お兄ちゃんサッカーできる不審者なのぉ?」


「そうだねぇ。不審者だからそろそろ帰ろうかと思ってるよぉ~。」


「お兄ちゃんはサッカー強いのぉ?」


「技使わないなら最強だよぉ。」


「技は弱いのぉ?」


「技は使えないのぉ。」


 技使えないのぉ~、技無しだぁ~、無し虫と泣き虫だぁ~。俺の不用意な発言でついでのように煽られた小宇宙こすもが、またほっぺを膨らませる。


「お兄ちゃん!」


「はい。」


「あいつらやっつけるよ!」


「仲良く遊びなよぉ~。」


「いいからやるの!!」


 小宇宙こすもの言葉を聞いてちびっこ軍団もやる気になってしまったらしい。小宇宙こすもの癖に生意気だぞぉ、と言いながらボールを取りにくる小宇宙こすもを技であしらう。その流れのままに俺のことも倒そうと走り寄ってくる。


 小宇宙こすもは顔真っ赤にしながら、やっつけて!!、と叫んでいるが、困ったなぁ。ちびっこたちの技はまだ未熟で、頑張れば取れないこともないとは思うが、それでは全員楽しめないだろう。せっかくサッカーで遊ぶのなら、小宇宙こすもも含めて、ちびっこ集団全員で楽しんでほしいのだが。


そうだ。


 俺が標的になればいい。そう思い立つや否や、向かってくるちびっこの意識の合間を縫ってボールを奪い去る。


「さぁさぁ、技無し不審者から君らのボールを奪い返してごら~ん。小宇宙こすももかかってきなぁ。」


 想像以上にこの煽りに食いついてきたちびっこどもがわらわらとボールを奪いにくる。白けないように極力大きく空間を使わず、怖がらせないように激しい動きを避け、単調なちびっこたちの動きを全てを先読みするようにボールをキープする。


 目の前でひらひらと落ちてくる桜の花びらがどれだけ頑張っても取れなくて躍起になるように、ちびっこたちは俺を追いかけまわしてくる。ボールどこ~、あっちあっち~、待て~、と全員が楽しそうに遊べているようで良かった。


 あまりボールが取れなくても飽きてしまうだろうと思ったので、最後に曲芸のようなことをして終わらせようとボールを頭上に上げる。本来であればそのボールを木星の輪のように包むことで、一発芸『木星の輪』となるはずだったのだが、そんな俺の意表を突くように小宇宙こすもが飛び上がってきた。天使の羽がついたスパイクを大空にはばたかせ、華麗にボールを奪い取ってしまった。


「取った!取った!」


 嬉しそうにぴょんぴょんと喜ぶ小宇宙こすもに、俺も俺も、と他のちびっこたちが群がっていく。場の全員がボールの取った取られたで一喜一憂し、大いにサッカーを楽しんでる様子を見れて心が温まった。部外者の俺は立ち去るとしよう。


 そう公園を後にしようとする俺を見て、不審者が帰っちゃう~、と誰かが言った。その言葉を引き金に、ちびっこ軍団が弾丸のように俺の体にまとわりついてきた。


 帰らないで~、逃げるな~、こちょこちょ~、と俺のことを引き留めるついでにいたずらをしてくる。悪い気はしなかったので俺もそれにのっかってちびっこたちと戯れた。いつの間にか俺の体をアトラクションに見立てて遊ぶことに目的が入れ替わってしまったちびっこたちに馬車馬のごとく働かされていると、公園の外から小宇宙こすもを呼ぶ声が聞こえてきた。


銀河ぎんが!!」


 気づかないうちに砂埃で汚れまくっていた小宇宙こすもが、嬉しそうに銀河ぎんがという男のもとに駆けよっていく。


「お前ってやつはまたこんなに汚して…。またいじめられてたのか?」


「今日は不審者のお兄ちゃんと遊んでたの!」


「不審者だぁ…?」


 なんという紹介をするのだろうか。銀河ぎんがという男が、ちびっこを体にまとわりつかせた不審者のもとへ近寄ってくる。


「お前が不審者か。」


「はい、ごめんなさい」


「随分チビどもに好かれたみたいだな。ご苦労なことだ。」


 小宇宙こすものお兄ちゃんだぁ~、こんにちは~、と挨拶をしながら、数人のちびっこ軍団が銀河ぎんがのほうに乗り移る。慣れているのか、銀河ぎんがはよじ登ってくるちびっこたちを大して気にせず俺に話しかけてきた。


