第10話 思い通りにいかねぇもんだな

 後半戦が始まる。


 瓶を捨てた俺に対する罵詈雑言がベンチから飛んできている気がするが、もはやどうでもいい。周囲のメンバーたちは「フシュー、フシュー」と理性を失ったジャンキーのように、今か今かとキックオフの笛を待っている。


 「ピッ」と笛が鳴るや否や、前線のジャンキーたちが正面のまことに襲い掛かった。本来であれば、全ての能力値が増大したジャンキーたちがなんなくまことを蹴散らしていたのだろう。


 だが、そうはならなかった。


 身体能力が向上しただけの彼らの稚拙なボールタッチは、まことに何の効果もなかった。彼らは、技が持つ超能力的な拘束力を失っていた。その後も次々と襲い掛かるジャンキーどもは、技の使えないまことに手も足も出ず敗れた。


 その無様な姿を嘲笑ったのか、あり得たもう一つの未来を目にし安堵したのか、はたまたそのどちらもか。気が高ぶり、笑みが漏れた。


「足手まといだぜジャンキーども!!」


 その高揚のままに元チームメイトと決別し、まことからボールを奪い取る。こっから先はチーム同士の戦いではない。


「天才諸君!!宣戦布告だ!!」


 数多に折り重なり地に伏せた元仲間どもを背に、天才どもへ、俺の人生へ、宣戦布告する。


「俺対お前ら全員だ!!!」


 俺の人生史上最大の死闘が始まる。


・・・


 日元ひもと まことは戦慄していた。


 初め、義一ぎいちは俺たちに対して手も足も出なかった。彼の走らせるバイクは、重力に潰れ、黄金に呑まれ、巨大なツタに弾き飛ばされていた。攻守の移動も間に合わず、もはやチームの勝利などあり得ない次元の点差が開いた。


 それでも義一ぎいちが足を止めることはなかった。むしろ、点差が開くほどに、ディフェンスに打ち負かされるたびに気迫が増していった。


 まことの世界では、気迫だけで試合中に成長することなどあり得なかった。技術が足りなければただ蹂躙されるのみ。だが、この世界の常識は違かった。


 泥にまみれ傷ついた義一ぎいちのドリブル技は、その傷が己を奮い立たせるといわんばかりに白く燃えるオーラを放出していた。そのオーラが形作る特攻をのみに特化した様相は、泥臭い気高さを感じさせた。義一ぎいちの信念のこもった特攻は、見る見るうちにディフェンス陣を突破するようになった。


 だが、まだ得点には至らない。義一ぎいちのシュート技はそこそこの威力を持つも、勇牙ゆうがのそれには及ばず、当然、キーパー仁王におうの守りを突破するには至らない。


 この先、義一ぎいちが得点を取るに至るかは分からない。彼の覚悟が実を結ぶことはないのかもしれない。だが、諦めないその姿は、気づかぬうちに錆び切っていた俺の思考回路へ血のオイルを行きわたらせてくれた。


 ここでの練習が始まってから、仲間のため、自分のため、技の習得しか考えてなった。だが、技が無くとも、弱くとも、俺がやりたいことに変わりはない。技が無いからそれができないなどと、どうかしていた。こいつらが俺の心に火を灯してくれたように、俺も火を灯したい。異質な存在である俺が俺であることが、きっと誰かの心に勇気を与える。


 その思いを証明するために、今ここで俺の全てをかけて義一ぎいちに呼応しなければならない。足掻いている人間に、その道が間違いでないということを行動で示さなけらばならない。


 証明のためのほんのわずかな機会も逃さないように、思考を巡らせ続けた。そして、その機会が来た。義一ぎいちのシュートが止められ、コート中央にいる勇牙ゆうがにボールがわたる。気力だけで体を走らせる義一ぎいちが、20本ぶりに勇牙ゆうがのシュートに追いつき、のけぞりながら弾く。


 このタイミングを待っていた。義一ぎいちとボールを結ぶ直線状に、シュート後の勇牙ゆうがが着地するこのタイミング。こぼれ球を颯爽と拾い、前半のように義一ぎいちへ突っ込む動作を見せる。数百の特攻を繰り返してきた俺に対して、反射的に義一ぎいちが技を展開する。


 その迎撃の意思の虚を突くように大きくバックステップを踏む俺に、義一ぎいちが足を踏みだして応戦しようとする。迎撃から略奪へと意識が移行する途中で、俺の姿を隠すように勇牙ゆうがが着地する。


