第9話 理不尽に屈するぐらいなら
前半終了まで残りわずか。
その状況を打破するべく戦術家の
時折、他の相手が作戦を妨害してくることもあったが、それでも俺と
いつまでも途絶えることのない攻撃による精神的疲労も相まって、まだ前半でありながら、
俺もある程度疲労が溜まってきていたが、そんなことよりも、明確な役割を持ってチームとして戦えることが嬉しかった。
「もう一本!」
「しつけぇんだよ…。さっさと…諦めろよ…!!」
ぜぇ、はぁ、と息を切らしながら
「一体…何回止めてると思ってんだ…!折れろよ!諦めろよ!てめぇに才能はねぇんだよ!」
「仲間がいるんだ。諦めるわけにはいかない。」
「強いやつらに縋ってるだけだろうが…!肩並べてるとでも思ってんのかよ…!」
「思ってない。だから諦めてないんだ。」
「ハッ…!ほざくなよ。そいつらが負けたら、てめぇは諦めるだろうが…!!所詮寄生虫でしかねぇんだよ!!肩並べられる日なんざ…一生、来ねぇんだよ!!!」
俺への苛立ちだけではない。
「仲間が負けたら、今度は俺が引っ張る」
「無理だ」
「無理なだけで止まれるほど、仲間は安いものじゃない」
「…お前は安そうだけどな」
先ほどとは違う言葉の表面をなぞるだけの軽口に、それが苦し紛れに吐き出した罵倒だと察せられた。
「
軽口を言い合う暇はないと、会話を区切るように名前を呼ぶ。
本題はここからだ。
「お前も止まれなかったんだろう?」
この俺の言葉に
「
「違う」
「ならなぜここにいるんだ」
「うるせぇ」
「
「うるせぇ」
「後悔だけはするなよ」
論破でもされると思っていたのだろう。
想定外の言葉に面食らった様子の
反応が遅れた
1-0
前半戦終了を知らせるホイッスルが鳴り響く。
・・・
ハーフタイム
前回のように、心を見透かしてるかのごとく理詰めされるのだと思っていた。
もしそうであったなら、先ほどから脳裏をよぎるノイズと共に一蹴してやるつもりだった。
『後悔だけはするなよ』
苛立ちしかぶつけず、夢を否定してくる人間に、なぜそんな言葉がかけれる。
目的が打ち砕かれ、失意のままに立ち尽くす。
あの日と何も変わらない自分の行動に嫌気がさした。
・・・
全国出場計画は、俺主導のもと精力的に進行した。
チームの強化だけでなく、自身の強化ももちろん怠らなかった。
相変わらずシュート技ばかりを練習する
きっと、
凡人でも努力すれば強くなれる。
自身よりはるかに格下だった
他のチームメイトも俺と同じく、自身の未来を信じて練習に励んでいた。
俺は
攻守ともに優れたチームにしようと思った。
正直な話、今までチームを率いていた者としてのプライドから守備だけは譲らないと考えていたのは否めない。
幸い守備に適性があったようで、
去年、時間が足らず敗れた関東で2位のチームを圧倒できるぐらいに強くなっていた。
チームの全員が、現実味を帯びていく夢に胸を躍らせていた。
2年生の夏
やる気に満ち満ちた俺たちを迎えたのは、残酷な現実だった。
予選一回戦
対峙した相手は、前年全国優勝校の
苦し紛れに俺が
何が起きたのかは分からなかったが、弱いシュート用の消耗が少ない技を使ったのだろう。
俺のシュート練習は実らなかったのだからそんな扱いになるのも頷ける。
だが、
あれから更に練習を重ねた
そんな全員の想いが繋がったのか、不完全な形ではあったものの、
苦しい態勢で
全く手ごたえがないように見えた。
現実を見ないようにしていた。
苦し紛れでなく、完全な形であれば。
ディフェンスが強いだけで、キーパーだけであれば。
自分の信じた光が消えないように言い訳を重ねた。
すると突然、言い逃れができないほどに完璧な形で、
いや、保持させてもらっていた。
相手が何もプレッシャーをかけてこなくなった。
意図を理解した
性格の悪いやつがいたのだろう。
ディフェンスの妨害は一切なかった。
俺たちの希望を乗せたシュートが、完璧な形でゴールへ向かっていく。
猛然と襲い掛かる鋭牙は、
俺に使った技で、俺が放ったシュートのように。
いとも簡単に消し去った。
呆然と立ち尽くしていた。
自分の力が通じなかったとき以上の絶望を感じた。
関東で2位の実力を持つ人間たちを蹂躙できるだけの技に辿り着いたことを知っていた。
全員が
努力は報われる。
そう思っていた。
同じ年月を生きてきたはずだ。
なのにあいつの前では、
俺が手も足も出ない関東2位のチームを、
シュートに関して言えば、俺と
その差は、
初めて、天才と凡人では生きている世界が違う、という言葉の意味を真に理解できた。
もし俺の隣に、とてつもなく努力した未来の俺がいたとしても、天才にとってその差は取るに足らないものなのだろう。
俺の知っている尺度では測れない世界で生きているとしか思えない。
無謀な挑戦だったんだ。
抗う気力を失った俺をよそに、なおも差し出されるボールを
何度も、何度も何度も。
もう、やめてくれ。
俺はもう、戦えない。
・・・
あの試合が終わった日から、俺は部活の方針を、エンジョイを主軸としたものに変えた。
ただ一人、
9年でダメなら10年、それでダメならもっと、と言わんばかりに。
勝てるはずがない。
そう自分のなかで決着のついた事柄に、もし
その瞬間に胸を張って立ち会えなかったとき、挑戦は泡と消え、逃げが愚かな行為だと自覚することになる。
心の底から後悔する。
だが、天才に挑むのは足が止まる。
こんな複雑な感情から逃れるために、俺は
・・・
現在
うちのクラブの監督が、格上に勝つ秘策があると言い出した。
鼻息荒く取り出したその秘策は、小さな瓶に入った液体だった。
人間の全機能を向上させる秘薬らしい。
これを使えば天才どもにも勝てる。
その文言を鵜吞みにし、続々とメンバーが瓶を手に取る。
俺も投げて渡された瓶を反射的にキャッチする。
この液体を飲んで奴らに勝てたとして、それは本当に勝ちと言えるのか?
相手の才能に屈し、自身の才能を諦めたことを認めているようなものではないか。
俺も一度は才能という理不尽に屈した。
自身と天才との差に絶望し、未来を諦めた。
その上、仲間の夢まで否定しようとした。
許されない行いだ。
もう元の楽しかった環境に戻ることはできないだろう。
元に戻れないのなら…。
試合が始まる前の俺だったら、そう自暴自棄になってこの液体を口にしていただろう。
だが今は、
『後悔だけはするなよ』
俺よりも才能の差を感じているはずのあいつは、絶望するどころか他人を思いやってきやがった。
例え才能が無くとも、誰かの光になることができる。
こんな俺が、再び光に憧れるなんて都合のいい話かもしれない。
それでも、周りの人間がどうしようとも、
理不尽に屈するぐらいなら、理想に殉じてやる。
劣等感の結晶を地面にたたきつけ、才能がはびこるフィールドへ、一歩を踏み出した。
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