「弟が世話になったようだな。感謝する。」


「こっちこそ楽しませてもらったよ。」


 楽しかったの~、感謝しろ~、とぺちぺちしてくるちびっこどもに雑な感謝を述べながら話を続ける。


「感謝してくれたついでにこのチケット貰ってくれないか?」


「そのチケットは……お前もレジェンドリーグに出るのか。」


 チケットを見た瞬間、銀河ぎんがの顔が少し険しくなったような気がした。


「お前もって、もしかしてあんたも出るの?」


「その大会に出る人間で、俺様のことを知らないやつがいるとはな。」


 お兄ちゃん知らないのぉ~、とちびっこたちが銀河ぎんがのことを教えてくれた。


小宇宙こすものお兄ちゃんは、一番強い学校のフォワードやってるんだよ~。」


 一番強い学校というのは、以前絆きずなが言っていた全国三連覇中の英熱えいねつ高校のことだろう。きずなの幼馴染であるはなぶさ 天勇てんゆうが所属していたはずだ。


 へぇ~、と大した感想を持っていなそうな俺の様子を見て、銀河ぎんがが呆れたように顔をしかめる。


「随分と呆けたやつだ。これだからクラブ枠の人間は……。」


「俺がクラブ所属の人間だって知ってんのか?」


「貴様のことなぞ知らん。だからこそクラブの人間だと判断したのだ」


「???」


「説明が足りないか。クラブ以外の全国大会出場選手情報は既に調査済みだ。今の俺様の記憶にないということは、貴様がクラブの人間であるということを意味している。」


「なるほど、そういうことか。」


「せっかくの機会だ。お互い自己紹介といこうじゃないか。俺様の名は天帝てんてい 銀河ぎんが。天才にして最強のフォワードだ。覚えておくがいい。」


「俺は日元ひもと まこと。FC vanguard所属のフォワードだ。よろしく。」


 握手の為に、すっ、と差し出した手に対して、銀河ぎんがは組んだ腕を解くことなく応じた。


「天才である俺様との握手は限られた人間のみに許された行いだ。貴様にはそれほどの価値はあるのか?」


「握手ぐらいでそんな……。」


 不審者は技が使えないんだよぉ~、技無し~、と言うちびっこ集団の言葉を聞き、銀河ぎんがが驚きの表情を浮かべた。


「技を使えない人間を抱えてレジェンドリーグまで来たというのか?いや、いくらクラブとはいえ…貴様はベンチの人間だな?」


「いや、フィールドプレイヤーだよ。」


「ふむ…見栄を張っているようには見えないな。ということは、今年のクラブは近年まれにみる弱さだったのか……はたまたこいつのチームが精鋭ぞろいなのか……。」


「精鋭だと思うぞ。」


「己がコバンザメであることを誇るように話すな。能力もなく、今もこうやって遊び惚けて…これだから有象無象の凡人は不快なのだ。」


「コバンザメに甘んじる気はない。」


「言葉ではなんとでも言えるだろうな。」


「なら、今試してみるか?」


「…それもいい、が、ここで中途半端に心を折るよりも、貴様の寄生先ごと捻じ伏せるほうが凡人にも分かりやすそうだ。」


「逃げるのか?」


「チビどもの前で恥をかかせないでやると言っているのだ。弟の世話をしてくれたせめてもの礼だ。」


 一触即発の雰囲気かと思ったが、あくまで強者としてのスタンスを崩さない銀河ぎんがはとうてい俺の相手をしてくれそうにない。しまいには、5時を告げる放送が聞こえてきたのを口実に、小宇宙こすもと共に帰ってしまった。


 最強を肌で感じておきたかったが、しょうがない。まだ場に残っていたちびっこたちに残りのチケットを配り切り、俺も百福ひゃくふく家へ帰ることにした。


 仕事を終えて帰った俺に、きずなが一万円を渡してくれた。一人分のラーメンを食べるには多すぎる額だったので、今日予定が空いてるメンバーなどを集めてラーメンを奢ることにした。半分ほどの人数しか集まらなかったが、みんなで食べるラーメンは昨日食べたラーメンよりはるかに美味しかった。

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