 虚を突く動き、意識の切り替えの瞬間、視界外からのイレギュラー。これら全てを利用し作り出したほんのわずかな意識の空隙。この世界で俺に許された、コンマ数秒の俺優位の時間。それを駆け抜けるように、鋭利なカーブシュートがゴールへ突き刺さった。


 わずかに驚愕した義一ぎいちの顔が、闘争心が溢れ出る笑顔に変わったのは、俺の顔もそうだったからだろうか。


「次はお前の番だぜ、義一ぎいち!!」


「ほんとにてめぇは最高だぜ!!まこと!!」


・・・


 白狼はくろう 義一ぎいちは高揚していた。世界が広がり、精神が湧きたち、血液が燃え上がっていた。危なかった。気づかぬうちに、また負け犬根性に支配されるとこだった。


 あいつらみたいにならなくて良かった、やはりこいつらは強い、この技は通用しない、この技は通用する、他人と自分を比較して自身の枠を定めていた。ようやく掴んだ絶対的な自分自身の理想を、この一瞬でまた見失うところだった。


 俺は、俺のやり方で凡人の光になる。周りがどうあろうと、俺という凡人が足掻くことが誰かの光になると信じ、突き進め。例えその先に俺の勝利が無かったとしても、諦めずに抗え。諦めなかったその生き様を振り返り、胸を張って笑えるように理不尽に抗え。そう刻み込んだ言葉が、他の誰でもなく、自分自身の未来に光をもたらした。


 キックオフ直後、先ほどまでのドリブル一辺倒の攻め方を捨て、ロングシュートの構えへ切り替える。まことが広げてくれた俺の世界で、シンプルで痛快な答えが俺を手招きしていた。


 シュート技が通じないのなら、ドリブル技そのものをゴールにぶちこめばいい。ディフェンス技に自信があるのなら、それごとゴールにぶちこめばいい。足掻いた先で手に入れた光も、絶望の中で生み出した暴力も、全てをもってして俺だ。


 廃工場から鳴り響くけたたましい警告音すらかき消すほどの排気音と共に、年季の入ったバイクどもが敵陣へ突っ込んでいく。廃工場から吐き出された瓦礫と無数のバイクは、己の強さを証明するように互いを食らい合い、武骨で鋭利な凶器へと変貌する。その凶器は、重力を振り切り、黄金を蹴散らし、ツタを千切り、キーパーと衝突する。


 先ほどまでとはうって変わり、バリバリとつばぜり合いを繰り広げる両者。無念にもシュートは上空へ弾かれるが、いまだコート内。まだ抗える。間髪入れずに跳ね上がったボールをゴールへ叩き込む。態勢が整わない状態で打ちこんだシュートは、キーパーの不完全な技で再び弾かれる。


 打ち込み、弾く。


 段々と加速していく攻防の果てに、ガラクタで構成されたボールが研ぎ澄まされ、白く燃えるような輝きを放ち始める。そして、この攻防の終わりに相応しい相手が目の前に現れた。


義一ぎいち!!」


 俺が最初に憧れた光、勇牙ゆうがが俺のシュートを止めようと飛び上がってきた。下から蹴り上げてくる勇牙ゆうがに対抗するように、ありったけの力を込めた踵落としで応じる。全てに抗ったがゆえに全てを吸収した俺の技は、いつのまにか勇牙ゆうがの技に負けない力を手に入れていた。


 かつて俺が憧れた天才へ。これから数多の才能に押しつぶされるであろう凡人へ。その行いが実ることを示すように、敗北を叩きつける。


「目に刻み付けろよ!!勇牙ゆうが!!」



「これが俺の生き様だ!!!」



 理想によって磨き上げられた白く燃えたぎるその技の名は、


天上天下唯我独尊ザ・ワン


 勇牙ゆうがを弾き飛ばし、ゴールへ向かったボールは激しくキーパーと衝突すると、大きな砂埃を舞い上げた。全てを出し切り、地に伏せた状態で砂埃が晴れるのを待つ。永遠にも感じられるほどの間をあけて流れ去った砂埃から出てきたのは、がっしりとボールをキャッチしたキーパーの姿だった。


・・・


 シュートが止められた様子を見て、張り詰めた緊張の糸がほどけた。


「はぁ~。」


 肺の中へ新鮮な空気が大量に入ってきて、満足感を表現するように口から出ていった。やり切ったことへの達成感が大きいのか、想像通りの決着に納得したのか、大して残念な気持ちにはならなかった。


 個人的には勝ちたいという思いも無くはなかったが、負けたうえでなお満足そうに笑えている今が理想的な状態だとも感じていた。実に、実に、大いに負けた。後悔はない。


ワン!ワン!


 そう試合の余韻に浸っていると、試合を観戦していた誰かの犬がフィールドに紛れ込んできた。一直線にキーパーが抱えるボールのほうへ駆けていった犬に対して、こちらの想像以上にビビったキーパーがボールをゴール内へ落とした。「ピピッ」と、審判が無得点を知らせる。わっちゃわっちゃの大騒ぎ。


「はっはっはっはっ!」


 まったくなんて最後だ。大いに負けたと受け入れていたはずなのに、ゴールへ転がっていったボールに微かな喜びを感じた。思い描いた絵図通りにはいかないものだ。


だが、これはこれで


全く本当に


「思い通りにいかねぇもんだなぁ。」


 思い通りにいかず苦しみ続けた生き様の果てで口から出た言葉は、内容はそのままに、朗らかな気持ちをつづっていた。


・・・


義一ぎいち。」


「おう、まことと……勇牙ゆうがか。」


 やけに愉快そうに座り込んでいる義一ぎいちに声をかける。悔しさを顔に滲ませる勇牙ゆうが義一ぎいちが話し始めた。


「一緒に夢追いかけてやれなくて悪かったなぁ。」


 義一ぎいちの謝罪に驚いた様子の勇牙ゆうがが、先ほどとは別の悔しさを浮かべながら返す。


「おせぇんだよ。」


「ほんとだよなぁ。」


 義一ぎいちは、くつくつ、と笑いながらぼそっと相槌をうつと言葉を続けた。


「お前が負けて、心が折れちまったんだ。」


「え?」


「お前は自覚無いかもしれねぇけどよぉ、お前は俺たちの希望の光だったんだぜ。」


「なんだよ…それ。」


「ほんと、勝手な話だよなぁ。」


「何他人事みたいに言ってんだよ!お前だってチームの希望だっただろうが!」


「なに?」


「全部器用にこなすお前に憧れないわけがないだろうが!少なくとも俺にとっては、お前は倒すべき天才の一人だった!」


「俺が……天才?」


「そうだ!だから、諦めたお前にムカついた。俺たちならまだ先に行けると思ってたから。」


 予想だにもしなかったと言わんばかりの呆け顔でその言葉を咀嚼した義一ぎいちは、初めよりもより深く、でもどこか嬉し気に、


「ほんと、悪かったなぁ。」


 と言った。


 話が一段落付いた後の妙な間が流れたので、気になっていたことを聞いてみることにした。


「どうだ?後悔はしなかったか?」


「あぁ。…ぁ~」


 肯定したかと思ったら、思案するように語尾を伸ばすので様子を伺うことにした。


「お前ら次第じゃねぇかなぁ。」


 しばらく考えた末に義一ぎいちが出した答えはこれだった。


「どういうことだ?」


「俺が全国初戦敗退の雑魚に負けた雑魚になるか、全国優勝に食らいついた影の功労者となるかはお前ら次第ってことだ。」


 これは義一ぎいちなりの激励なのだろうか。ニヤニヤしながら遠回りな言い方をしてくるところに、本来の彼らしさを感じた。


「頑張るよ。」


「当たり前だろぉ。」


 パンパン、と服についた土ぼこりを払い、義一ぎいちがフィールドを去って行く。去って行く義一ぎいちに、先ほどまでもやもやしていた様子の勇牙ゆうがが吹っ切れたように声をかけた。


「また、サッカーしようなぁ!!」


 背中を向けたまま気だるそうにひらひらと手を振る義一ぎいちの様子を見て、勇牙ゆうがは呆れ気味に満足している様子だった。決勝というにはあまりに異質な試合に勝ち、俺たちは全国への切符を手に入れた。


 非常に楽しい試合を終え、なおかつ自分のしたいことを再確認できた俺はとても愉快な気分で帰路についた。だが、この時の俺は知る由もなかった。試合に勝った後のご飯が豪華であることを。ラーメンというものがこんなにも美味しいということを。

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